放課後。
 有沢は、ホームルームが終わるやいなや、神山に近づいた。
「神山」
 顔をあげた神山は、小声で問い返す。
「ここでもいい話か?」
「他のほうが懸命ね」
「なら、生徒会室に。笹森君も連れて行った方がいいだろう」
 その後、笹森を引き連れ、三人は生徒会室に移動した。相変わらずの簡素な部屋は、他に誰もいない。密談をするには好都合だった。
「それで? 何の話だ、有沢」
「ちょっと調べて欲しいもんがあるのよ」
 前置きし、有沢は、双子による犯行の可能性を示した。
 先の事件はともかく、後の事件――白井暴行事件に関しては、授業中に発生している。犯人が学校関係者であるなら、授業中にふらふらとできる身分の者はそう多くない。
 だが、双子や、あるいは顔かたちがそっくりな人物を影武者に立てれば、一応はごまかすことができる。
「それで、生徒の兄弟姉妹を調べろ、というわけか」
「そういうこと。生徒会にそういう資料はないわけ?」
「持っていない。必要もないからな。職員室にはあるだろうが……」
「見せてくれない、ってわけね」
 生徒会長はうなずく。
「いかに理由を作ろうとも、個人情報の最たるものだ。そうそう簡単には閲覧させてもらえないだろうな」
「職員室にはあるわけ?」
「ちらっとだが、見た覚えはある。担任は受け持ちの生徒に関する家庭事情も、多少は知っていなければいけないからな。それに、保護者の氏名がわからなければ、連絡のしようもない。
 だいたい、入学時の書類に記入させられるだろう?」
「覚えてないわよ、そんなの」
「それもそうか。だが、生徒が閲覧を許可されるような代物じゃないぞ」
「ふうん。じゃあ、仕方ないわね」
 いやにあっさりとしている。それが、かえって神山の不信を招いた。
「何かやらかすつもりじゃないだろうな」
「さあ。あんた、あたしのことは信じてるんじゃないの?」
「事件を起こすとは思っていないが問題は起こすかもしれない」
「どっちよ」
「正しく言ったつもりだが。まさか、夜中にでも職員室に忍び込むつもりじゃないだろうな」
「まさか」
 うっとうしそうに手を振り、有沢は否定した。
「あたし、これでも容疑者よ。余計に自分の罪を重くするようなことをするわけないじゃない」
「本当だろうな」
「信じなさいよ。ねえ、笹森」
「……」
 水を向けられた笹森は、しかし返事をしない。
「笹森?」
「え? ああ、ごめん。何?」
「ちゃんと聞いてなさいよ。あんたは、あたしがみずから怪しまれるようなことをすると思う?」
「思わないよ」
「でしょ」
 見れば、神山は苦虫をかみつぶしたような顔をしている。対して、笹森はニコニコと笑い、
「えーと、じゃあ、日付が変わるくらいに裏門で待ち合わせればいいかな?」
『人の話を聞いてた!?』
 この少年は、時折、笑顔で怖いことを言う。
「いくら真相究明のためとはいえ、そんな非合法な手段を認めるわけにはいかないぞ! 完全に不法侵入じゃないか!」
「だから! やんないって言ってんでしょうが! 笹森が勝手に言っただけよ、勝手に! ていうかあんた、しっかり話を聞いてたんじゃない!!」
「まあまあ。ここで何を言っても、有沢さんが留まるとは思えないでしょ?」
「あんたは余計なことを言わない!」
「そう?」
 空気一変。いやに冷たい温度が漂う。
「……本当に、それしか方法がないのか?」
「さあね。でも、あたしに対する教師の信頼なんて屑レベルでしょ? 正攻法で調べる方法がないなら、絡め手でも非合法手段でも使うしかないじゃないの」
「それは、必ず調べなきゃいけないことなのか」
「学内の全員について、事件当日の行動を追ったのよ。出欠はもちろん、授業中に席を離れたやつがいないかまで聞いてまわったわ。それでも容疑者は出ない。
 手詰まりの状況で打開策なんて、そういくらもあるもんじゃないでしょ」
「――」
 何かを言ったらしかったが、有沢の耳ではとらえきれなかった。
 有沢とて、神山の言い分はもちろん理解できる。彼の言うことは正論だ。だが、この状況を打開するために、有沢も必死なのだ。そして、頭のよい彼は、そんな有沢の事情さえ鑑みているのだろう。だから、首を縦には振れないが、横にも振りにくいのだ。
「別に、あんたにどうしろってわけじゃないわよ、神山」
「見過ごすわけにはいかない」
「ちょっと耳を塞いでいてくれればいいだけ。頼むわ」
「無茶はしないよう、僕が見てるよ」
 ちら、と笹森の様子を伺う。下手をすれば補導されかねないことをしようとしているのに、笹森は平然としていた。
「いや……それなら、僕も」
「あんたまでやんなくていいわ。多人数だと、それだけ目立つ可能性もあるしね」
「だが」
「こういうのこそ、あたしに任せなさい。不良のレッテルなんて今さらよ、何も怖がることなんかないもの」
 有沢の言葉に、神山は反論を口にしなかった。
 心の底で、悪い、と謝った。

