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「あのね。僕が言うのもなんだけど、こういうことをしている場合じゃないと思うんだよ」 「じゃあ、そういうことをさせないでくれるかしらねえ?」 ずんずんと先を歩く有沢。後を続く笹森。心なしか、有沢の耳が赤い。 「スカートで来るのも問題だと思うんだ」 「これしかないのよ」 「……。それにいまどき、下着が見えたくらいでそんなに怒らないでもいだっ」 「繰り返すなしつこい!」 「……有沢さんて、不良呼ばわりされている割に純情だね」 「うるさいわね」 鍵が壊れた窓があったおかげで、校舎内に入るのは難しくなかった。絶妙なタイミングで壊してくれた野球部には感謝しなければなるまい。 問題は職員室の入口だが、これも簡単だった。そもそも鍵がかかっていないのだ。 「無用心ね」 「それだけ平和な学校ってことじゃないかな」 本来のルールでは戸締りをしなければならないのかもしれないが、面倒がってやらないのかもしれない。 職員室に侵入した有沢は、ざっと教室内を見渡す。 暗闇に目が慣れてきたおかげで輪郭だけはなんとかわかるが、それでも、どれが誰の机なのかはわからない。 有沢は100円の電灯を取り出すと、手元を照らした。神山から入手した、職員室の座席表を取り出す。 「まずは……、教頭の机でも調べてみましょうか」 「そういえば、校長室には行かないんだね」 「必要なら後で行くけどね。校長がいちいち一生徒の個人情報を保管してたらキリないでしょ」 教頭の机は、職員室の一番端。全員の机を見渡すような配置で置いてあった。 袖机も含めて全部を調べてみたが、個人情報に関する資料は見当たらない。 「いまさらだけど、これ、バレたら退学じゃ済まないよね」 「そう思うんだったらバレないようにして」 今時、個人情報の取り扱いともなれば、それは本当にシビアな問題だ。もしもこれが誰かに知られれば、学校側も管理体制を問われる事態になるだろうし、もちろん有沢と笹森もただでは済まない。そう考えると、今、ここで調べていることに、背筋が震えそうにもなる。 「じゃ、次は赤岩のところでも調べるわよ」 それでも有沢は調査を続行することを選ぶ。 「……。有沢さん。そこまでしなければいけないこと、なのかなぁ」 「――」 常ならば、そうだ、と答えられるだろう。だが、犯罪行為に手を染めながらだと、即答することができない。 「なんで、そこまでムキになるの? 犯人が気に入らない、それだけ?」 無言で赤岩の机を探りながら、有沢はぽつりと漏らす。 「自分でも、よくわからないわ」 「有沢さん?」 「そりゃ犯人のやっていることは気に入らない。こそこそ隠れて、自分は悪くないって顔して歩いているなんてムカつく。 あたしが犯人扱いされていることも気に入らない。普段の素行に関してはあたしだって胸を張れないし、怪しいのもあたしだけかもしれないけど、濡れ衣を着せられて嬉しいわけないわ」 「でも、それだけじゃ、ここまでやるものじゃないよね」 「そうね……。なんで、だかね」 横の引き出しには成績表などはあったが、そんなものは最初から興味がない。 上の引き出しを開けると、どこかで見たことがあるものを見つけた。 「これ、吉村のナイフね」 そこに入っていたのは、図書委員が持っていたバタフライナイフだった。あの時はそれほどじっくり眺めたわけではなかったが、こうして改めて眺めると、彼のイメージにはそぐわない持ち物だ。 木製の持ち手には『K.K.』と名前が彫り込まれている。刃の部分にはきちんとロックできる機構がついており、それを解除すれば刃が出るのだろう。さすがに解除する気にはなれなかった。 「父親から貰った、って言ってたっけ……」 しばしナイフを眺めていた有沢は、そのまま机に戻した。笹森は、あえて何も言わなかった。 「さ、それより資料よ」 赤岩の机にもないとなれば、他には誰の机を探せばいいのか。簡単に閲覧できる場所にはないのかもしれない。 「今さらだけど、紙ベースで保存しているとは限らないんじゃない? USBとか」 「神山が言ってたでしょ。入学の時に家族関係を書かせてるのなら、その書類は残っているはずよ。入学時に提出させる書類を、在学中に捨てたりはしないでしょ」 「なるほど」 「あとは……。そうね、事務員の森山はまだ見てなかったわね」 この学校は高校だが、事務室といったものがない。そのため、職員室の一角に事務員用の机も置かれている。職員室が他の教室より校門に近い理由もここにある。要するに、来客は全て職員室を訪ねるようになっているのだ。 森山は、そんな事務員たちの中でも責任者に値する人物だ。もっとも、教師ではないため、生徒と接する機会はさほどない。 事務長の立場だけあり、彼は専用の棚を持っていた。ガラス扉から見る限り、目的の資料はない。となれば、下の引き戸か。 「……。さすがに鍵をかけているわね」 引き戸には鍵がかかっていた。簡単に探してみるが、鍵らしきものはどこにもない。あるいは、持ち帰っているのかもしれない。だとすればお手上げだ。 「有沢さん、ちょっと」 「うん?」 有沢は場所を換わる。笹森はポケットから十得ナイフのようなものを取り出した。 「あんた、用意がいいわね。いつも持ち歩いているわけ?」 「だいたいは」 言いつつも、鍵の前にしゃがみ込んで何やらやり始める。工具の名前もわからない有沢では、何をやっているのか、いまいちはっきりしない。 「それ、ナイフじゃないの?」 「刃物は付いてないから大丈夫。ペンチとか、ドライバーとか。そういうのだよ」 「ますます怪しげね」 「便利だよ。ほら、開いた」 「!?」 まだ始めてから五分弱。だが、確かにガチャリと音が響いたし、見れば鍵がまわっていた。 「あんた、とことん得体が知れないわね」 「この手のものは、構造が簡単だから」 「そういう問題じゃないでしょうに」 言いつつも有沢は扉を開く。中には整然と書類が並んでいた。 「ビンゴ」 その中に、入学時提出書類もあった。 書類束に目を通す。必要な情報は兄弟姉妹がいるかどうかだけだ。それも、異性の兄弟という可能性は限りなく低い。となれば、おのずと数は限られる。 地道な作業が続く。だが、二人で手分けをすれば、それもさほど時間はかからない。 「……こんなものね」 およそ、全生徒の二割弱。だが、まだ二割弱。 「これを片っ端から調べるしかないかしらね」 ぺらぺらと意味もなく紙束をめくる。頭の中では、今後の予定が渦巻いていた。時間はさほどない、だが、調べなければならない数は膨大。やはり、個人の力でやるには無理があったかもしれない。 そんなことを考えていた有沢は、ふと、見知った名前に手を止めた。 「ふう、んっ?」 中身に目を通したのは、単なる好奇心だ。決して褒められた行いではないが、あるいは、それが天啓だったのかもしれない。 「――笹森。これ」 「どれ?」 ピックアップした書類を笹森に渡す。彼もサッと目を通し、ほんの少し、表情を変えた。 「どう思う?」 「単なる偶然」 「本気で?」 「ありえない、よね。やっぱり」 「でしょ」 返された書類。その名前に、もう一度だけ視線を落とす。 やはり、見間違えなどない。そこにある名前は、確かに知り合いのもの。 『吉村 雄介』 |