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夜半の学校という場所は、何度おとずれても慣れることのない不気味さに満ちている。 昼間はあれだけ騒がしかった場所も、人がいなくなれば、それは空虚な空間でしかない。相応の広さを確保された空間は、かえって音を反響させ、無意味な恐怖感をあおる。 あるいは、本来なら禁止されている行為に対する背徳感に起因するのかもしれない。 窓から忍び込んだ人影は、迷うことなく職員室に向かっていた。 たった一人だ。他には誰もいない。そのせいか、足取りは重く、どこかおびえているようだった。 やがて、職員室にたどり着く。例によって鍵のかかっていない扉を開き、やすやすと侵入。薄暗い中、100円の小さな懐中電灯を手に、奥へ奥へと進む。 足は、とある机の前で止まった。引き出しを開き、中を物色。目的のものを見つけたらしく、机の中から何かを取り出した侵入者は、それをポケットにねじ込み――今一度、誰にも見られていないか確認するように見渡した。 ほぅ、と息を吐いた侵入者は、用は済んだと言わんばかりに職員室から出て行こうとする。 その、瞬間。 「待ちなさいよ」 びくり、と背筋が震える。ゆっくりと振り向いた侵入者は、教室の中に、先ほどまではいなかったはずの人物を認めた。 「会いたかったわ、真犯人」 有沢光子。学校一の不良少女だった。 ◆ 突如、部屋の中が明るくなった。 驚き見やれば、入口には柔和な少年の顔。笹森明人だ。 「いらっしゃると思っていました」 「……」 侵入者は油断なく室内を見渡す。なんとかしてこの状況から逃げ出す方法を考えているのだろう。 「逃がすと思ってんの?」 先回りするように、有沢は声をかけた。 「……いつ、から」 「吉村の保護者が誰か知った時よ」 侵入者が息を呑む気配が、離れた場所にいる有沢にさえわかった。 「ひょんなことから、吉村の保護者が教師だって知ったのよ。そこで最初に考えたのは、これは事件に関係ないのか、ってこと。 ただの偶然って考えればその通り、何の関係もないかもしれない。吉村の家庭事情なんて今でも知らないしね。だけど、たまたま教員が強盗に襲われ、たまたまその容疑者として候補に挙がったのが、吉村だった。これを偶然で片付ける?」 有沢は首を横に振る。 「あたしには、どうしてもそれが偶然だとは思えなかった。なら、逆転させて考えてみたら? 吉村が容疑者になったのは偶然じゃなく必然。言い換えるなら、吉村を容疑者にするために事件が起きたのだとしたら? 犯人の狙いが吉村を容疑者にすることなら、そこには理由があるはずよ。そこで、もし吉村が容疑者でなかったら、事件はどうなっていたか。吉村が容疑者になったことで変わったことは何か。それを考えてみたのよ。そこで、思い出したことがひとつあったわ」 こつこつ、とカカトを鳴らし、有沢はひとつの机に歩み寄る。 引き出しを開き、中から取り出したのは、小さなナイフ。 「あいつが容疑者になった時、荷物検査をすることになって、結果的にこのナイフが出てきたわ。あの時、他に変わったことはなかった。白井の事件が起きた時も同様で、誰かが何かを没収されたり、何かを手に入れたわけじゃない。 犯人の目的が金銭でも、教師に対する暴力でもないとすれば――他に考えられる要素は、このナイフだけってことになる」 「暴論だ」 「んなのわかっているわ。だけど、そうだと仮定すれば、ストーリーが立てられるのよ。 犯人は、保護者として、吉村からナイフを取り上げたかった。あるいは別の理由もあるかもしれないわね。だけど、本人に面と向かって言う勇気がない。それならどうすればいい? そこで、教師としての立場を利用することを考えたのね。荷物検査をしてナイフが出てくれば、教師としては嫌でも没収するしかないわ。そういう、『必然性があるから没収した』という言い訳が欲しかったのよ。違う?」 侵入者は何も答えない。有沢は続ける。 