土曜日。普通なら休日なのだが、今日は学校見学会のため、普段通りに授業を行っていた。
 学校見学会は、本来は中学生以下の受験生向けに、聖月の授業をアピールするためのものだ。だが、見学に来る人間に制限はないため、保護者の授業参観日も兼ねていると言える。
 いつもより人口密度の増した学内で、やはり有沢はいつも通りの態度だった。いまさら、学外の人間がいるからといって、取り繕うつもりはない。違いといえば、教室には居場所がなさすぎて、校舎の前にあるベンチに座っていることくらいだ。
 周囲が騒がしい中、有沢の頭の中は、事件のことでいっぱいだった。
 有沢は、自分が犯人ではないことをよく知っている。だが、実際に犯人になりうる人物は自分のみ。この事実について、どう考えればいいのか。
「……」
 有沢はふと、中庭に視線を向ける。そこに、やけに騒がしい一団がいた。中心にいるのは二人の女子生徒らしい。
「双子……」
 女子生徒たちの顔はそっくりだった。背格好もほとんど変わらない。一卵性双生児、というものなのだろう。
「兄弟に代返させるってのはあるかもしれないわね」
 白井の事件に関し、欠席者以外の全員にアリバイがあった。これから事件を起こそうという人間が、わざわざ目立つことはしないだろうから、欠席ということはないだろう。
 ということは、何かしらの方法でアリバイを作ったことになる。
 顔が似ている人間に、自分の代理で返事をさせる。そうすれば、当人は事件を起こしつつ、アリバイを成立させることができる。双子で、かつ二人が同じ学校でなければ理想的だ。
 それ以外にも、色々と方法はあるかもしれない。要するに、外見だけ似ていればいいのだ。授業中なら友人が話しかけてくることもないから、ぼろも出ない。似通った顔が座っていれば、単調な授業を行う黒木あたりは十分にごまかせるだろう。
「そのあたりは神山にでも調べさせようかしらね……」
 そんなことをぼんやりと考えていた有沢だったが、
「あの、すみません。あなた、もしかして有沢光子さん?」
 突如として自分の名前を呼ばれ、有沢は顔をあげる。
 そこにいたのは、見知らぬ女性だった。女物のスーツ姿。外見からしても、誰かの母親だろう。もちろん、有沢の母はすでに死んでいるので、絶対に違う。
「はぁ、まあ」
 怪訝な顔をしている有沢を見て察したのか、
「あら、ごめんなさい。いつも息子がお世話になっています、笹森明人の母です」
「笹森の?」
 なるほど、言われてみれば、全体的な雰囲気が似ているようにも思える。よくよく見れば、顔全体に、笹森明人の面影があった。白髪のせいで少しばかり老けて見えるが、実際はそれほどの年齢ではないのかもしれない。
「なるほどねぇ、あなたが有沢さん」
 じろじろと、失礼なほどに眺め渡す笹森母。有沢は眉をひそめるが、母親はそんなことなど一切お構いなしの様子だ。
「やっぱり明人の言う通りだわ。とっても素敵なお嬢さん。こんな子が彼女になるなんて、あの子も隅に置けないわね」
「ぶっ!?」
 思わず噴き出す。出てきた言葉は、あまりに想定外だ。
「な、な、何をいきなり!?」
「え? だってそうなんでしょう?」
「んなわけあるかーっ! 誰があんな変人と! 冗談にも程がある!」
「あら、そうなの? それは残念」
 本当に残念なのか何なのか、くすりと笑う母親。
「でも、あの子は本当にいい子なのよ? 世話焼きだし、成績だって悪くないし。あれで運動神経もいいのよ? 本当に優良物件。お母さんが保証しちゃうから」
「いらないわ、そんなもん」
 ようよう少しばかり落ち着いた有沢は、ベンチに座り直す。
「笹森……、明人なら教室よ。入ってすぐの階段をあがって、3階まで行ったらちょい左に行った教室」
「あら、ありがとう」
「――母さん」
 ふと気付けば、笹森母の後ろに、男性の姿があった。小柄で痩せぎす、全体的に貧相で冴えない感じがある。
 どうやら、こちらが父親らしい。きちんとスーツを着ているにも関わらず、くたびれた感じがあるのはなぜだろうか。
「明人の教室を教えてもらったの。じゃ、有沢さん、いつでも遊びにいらしてね」
 軽く手を振り、学内に入っていく母親。ほんの数分だというに、有沢は、やけに疲労がたまった気分。
「わけわかんない……」
「ごめんね」
 見れば、幸薄そうな父親は、まだそこにいた。
「あれはね、息子を愛し過ぎているんだ。何度か止めようとしたけれど、駄目だった」
「そういうレベルなわけ? あれが」
「うん、一種の病気、なんだろうね」
 あっさり病気と言いのける父親。なら医者に行け、と心の底で叫びつつ、
「まあ、あの子供が生まれてくるんだから、あの母親で無理ないかもしれないけどさ」
「君は、明人の友人なのかい?」
「友人ってほどのもんじゃない。単なる知り合いよ、知り合い」
「そうなのか。なら、友達になってあげて欲しい」
「……は?」
 先程の母親よりはよほどまともそうな父親。そして、まっとうな人間であれば、有沢のような外見の人間には、どうしたって偏見を持ってしまう。有沢自身、自らそうしようと決めてその外見にしている。
 なのに、この父親もまた、有沢に笹森明人と親しくなって欲しいと言う。
 それは、有沢が十数年間の人生経験で、得たことのないものだった。
「別に、あたしみたいのじゃなくても、あれなら友達くらいたくさん作れるでしょ?」
「確かに、あの子は表面的、人と仲良くすることに長けている。慣れ過ぎているんだ。それは技術でしかない」
「仲良くすることに、慣れる?」
 それほど転校を繰り返していたのだろうか。そんなことが、頭の中によぎる。
「あの子は、本当に辛いことを話さない。全てため込んで、そのくせ、他人の心配をしようとする。それがあの子の生きがいになってしまっているんだ。それを、父親の私は、止めることもできない」
「……。よくわかんないけど、他人の心配をするのは悪いことじゃないでしょ? それに、生きがいがあるなら、立派なことじゃない」
 それは、生きがいと呼べるほどのものを持たない有沢からすれば、本心だった。どんなものにせよ、生きがいがあるのなら、それは羨ましいとさえ言える。
 だのに、父親は首を横に振る。
「まあ、君にもいずれわかるかもしれないよ。あの子は母親と一緒なんだ。親子だからね、そっくりだよ」
「そりゃそうでしょうね」
 いちいち言っていることが遠まわしで、何を言いたいのかはっきりしない。そういうのは、有沢の最も好まないことだ。
「で、結局は何を言いたいわけ?」
「さっきも言っただろう? 明人と友達になってやって欲しい。あの子には、気の置けない友人というものが必要なんだ。親や何かではなく、ね」
「お父さん、何をしているの?」
 ひょこっ、と母親が顔を出した。追ってこない父親をいぶかしんだらしい。
「今、行くよ。それじゃあ、よろしく」
 二人は並んで校舎の中に入っていく。見送った有沢は、ため息を漏らした。
「友達、なんて、忘れちゃったわよ」
 昔はいた。まだ、本当に幼い頃だ。
 今も、世間一般から見れば、まだ子供だろう。だが、昔と同じでもない。
 長らく他人を寄せ付けなかった。その悪影響は、確実にある。
「冗談じゃないわ」
 変な親に会ってしまった。
 そのせいで、推理のことなんか、頭の片隅にさえ残る余地がなかった。



 
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