保健室を出る頃には昼休みが終わってしまった。
 午後の授業をサボってもよかったのだが、授業に出ずとも事件の情報を集められるわけではない。なにせ、生徒は全員が授業中、教師も大半が授業に出てしまっている。
 となれば、有沢自身も、どこかをふらふらして不興を買うよりは、ということで授業に出席することにした。
 もっとも、教師の説明など何も聞いてはいない。彼女の頭の中は、事件のことを考えるだけでいっぱいだった。
 考えられるだけを考えているうちに、放課後が訪れる。
 ホームルームが終わった途端、有沢は神山に話しかけた。
「神山、生徒会の仕事は?」
 眼鏡の奥で神山の目が細まる。
「生徒会としての仕事ならあることにはある。だが、定例会議のようなものがあるわけじゃない。だから、ある程度の時間的余裕はある」
「なら、手伝って」
 ざわ、と教室が騒がしくなった。
『有沢さんがまた話しかけてるぞ!?』
『やっぱり神山と有沢さんって!?』
『うっそー! マジで!?』
「外野うるさい! というか本気でんな噂を流してないでしょうね!?」
 こほん、と一息。
「生徒会室はあいてるのね? なら、そっち行きましょ。ここは外野が多すぎよ」
「同感だ。教室でするような話とも思えない」
「相談ごとなら、僕も行っていいかな」
 にこにこ、と近寄って来た笹森。有沢も、今回ばかりは反抗しない。
「仕方ないわね。手ぇ貸してもらうわ」
『神山と有沢さんに加えて転校生まで……!』
『三角関係!?』
「違う!!」
「……有沢。血管が切れるぞ」
「だったらあの連中を黙らせて」
 人の口に戸は立てられないとはよく言ったものだ。

 ◆

 生徒会室に移動し、三人は机を囲む。
「さて。第二の事件が起きたわけだけど」
「なにやら、推理小説のような言い方だね」
「そういう言い方しかできないでしょ。今回は授業中に起きた、ってことは、まず真っ先に疑うべきは教師よね?」
「うん、そうだろうね。生徒が授業中にうろつくと、嫌でも目立つから」
 笹森も有沢の意見に同意する。
 授業中に起きた事件。有沢のように授業をサボっていた人間もいるが、これから犯罪を行おうとしている人物が、わざわざ他人に見咎められるような時間帯を選ぶとは考えにくい。
 反論を口にしたのは神山だ。
「だが、そうなると、先の事件も今回の事件も、教師が起こしたということになる。暴力事件を、だ」
「そうね。それは不自然っちゃ不自然だわ。定職を持っている人間が、自分の学校で、人を襲ったり財布を盗んだり。普通はやらないし、できない」
 犯行をあばかれてしまえば、仕事を失い、警察沙汰となる。仮に学校側がもみ消して、警察に通報せずとも、職を失うことはまぬがれないだろう。
 学生ならば失うものは少ないが、教師ともなれば、損失は大きい。それらを失うことを、まっとうな大人ならば考えずにはいられないだろう。
「だけど、疑うだけは疑うべきね。神山、教師のリストと、その時間のアリバイ。調べて」
「……どうして僕が」
「あたしが調べるより早いでしょ」
 はぁ、と生徒会長はため息ひとつ。棚からファイルを取り出す。
「この学校の名簿だ。それに、こっちが各クラスの時間割。チェックしていけば、授業に出席していた教員の名前は割り出せる」
「へえ、生徒会ってそんなもんまで持ってるのね」
 さっそく、その作業を開始した。三人で手分けをすれば、いくらもかからない。
 聖月の教員は全部で40人弱。それに、白井のような保険医、事務員、用務員なども容疑者として考えていいだろう。
 授業中だった教師は18人。まだ20人以上の容疑者がいる。
「これ、一人ずつ調べてかなきゃいけないのね……」
 リストを見つめ、有沢は思わず嘆息した。
「教師相手にあれだけ啖呵を切った人間が何を言っているんだ。時間はかかるかもしれないが、やるしかないだろう」
「そうだけどさ……」
 リストを眺める。
 校長や教頭は当然。白井や、意外なところでは黒木と赤岩の名前もある。
 この中の誰かが犯人なのだろうか。
「でも、全員を調べる必要はないよね。黒木先生を襲った犯人も同じなら、その時に事件を起こせなかった人は外せるから」
「それは今回の事件についても言えることだな。授業に出ていなかったとはいえ、事件を起こせた人、というのはさほど多くないだろう」
 職員室にいれば、お互いが証人になる。黒木の事件が起きた時はすでに夕方の遅い時間だったから、早めに学校を出た教師や、部活に出ていた教師は除けるだろう。
 そうして考えていくと、疑うべき相手は意外と少ないことに気付く。
「ま、手分けするしかなさそうね。それと、念のため、生徒の方も調べておきたいけど……」
 教師が犯人と決まったわけではない。生徒の中に犯行を行えた人物がいたかどうかだけでもチェックする必要はあるだろう。
 容疑者という意味では、学校にいる全員がその対象なのだ。
「そちらのリストアップは僕がやるしかなさそうだな」
 神山は仕方ないとばかりに頷く。
「やけに協力的ね」
「学内での事件である以上、生徒会としても見過ごすわけにはいかないからな。と、いうのは建前だ」
「……?」
「実際、僕も気分がいいとは言えないんだよ。こういう、身勝手な犯罪に対してはね」
「あんたにも義憤なんてもんはあったのね」
「君よりは自然だろう。それよりも、僕としては、君の態度の方がよほど驚きだ」
「何がよ?」
「随分と丸くなった」
 思わず有沢は言葉に詰まった。
 何かを言おうとして、けれど、反論の余地もない。それは自分でも薄々ながら感じていることだ。
「……大きなお世話よ。笹森、あんたもそれでいいわね?」
 結局、ごまかすようなことしか言えなかった。笹森はそんな有沢を眺めながら、ニコニコ顔。
「うん。手伝うよ」
「その顔は気に食わないからやめな」
「気が向いたらね」
「このッ……!」
 はぁ、とため息をつき、有沢は握りかけた拳を開いた。
 即席の探偵団。
 立派とも言えないが、このメンバーでやる他になさそうだった。

 ◆

 全校の容疑者をリストアップするのに三日かかった。
 黒木の事件に関して、あの日に集められた四人以外に容疑者となるような生徒は見つからなかった。大半の生徒は下校している。校内に残っていたのかもしれないが、それを証明する手立てがない。
 また、白井が襲われた日、授業をサボっていたのは有沢だけ。すなわち、アリバイがないのも有沢だけなのだ。
 黒木の事件が起きた時にアリバイがない教師は何人か。だが、こちらも、白井の事件が起きた時には授業中だったり、職員室にいたことが証明できるような人物が大半。休んでいた教師はいなかった。
 ありていに言って、両方の事件に関して容疑者たりうる人物は、有沢光子ただ一人だった。



 
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