「だけど、仮に通常通りの手順で……、ホームルームの時間か何かに荷物検査をすれば、吉村がナイフを持ち歩いていることが周知されてしまう。それは避けたかった。理由はわからないけど、あるいは、ただでさえ孤立している吉村が、ナイフのせいで余計に孤立するのを恐れたのかもしれないわね。 ともかく、犯人は授業時間外で荷物検査をしたかった。それも、できる限り人の残っていない時間で。吉村自身は図書委員として遅くまでいることも珍しくないみたいだから、犯人としては、放課後、ただ待てばよかったでしょうね。そして、その時間帯に、緊急で荷物検査をする理由を作らなきゃいけなかった」 放課後、残っている生徒の荷物を検査する理由というのは、そうあるものではない。そもそもにして、荷物検査の主な目的は、校則に反した所持品を持ってきているかどうかを調べる点にある。だからこそ授業時間内に行なうのだし、全生徒を調べなければ意味がない。 だが、犯人は、放課後という時間、しかも限られた生徒の手荷物だけを調べたかった。そうなると、おのずと手法は限られてくる。 「そこで、あんたは一計を案じることにした。暴力事件を起こし、そのせいで財布が盗まれたって話にするのよ。そうすれば、容疑者は財布を持っているかもしれないから、荷物検査を行なう名目が成り立つわ。しかも、ただの盗難じゃない、強盗よ。すぐにやらなきゃ意味がないし、凶悪性から教師勢も迅速に動く理由になるわ。これなら、放課後の限られたメンバーだけを相手にできる」 「それなら、強盗事件の動機を探しても見つからない、というのも理解できますよね。そもそも強盗事件そのものに意味はないのだから」 「実際にそれをやり、あんたは首尾よくナイフを没収することに成功した。一方で、学校側は事件のもみ消しに走った。当然よね、学内で強盗なんて評判に影響するもの。それもあんたの計算の内だったんじゃない? 学校側がもみ消そうとするってことは、自然と、話が大きく広がらないってことになるもの」 ここまでは、全て犯人の計算通りということになる。だが。 「ここで、あんたにとって誤算が生じた。その最たるものは、職員内で、事件追求に歯止めがきかなかったことよ。 あんたの予想では、学校は事件追及に関して、そこそこのところでうやむやになるはずだった。ところが、意外とそうはならず、きちんと犯人を特定しようって動きが出たのよ。 あんたは慌てたはずよ。強盗事件の方は、警察が追及しないことで、かろうじて犯人特定を難しくしているだけ。実際、特別なトリックも何もないから、その気になって調べられたら、本当のことがバレるかもしれない。それだけは避けたかったあんたは、そこで、さらに事件を起こすことにした」 普通、事件の真相が明るみに出そうになった時、犯罪者は事件を起こそうとしない。新しい事件は新しい証拠を生み出してしまうからだ。 ところが、今回の犯人は、そうはしなかった。 「あんたがあえて事件を起こそうとしたのは、簡単よ、真犯人を作るためだわ。それが、あたし。 あたしは、自分でも言いたくはないけど、有沢の娘よ。この学校は有沢から少なくない額の資金援助を受けている。仮にあたしが犯人だとして、学校側は、それを追及できる? 下手に追求すれば、生徒が暴行事件を起こしたっていう悪評だけでなく、有沢からの資金援助がなくなるって意味でもあるわ。 学校側からすればダブルショック。当然、教師たちは二の足を踏む。そうやって、改めて事件をうやむやにしようとしたのよ」 有沢光子は退学にできない。かといって、問題が明るみになれば、学校側は処分せざるをえない。となれば、真相を詳しく調べないまま、うやむやにするのが最善ということになる。 隠蔽が問題になる昨今だが、そもそも誰も知らなければ、問題にならないことも事実だ。隠匿して丸く収まるのなら、学校側はそうしたいだろう。 「これが事件の真相。このストーリーを完成させられる最後のピース、真犯人は……、吉村の保護者である、あんたしか考えられないわ。黒木」 有沢はまっすぐ、挑むような視線を向ける。白髪の教師は、うつろな視線を返すだけだった。 |