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教員室を出た有沢は、大股で歩いていく。なりゆきで後をついてくる神山は、前を歩く不良少女に問いかける。 「あ、有沢。犯人を見つけるって、君は本気か?」 「あたしは冗談を言ったつもりはないわよ」 「バカを言うな、警察ならともかく、いっかいの高校生にすぎない君が、どうやって犯人を見つけるつもりだ」 ぴたり、と有沢は足を止めた。自然、神山も足を止めることになる。 「あたしはね、もともと、この事件の犯人ってのが気に入らないの。そのうえ、あたしが犯人扱いされてる。冗談じゃないわ」 「正義感、じゃないんだな」 「……あんたには言わなかったっけね。あたしは、平気で他人を傷つけておいて、しかも猫をかぶって堂々としていられるような奴が嫌いなのよ」 その言葉には、決然とした意思が宿っていた。嘘や冗談の類では出ない、確固たる意志が垣間見える。 だからこそ、神山は眉をひそめた。有沢光子のそんな姿は、学内でも有数の付き合いがある彼とて見た覚えがない。 「そういう、ものか?」 「そういうもんなの」 くるりと前を向いた有沢は、そのまま歩き出してしまう。慌てて神山は後を追った。 「それで、どこに行くつもりだ」 「保健室。白井は犯人を見ていないって話だけど、何かのヒントにはなるかもしれない。少なくても、犯人は絶対に接触しているんだから」 それは、いまだに姿が見えない犯人の、数少ない『存在を示す証拠』だ。 言ううちに、保健室まで来てしまった。まだ休んでいる可能性も高い、神山は止めようとしたが、その前に有沢は引き戸を開けてしまった。 「……やっぱ帰る」 引き返しかけて、後ろから来た神山と衝突する。 「わけのわからない、って、笹森君?」 「やあ」 ニコニコ笑顔の少年が、保健室のベッドに座っていた。 「な、ん、で、あんたがここにいるの」 「有沢さんなら、たぶんここに来るかなって思って」 「あんたは何か? あたしのストーカーか何か? 警察に電話していい?」 笹森は取り合わず、奥に向き直る。 「それじゃあ、白井先生。せっかく有沢さんたちも来たことだし、最初からお願いできますか?」 「ええ、いいわよ」 見れば、白井は丸椅子に座り、こちらを見ていた。頭には包帯が巻かれているが、おもいのほか、元気そうだ。 「といっても、あんまり情報になるようなことは知らないんだけどね。私、後ろからいきなり殴られて、そのまま気絶しちゃったから」 「犯人はまったく見ていないのね?」 白井は頷く。後ろから殴られたのでは、姿を見る余裕はなかったろう。 「他に、犯人について、何か覚えていることはないわけ?」 「うーん、廊下を誰かが歩いていたっていうのは、後から考えれば思いだせるの。ただ、別に意識もしていなかったし……」 「大きい相手とか、小さい相手とか。男とか女とか。そういうのもわからない?」 「ごめんなさい、見ていないから、なんとも言えないわ」 有沢は奥歯をかみしめる。これでは情報も何もあったものではない。 だが、確かに彼女は、犯人に最も近づいた人間であるはずなのだ。何かしらの情報を握っているはずなのだ。あるいは、彼女自身は気がついていないような事柄だとしても、それが犯人に繋がるような鍵となるかもしれない。 ふと、有沢の視線が、白井の腕に向けられる。 「その時計は?」 「え?」 白井は左腕に視線を落とした。女物の、細いバンドの時計がはまっている。 「ああ、これ。夫からの貰い物よ」 「あたしは時計なんてわからないけど、高いものなの?」 「ブランドはブランドだけど、それほど新しいものではないし、時計屋さんに持っていっても、とても売れないんじゃないかしら」 「それも指輪も、別に盗まれちゃいないのね」 白井の手には婚約指輪が光っていた。こちらも、やはりそれほど高級な品というわけではないだろうが、売れば高校生の小遣い程度にはなるかもしれない。 