そして、本当に笹森に付き合う有沢は、我ながらバカだと思った。
「……。で、どこ行くの?」
 街中を並んで歩く有沢と笹森。こうして歩くと、仲のよさそうな友人同士に見えないこともない。
 時刻は四時過ぎ。夜と呼ぶにはまだ早く、昼と呼ぶには遅すぎる時間。買い物帰りの主婦らしき人や、行楽帰りらしい家族連れがちらほらと見受けられる。
 そんな中、笹森は有沢に話しかけた。
「まずは事件の詳細を知らないことには、推理のしようもないよね」
「って、赤岩が何か話すと思ってんの? 脳みそまで筋肉で凝り固まったような奴よ、あいつ。聞いたって教えてくれないんじゃないの?」
「赤岩先生の他にも、事件のことを聞ける相手はいるじゃない」
「――まさか」
 有沢にも、笹森の言いたいことが推測できた。
「黒木?」
「そう。事件の当事者、黒木先生に聞けばいいんだ」
 言いつつ、笹森の足はどこか、決まった方向に向いている。
「黒木に聞くのは百歩ゆずるとしても、今日は学校も休みじゃない。まさか家にまで押し掛けるってわけ?」
「学校はお休みだけど、黒木先生ならチャペルにいるよ」
「なんで、んなこと知ってるのよ」
「神山君に聞いたんだ。黒木先生、土曜日は、ほぼ確実に学校に来ているんだって」
 そういえば、この方向には聖月学院がある。
「はあ、土曜日まで仕事ってわけ? どんだけワーカホリックなのよ」
「昨日の今日だから、いない可能性もあるけど、念のためね。善は急げって言うでしょ?」
「善とは限んないでしょ」
 たらたら会話を交わしながら、学校に向かう。
 休日の学校は、平日ほどではないにせよ、人の気配があった。有沢は失念していたが、部活動をしている人間は土日も学校に来ているのだ。
 当然、校門も、横のくぐり戸が開放されている。特に問題もないまま、有沢たちはチャペルに辿り着いた。
 聖月学院のチャペルは、入ってすぐは横長のホールになっている。世間一般でイメージするような、ステンドグラスや十字架などがある場所、いわゆる礼拝堂は、このホールの奥にある。
 端には、二階にのぼるための階段がある。二階には黒木の部屋や、自習室などが作られているものの、利用者が少ないせいか、校庭と違って人の気配がなかった。
 有沢と黒木は階段をあがって二階へ。黒木の部屋は最奥、建物のデッドスペースとさえ言える場所にあった。
 在室のプレートを確認してから、笹森はノックをする。
 待つまでもなく、扉が開いた。
「ああ、なんだ、君たちか」
「こんにちは、黒木先生。今、時間は大丈夫でしょうか」
 黒木はちらりと腕時計を確認し、
「大丈夫だよ。中は座る場所がないし、食堂にでも行こうか」
「ここでいいわ」
 笹森を押しのけ、前に出たのは有沢だった。
「そうかい?」
 室内を覗く。もとが狭いうえ、机と資料が大量に積まれた部屋は、ほとんどスペースがなかった。
「昨日は大変だったそうね」
「ああ、まあね」
 黒木は、無意識にだろう、頭に手をやった。そこには昨日と同じ、白い包帯が巻かれている。それが少し痛々しい。
「誰に、ってのは覚えてないのよね?」
「ん……、まあ、情けない話、殴られてすぐに気絶したものだから」
「じゃあ、まったく犯人は見てない?」
「そうだね。何か、固いもので殴られたのはわかるんだけど」
 ところで、と黒木は、少しだけ視線に何かを混じらせる。
「どうしてそんなことを?」
 それは、疑念だ。
 有沢は素直に答える。
「こっちは何の心当たりもないのに、犯人扱いされてんの。気にならないわけないでしょ?」
「先生。詳しい話を聞かせてくれませんか」
 黒木は眉をひそめた。迷っているらしかった。
 そこに、有沢はさらに畳みかける。
「ここで話さなくても、噂は止めらんないわよ。変な情報がまわって、誤解が広がるよりかは、今の間にきちんとした発表をすべきじゃないの?」
「私はそれを決める立場にない」
 それはそうだ。本来、そういう情報開示に関しての決定を下すのは、校長か教頭、最低でも学年主任だろう。一介の教師にすぎない黒木には、そういう決定をするだけの権限がない。
 だが、と黒木は言葉を続けた。
「君の言っていることも、もっともだな」
「じゃあ、話してはくれんのね」
「ああ。だけど、話すといっても、そんなにたくさんはないよ。ここで仕事をしていたら、いきなり殴られて、赤岩先生に起こされた時には財布がなくなっていた。それだけのことだから」
「赤岩はなんでここに来たの?」
「先生をつけなさい。赤岩先生は、笹森君の補習について話をしたそうだったから、この時間ならって私が指定したんだよ」
「補習?」
「笹森君、聖書学は初めてなんだろう?」
「ええ」
 笹森が頷く。彼は万事にそつがなさそうな外見をしているが、なにぶん初めての授業ともなれば、一年分のブランクは大きい。
「だから、赤岩先生の方から申し出があってね。私がカリキュラムを作っていたんだ。それを、赤岩先生に確認して欲しかったんだけど」
「そんで、赤岩に来てもらった、と。殴られたのは何時頃?」
「さあ。時計を見ていたわけじゃないからね。ただ、放課後になってしばらく経っていたと思うけど」
「盗まれたのは財布だけ?」
「ああ、たぶん」
「ふうん……。ところで、この部屋はかなり狭いみたいだけど、扉が開いたことに気付かなかったの?」
「仕事に集中していると、気付かないこともたまにあるよ。そっと開かれたりすれば余計に」
 そういうこともあるのかな、と有沢は首をかしげる。
「じゃあ、犯人に心当たりは?」
「うーん、私が言うのもなんだけど、ここの学生はあんまり主張しない子が多いからね。こういう事件を起こす子がいたというのは、少し信じられない気持ちだよ」
「なるほどね」
 他に黒木から聞くべきことはなさそうだった。
 そもそも彼は被害者だが、犯人の影も形も見ていない。事件の詳細はわかったといえばわかったが、それもたいした内容ではなかった。
 だが、何の情報もないよりは、推理のしようもあるだろう。
「あたしから他に聞くことはないけど、笹森、あんたは?」
「そうですね。じゃあ、ひとつだけ」
 指を立て、笹森はにっこりと笑う。
「僕の補習、いつ頃になりそうですか?」
 有沢が脱力するのは、もはや毎度のことなのだろうか。



 
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