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”異界”の浅層と言われる区画。 すなわち、開拓地域から一晩以内で往復できる地域のことだが、ここは慣れていない冒険者がよく出入りする区画だ。 花の塔やケベラル大森林はこの区画にあり、”中層”以降ほど危険な魔物も出ない。当面、アディーとルベルはここでレベルアップを図っていた。 ところが今日は、そんな”中層”に存在するダンジョンーー【ラテラル水脈】まで足を伸ばしている。理由は簡単、新たな仲間としてサフィが加わったからだ。 サフィは鑑定士であるものの、戦闘力は高く、中層程度の魔物であれば遅れを取らない。アディーがルベルの護衛をすれば、サフィが雑魚を蹴散らすことで進んでいけるというわけだ。 そんなこんなで辿り着いた場所は、湿った洞窟だった。 「ここがラテラル水脈?」 明かりで照らしても、複雑な地形のせいで奥は見渡せない。ところどころ水が流れている様子で、ひんやりとした空気が漂っている。 「そうです。この洞窟はかなり奥まで続いていて、深いところには地底湖もあります」 「へー」 「ラテラル水脈は”深層”の【バーバレウス湖】に繋がっているとも噂されていますが、実際には確かめられていません。水流のせいで開拓しきれていない場所もあり、未開拓地域の中でも比較的わかっていないことが多い場所なんです」 「ってことは、ディーちゃんやサフィちゃんも知らないことが多いんだ?」 「そうですね。なので、今回は私も含め、探索したことがない場所を探索する練習、ということです」 花の塔みたいな場所は誰でも行ったことがあるし、地図などなくても感覚的に進むことができる。 一方で、正しくはどんな迷宮も細かな探索が不可欠だ。一本道に見えてしまうせいで、花の塔では地下の存在に長年気付かれなかったということもある。 「そもそも未開拓地域は、普通ではない自然現象も多いので一概に言えませんけど……。おおむね、攻略する方法はなにかしら存在します。もちろん、特定の道具がないと進めない、なんて場所も存在しますけど……。では、何が必要なのか? 古文書を調べたり、実際に探索したりして考えるのが冒険ですね」 「なるほど〜」 「とは言っても。古代文字が読めなければ話にならないけどね」 口を挟んだのはサフィだった。 「古文書はいつのものか、時代判定さえされていない資料も多い。当然、現代と文字は違うし、言葉のニュアンスも変化している。それらを読み解くのが解析であり鑑定だよ? ルベルにできるの?」 「いつかできるの! というかサフィちゃん、ちょっと変わった?」 赤髪の少女はぷい、とそっぽを向き、 「別に。ド素人に優しくしてやるほど人間できてないからね」 「ぶ〜。ディーちゃん、なんか言ってやって!」 「え、私ですか?」 目を丸くしたアディーは、おそるおそるサフィに問いかける。 「えっと、ルベルも勉強はしてます、よ?」 「そんなものは当然でしょう。死なないように死ぬほど勉強する、これは冒険者の合言葉です」 「まあ、それはそうなんですけど……。だから私が教えているんですし」 「自分でつかみとらないようじゃ意味がありませんよ」 「……なんだか、サフィさんってルベルには厳しいんですね」 「そんなことはありません」 「私には敬語なのに、ルベルには気安い感じですし……」 「格下に敬語を使う必要が?」 「言い方〜。事実だけどさ〜」 「ふんだ」 ルベルはサフィをじーっと見つめ、 「もしかして、アタシに嫉妬した?」 「は、はぁ!? 誰が!! 誰に!!」 「サフィちゃんが、アタシに。ほら、アタシはディーちゃんってアダ名で呼んでるし、ディーちゃんもアタシは呼び捨てにするし」 「だ、あっ、誰が!! あんたに!! 嫉妬なんぞするか!!」 「図星〜」 「置いてくぞ!!」 「ま、まあまあ。え? どういうことです?」 「……ディーちゃん、にぶくない?」 「……アディーさんはそういうところがあるんですよ」 「えっ?」 特に身の覚えがないアディーは首をかしげるばかり。やれやれ、と女二人は先行していく。 「あっ、あの、危ないですよ!」 その後を、アディーもついて行った。 洞窟の中は、あちらこちらに石のトゲが生えている。その合間を抜けて歩く形だ。 「綺麗な石ね〜」 「鍾乳石ですね」 「水の中に含まれる石の成分が、時間をかけて固まるそうですね。とは言っても、未開拓地域だと一晩で再生したりするそうですが」 通常、鍾乳石が育つには何百年も何千年もかかる。それが折れたとしても一晩で戻ってしまうのだから、やはり未開拓地域には理屈ではない何かがあるのだろう。 ふと、ルベルはこぼした。 「……未開拓地域って、何なのかな」 「それが解明されたら、冒険者はいなくなってしまうかもしれませんね」 「えへへ。そうかもね」 「まあ、実際に異界とは何か調べている連中もいますよ。冒険者というか、学者肌の連中ですが。シャルエンテが情報を奪ったのも、そういう連中のようです」 「学者さんか……」 サフィは頷き、 「冒険者の目的は日銭でありお宝、最終的には”伝説の秘宝”でしょうけど。冒険に出向くのは、なにも冒険者だけじゃありません。学者は異界でしか調べられない情報を求めて出ますし、他にも町に住めないアウトローとか、武器職人が素材を求めて自ら出向くなんてケースもあるようです」 「自分でって、素材を狩るの? 冒険者でもないのに?」 「そういうことはあるって話。まあ、魔獣の角や皮は良い材料になるからね。依頼で採取すると時間もお金もかかるし、品質だって安定しない。自分で狩った方が良いって人はいるよ」 「自分で狩るってことは、それだけ強いってことでしょ? そんなに強いのに、冒険者じゃないんだ」 「それはそれ。もちろん、冒険者として秘宝を求めるんじゃなく、採取をメインにしているところもあるよ。戦闘力がそこそこの人とかが、生活のためにってね」 「世知辛いな〜。冒険ってもっと夢がある感じかと思ったけど」 「実際、冒険は夢がありますよ。一攫千金です」 アディーはくすりと笑い、 「もっとも、深層まで潜れるような冒険者でも、一攫千金は簡単じゃないですけどね」 「そういうものなんだ?」 「難しい素材を手に入れてもさばけなかったりすることもありますしね。本物を誰も知らないアイテムなんて、よほど良い鑑定士がいないと、偽物扱いされることも珍しくありませんから」 「へえ。良いものでも必ず売れるわけじゃないんだね」 「結局、買い取るのは人間ですからね。あ、そこ、足場が危ないです」 「うん、大丈夫」 濡れて滑りやすい足元に注意しながら、ゆっくり地図を書きつつ先へ進む。 探索する以上、壁や床に仕掛けなどがないかを一通り確認するのも仕事だ。そのぶん、行軍は遅くなる。 そうやって進むことしばし。大きく曲がった通路の先で、明かりが見えた。 「うん? 誰か先客がいるようですね」 「気をつけて」 冒険者と出会っても、相手が良い人とは限らない。 三叉槍を構えたサフィを先頭に、じりじりと前へ進む。すると、そこには一人の女性が倒れていた。アディーたちに気付いたのか、よろよろと手だけを伸ばしている。 「行き倒れ?」 近づくと、どうやら息をしているようだ。サフィは油断なく構えながら、 「そこの人! どうかしましたか!」 「おなかが……」 女は地獄の底から絞り出すような声で、 「おなかが、空いたわ……」 そう言った直後、伸ばした手がぱたりと倒れた。 |