だが、犯人はそれを盗んでいない。 「うーん。でも、時計も指輪も、自分で言うのもなんだけど安物よ? それに、こういうのを売れる場所って凄く限られるんじゃないかしら」 「痕跡がつきやすいって言えばその通り。でも、そんなことを考えるような冷静な人間が、殴って財布を奪うなんて強引な方法を使うもんかしらね?」 有沢の自説に、思わず白井は感心した。 この事件の犯人。行動は、どう考えても、あまり頭のよいとは言えない犯行だ。極めて単純、殴って財布を奪うという、それだけの行動しかしていない。 そういう犯人が、冷静に行動しているのかどうか。そういった観点で、今回の事件を考えたことはなかった。 その中で、神山は反論を口にする。 「だが、こう考えることもできる。現金は奪った当日にそのまま使用することが可能だが、指輪や時計を売りさばくには身分証明書やらが必要で、手間がかかる。そういった手間を省くため、あえて現金のみを奪った」 「否定はできないわね」 要するに、情報不足。どちらにせよ、仮説の域を出ない。とても犯人像を特定するには至らない程度の情報だ。 「仕方ないか」 ため息交じり、有沢は首を振る。 「じゃあ、質問を変えるわ。白井、あんたを恨んでいる人間に心当たりは? もちろん学校の関係者でね」 「私を恨んでいる人?」 きょとん、と驚きを示す白井。やがて、有沢の質問が持つ意味を理解したのか、表情を変える。 「それって、お金が目的じゃなくて、私を個人的に恨んでいるから殴ったってこと?」 「簡単に言うならそういうことね」 「うーん……」 これには、白井も首をかしげた。 「私が自分で言うのも変だけど、そんなに恨まれていない気がするの」 「まったく?」 「そりゃ、多少はあるかもしれないけどね。好きじゃない、とか、あるいは私が嫌いって人もいるかもしれない。でも、暴力事件に発展するなんて……。ましてやウチの生徒、みんな大人しいじゃない?」 それは、有沢も体感としてわかっていた。赤岩のような、よくも悪くも衝突しやすい性格とは違い、白井はあまり誰ともぶつからない性格だ。人間である以上、大なり小なり好き嫌いはあるだろうが、憎まれるというほどのものではない。 だが、それでは困るのだ。有沢の考え方が正しいのなら、犯人は財布を目的にしていない。今回とて、それは同じでなければならない。 そうなると、黒木と白井、二人に共通して何か黒い感情を持つ人間がいるはずなのだ。それも、この学内に。 これ以上、白井に聞いても、有意義な答えが出るとは思えなかった。 「じゃあ、何か思いだしたら教えて。あたし、犯人を見つけるから」 「え……」 ちょっと驚いた様子の白井だったが、すぐに柔らかな表情を浮かべる。それが、彼女が生徒から信頼を得ている要因でもあった。 「そう、頑張ってね。有沢さん」 「ふん。笹森、神山、行くよ」 「あ、ちょっと待って」 出て行こうとする有沢を、笹森が呼び止める。苛立たしげに振り向く彼女には見向きもせず、笹森は白井を見ていた。 「白井先生、その頭を手当てしたのは?」 「ああ、これ? 赤岩先生がしてくれたの。さすがスポーツマンね、上手だわ」 「じゃあ、黒木先生の手当てをしたのも?」 「あの時は私が。といっても、後頭部が少し腫れていただけだから、手当も何もないけれど」 「病院とかには?」 「黒木先生はあの後、きちんと検査して貰ったわ。私もこれから行くつもり」 「じゃあ、あまり長居もできませんね。お大事にしてください」 ぺこりと頭を下げ、笹森は有沢を見る。ふん、と鼻を鳴らした有沢は、そのまま足早に保健室を出て行った。神山も白井に頭を下げ、男子ふたりは後を追うようにして退室する。 「若いなぁ……」 自分とてそれほどの年齢ではなかろうに。 白井の発言は、なんとはなし、男子生徒たちの夢に少しばかりヒビを入れかねないものだった。 幸いなことは、この部屋に彼女しかいなかったからかもしれない。 |