 ◆

 一旦は別れて下校し、日付が変わる5分ほど前、有沢は学校の裏門までやって来た。どこもそうだろうが、正門と違い、小さな裏門はさほど人の通りがない場所に面している。
 笹森は先に来ていた。ダークカラーのジーンズにブラウンのレザージャケットという出で立ちは、暗い夜道に紛れて目立ちにくいものだ。全体的に、普段の笹森とは異なる印象を与える。
「あんた、そんな服も持っていたのね」
「僕のじゃなくて兄さんのだよ」
「……あんた、兄貴なんていたのね」
「ん」
 対する有沢は、一目で大量生産品とわかる、安物のシャツにスカートだ。それでも暗い色合いなだけに、明かりがなければ、そうそう目立ちはしない。もっとも、彼女は私服などさほど持っていないから、選択の余地もなかったのだが。
「じゃあ、僕から先に入るね」
「ん」
 笹森は鉄扉の柱部分をつかむと、意外な身軽さで門の上に飛び乗った。そのまま、ひょいと向こう側に飛び降りる。普段は本ばかり読んでいるイメージがあるが、運動神経も悪くないらしい。
「次はあたしね」
 有沢も笹森と同じように、鉄扉をよじ登る。いまだ春先、夜風は冷たく、門扉もひんやりとしていた。見上げれば曇天。月がないのは、彼女たちにとっては幸いなことだ。
「いよっ」
 ひらっと飛び降りる。足裏に衝撃を感じながら着地し、顔をあげると、何故だか笹森が明後日の方向を見ていた。
「……見つかった?」
「ううん」
 声をひそめて聞いたが、笹森は否定した。有沢はほっと胸をなでおろす。この時間、この町ならば、出歩いている人などそうそういないはずだが、万が一ということもあったからだ。
「まったく。意味深なことをしないでくれる?」
「ん、いや、そうだね」
 笹森にしては妙に歯切れが悪い。変だな、と思った有沢は、ふと気づく。
 ぱっと自分の姿を見下ろし、次に、自分の背後を振り返った。
 背丈より高い鉄扉。そこを超えるため、自分は今、何をした?
「……笹森」
「大丈夫。何も見てないよ」
「あんたねぇ! 先に言いなさいよ!?」
「ちょ、有沢さん、声が大きいよ」
「っ!」
 あわてて声をひそめ、はあ、とため息。やってしまったことは仕方ない。というか、普段ならばいくらなんでも気にしただろうに。
 本当に、この少年を前にすると、どうにも警戒心が薄れ過ぎてしまう。陽だまりの丘に出入りするようになって以来、笹森に対して気持ちを許しすぎているように思った。
「でも、ふふ、意外だね」
「何がよ」
「有沢さんでも、恥ずかしがったりするんだね」
「〜〜〜〜〜!!」
 声にならない悲鳴の後、ぱちーん、と小気味いい音が響いた。



 
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