明けて月曜日。
 有沢光子はいつものように、一番乗りで学校に来ていた。その後、ちらほらと登校してくる生徒たち。
 珍しいことに、有沢はその顔ぶれを逐一、チェックしていた。普段、彼女はクラスメイトなど気にも留めない。そういう意味で、今日は特別な日だったと言える。
 やがて、彼女が探し求めていた人物が登校してきた。周囲と朝のあいさつを交わしながら着席する彼。そのタイミングを見計らい、有沢は席を立った。
「……!」
「ようやく来たわね、神山」
 生徒会長を見下ろす有沢。どこか、にらんでいるようにも見える。
「何か用かな、有沢」
 言外に迷惑そうな響きをにじませる神山。そんな彼に、有沢はそっと耳打ちする。
「後で話がしたいの。人のいないところがいい。時間は?」
「闇討ちならお断りだ」
「ぶっ殺すつもりなら、とっくの昔にやってる」
「――昼休み、生徒会室。役員たちは来ない時間帯だ」
「わかった」
 それだけの言葉を交わすと、有沢は自分の席に戻る。一方、クラスの中は大騒ぎだった。
『おい、有沢さんが神山に話しかけるなんて……!』
『なんだ、とうとう校舎裏か!?』
『体育館裏か!?』
『お礼参りか!!』
「外野うっさい!!」
 有沢の一喝に、しーんと教室中が静まり返る。だが、こそこそひそひそ、話声がやむことはなく。
 さしもの有沢光子も、全員を完全に黙らせることはできない。人の口に戸は立てられないのだ。
 仕方なし、諦めて有沢は言うに任せることにした。だいたい、いつも良いことは言われていないのだ。今さらではある。
『まさか告白とか……』
『ありえないだろ、有沢さんと神山だぞ? 犬と猿どころか龍と虎だぞ?』
『いやいや、実は好きなんだけど、そうは言えなくて小学生みたいにイジメてしまう、という可能性も……』
「だから外野うるさいっての!」
 やっぱり黙っていることなんて、できはしないのだ。

 ◆

 なんとなく教室中がそわそわした空気の中、有沢は昼休みになった途端、まっさきに教室を出た。
 生徒会室の場所はハッキリと覚えていたわけではなかったが、ほんの少し迷っただけで辿り着くことはできた。狭い校舎内、そうそう迷うこともない。
 扉の鍵は閉まっていた。さてどうしようか、と考え込んだ矢先、神山が姿を現す。
「君のおかげで、今日は散々だよ」
「あたしだって好きこのんであんたと二人きりになんかならないわよ」
 神山が持っていた鍵で生徒会室に入った二人。
 中は大きめの机と、書棚。それだけしかなかった。有沢は生徒会が何をしているのかも知らない。だから、どこもこんなものなのか、それとも単純に神山がそういう性格なだけなのか、判断ができなかった。
「それで? わざわざ呼び出したんだ、相応の用件はあるんだろうな?」
「金曜の事件、って言えば通じるでしょ」
 神山はわずかに眉根を寄せる。
「だが、あそこにいたメンバーに窃盗犯はいない、という結論だったはずだ」
「そりゃ赤岩の理論。あたしが知りたいのはそんなことじゃない」
「なんだ? 探偵の真似ごとでもするつもりか?」
「そんなところ。話、聞かせてもらうわよ」
 ふん、と神山は鼻を鳴らす。
「君に協力する理由がないな」
「協力しない理由がないでしょ。あんた、そもそも、なんで学校に残っていたわけ?」
「……生徒会の仕事だ。ちょうど四月になって、やらなきゃいけないことも増えた時期だからね」
 なんのかんのと言いながらも、神山は有沢に付き合ってくれている。根っこの部分では人がいいのだろう。
「アリバイは?」
「他の役員は帰した後だからね。証明はできない。そもそも、僕もそろそろ帰ろうか、と思っていた時間だ。そうそう多くを残しているはずがないだろう」
「でしょうね。じゃ、動機はある?」
「……。君は、それを本人に聞くのか?」
「動機なんか本人にしかわからないでしょ。人の心を知れる人なんて、どこにいるって話よ」
 他人の心は見えない。ゆえに、心なのだ。
 神山は眼鏡をくい、と引き上げ、
「少なくとも、僕は金銭には困っていない。君とは違ってね」
「大きなお世話。そういうところが嫌われる原因だってわかってる?」
「これでも、一年ながら全校生徒の信任によって生徒会長になった身分だ。嫌われている自覚さえないね」
「そらご立派。だいたい、大半の生徒にとて、生徒会長なんてーのは自分でなきゃ誰でもいいんじゃないの」
「そうかもしれない。だけど、そうじゃないかもしれない。なら、僕はそうじゃない方を信じる。そうしていれば、仮にみんなが生徒会長などに興味がなくとも、興味を持ってもらえる一因にはなるかもしれない」
「大層な夢想家ね」
「立派な政治家は夢を持っているものさ」
「あんたはいつから政治家になったの」
 ぷんぷんと頭を振り、有沢は続ける。
「話がずれたわね。じゃ、犯人に心当たりは?」
「君」
「殺すわよ。真面目に答えなさい」
「……まっとうに、ごく正直に答えるのなら、思い当たらないな。生徒は全て純粋無垢で清廉潔白だ、なんて言うつもりはないが、強盗事件なんてだいそれたことをするような生徒がいるとも思っていない」
 黒木と同じ答え。そして、自分の考えにもあてはまる。
「じゃあ、あんたは誰が犯人だと思うの?」
「学内の誰でもなければ、学外の誰かということになるが……。それは現実的じゃないな。勝手に侵入した他校の生徒が、たまたま武器を持っていて、たまたま一人でいた黒木先生を襲った、なんてね。都合がよすぎる」
「あんた、生徒会長なんでしょ。そういう素行不良な生徒に心当たりは?」
「君を除けばいないな。……本当に君はやっていないんだろうな?」
「頭ふっとばすわよ」
 肩をすくめる神山。
「第一、お金が欲しいなら、わざわざ強盗をする必要はないんだ。不用心なことに、体育なんかで着替えをすると、財布を教室に置いたままにする生徒が多い。生徒会側でいくら注意しても守らないくらいにね。
 本当にお金が欲しいのならそういう財布を盗めばいいし、その方がうちの生徒らしいと思う」
「なるほどね」
 彼の言う理屈はすんなり通る。こそこそとした盗みならば、この学校で起きたとして、驚きはあれど、理解はできる。
 そうなると、まさか、強盗以外に目的でもあったのだろうか。だが、黒木を殴って得する生徒がいるようには思えない。そもそも、殴りたくなるほど恨まれるような人じゃない。
「他に聞きたいことは?」
 今の段階で聞くべきことはなさそうだった。
 有沢が首を振ると、神山は扉に手を伸ばす。
「ないようなら、僕は失礼する。有沢、ひとつだけ忠告しておいてやるが、あまり余計なことはしない方がいいぞ」
「それ、犯人のする忠告じゃないの」
「本心だ。もしもこの学校に、他人を殴ることに関して躊躇をしないような人種がいるのなら、その人間は君を襲うことも、もちろん躊躇しないだろうからね」
 言い残し、神山は部屋を出る。
 はあ、とため息をつき、有沢も後に続いた。



 
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