切断されたバイソンを前に、エメルはナイフを取り出して解体を始めた。
 首は落ちているので血抜きは十分。腹を裂き、横隔膜を切断して内臓を取り出す。
「魔獣の内臓も食べられるようにはできるのだけど、天日干ししなければいけないから、今はちょっとね」
 そう言いながら、エメルはバイソンの足首を切り、毛皮を剥いでいく。まるで服を脱がすようにぺろんと取れた毛皮を置くと、巨大な肉塊となった。
「よいしょ」
 今度はバッグにくくりつけてあった盾を取り出した。軽く表面を拭いて、組んだ石の上に鉄板を乗せる。
 エメルは燃料となる魔法石を鉄板の下に放り込み、手をかざして火をつけた。鉄板の温度が上がり、うっすらと煙がのぼる。
「さて、バイソンのお肉は新鮮なうちが美味しいのよ。さっそくいただきましょう」
「……いやいや。つい黙って見守ってしまいましたけど、魔獣の肉をダンジョンで食べるって正気ですか」
 ついつい突っ込みを入れてしまったのはサフィだ。
 エメルは首をかしげ、
「だってバイソンって美味しいのよ」
「そうでなく。魔獣の肉は魔力抜きしないと、中毒で死ぬでしょう」
 内臓を天日干ししなければ、と言うのはそういう理屈だ。
 弱い魔力しか持たない魔獣であれば、天日干しし、乾燥肉にすれば食べることができる。ちょうど一角イノシシなどがそういう調理法で食べられるもので、闇の魔力さえ抜いてしまえば味も悪くない。
 一方で、漆黒バイソンは攻撃魔法を使うことからも分かる通り、イノシシなどと保有している魔力量が桁違いだ。天日干しにしても魔力は完全に抜けず、焼こうが煮ようが、食べれば腹を下す。
 すると、エメルはにやりと笑った。
「のんのん。まあ、騙されたと思って食べてみなさいな」
 エメルはバイソンの肉を薄切りにすると、バッグから取り出した香辛料のようなものを振りかけ、鉄板で焼き始めた。じうじうと肉の焼ける音が響き、美味しそうな匂いが漂い出す。
「あっ、割と美味しそうな匂い」
「匂いがよくても食べたらおなか壊すんだってば。ボクの話を聞いていたのか、ルベル」
「それはわかるけど〜。でも、エメルさんは大丈夫だって」
「ボクとこの女と、どっちを信じるのさ!」
「あっ、あの、たぶん……。食べても大丈夫、かと」
 ぼそりと言ったのはアディーだ。
「エメルさんの言っていた、魔力抜きっていう調理法……。たぶん、合っています」
「ほらー。ディーちゃんもこう言ってるし」
「……。知りませんよ、もう」
「まあまあ。ほら、三人とも座って。どうぞ、バイソン焼き肉」
 エメルの差し出したバイソンの焼き肉を、三人とも口にする。
「っ!?」
「な、何これ!? ちょーうま!!」
「これは……」
 三人の反応を見たエメルは、誇らしげに胸を張った。
「ふふん。どうよ、これが料理人の腕前よ」
「すごいすっごーい! 料理人ってすごいんですね!」
「これは、もしかして本当に魔力抜きができてる? 嘘でしょ、あんな短時間でどうやって……」
「たぶん、ナイフを入れた時です。リムーブっていう技を使っていました」
「あら、よくわかったわね」
 エメルが話しかけると、アディーはびくっと震えてルベルの後ろに隠れる。
「うふふ。可愛いわね」
「え? アディーが……可愛い?」
「サフィ! もうっ。で、リムーブってなに?」
 エメルはナイフを掲げ、
「魔獣は種類ごとに、おおまかに魔力を流す道みたいのがあるのよ。言うなれば魔力版の血管ね。そこを切ってやると、血抜きみたいな感じで魔力が抜けるの」
「あっ、そ、そうは言っても、見た目にはよくわかりませんし、切り方にもコツが必要です。首を落とせば可能な血抜きと違って、首を切っても抜けるわけじゃありません……。あのナイフさばきは、一朝一夕じゃないと思います、けど」
「へえ、本当に詳しいのね。闇の魔力抜きなんて、料理人くらいしかやらないと思っていたけど」
「ふぇ!? そ、その、あの、諸事情で闇の魔力には親しんでいるので……」
「まあ確かに、あなたは闇っぽいわね」
 くすくすと笑い、エメルはバイソンの肉をなでる。
「まあわたしは訓練しただけなんだけど、闇の魔力が通る道っていうのがなんとなくわかるのね。そこに沿って、うまいことナイフを入れてやると魔力抜きができるわけ。とはいえコツが必要で、今でも魔力抜きができる料理人はそれほど多くないわ」
「へー。エメルさんってスゴいんですね!」
 ルベルの感想は素直なものだったが、エメルはほんのわずか、表情を暗くした。
「……スゴくなんてないわ。冒険者としての才能もなかったしね。ただ、冒険者として生きたいって思って、自分にできることを必死に磨いたら、たまたま料理の腕だけが上がったってだけ。それも、冒険には役立たないわ」
「そういうものですか?」
「まあ、その……。冒険者に料理のスキルは、あまり必要とされません、から」
 アディーはぼそぼそと、
「そもそも、冒険の際にじっくりと料理をする暇はありません。夜営は魔物に襲われる危険がありますし、冒険のメインは探索であって食事じゃありません。最低限の行動食が主で……。大規模なキャラバンなら専属の料理人をつけることもありますけど、それは”深層”まで行くような大行程が前提です」
「そうね。お宝探しに行ってるのに、のんきにお料理する人はいないわ。食べる方だって、ゆっくり味わって食べているわけにはいかない」
「でも、こんなに美味しい料理が作れるじゃないですか」
「ふふっ、ありがと。魔力抜きを覚えたのもね、旅先で魔獣を調理する方法がないか、試していただけなの。そうすれば食料を節約できるでしょ? 魔力の少ない魔獣を天日干しすれば食べられるけど、それこそ冒険中に薫製肉を作る暇なんてないしね」
「あー、そっか。でも、このお料理が作れるなら、大きなキャラバンでもやっていけるんじゃないですか?」
「そう簡単じゃないのよ、大手もね」
 そういうものか、とルベルは納得した様子だ。だが、アディーはエメルの言葉に、どこか陰を感じ取っていた。
「さっ、お肉はまだまだあるし、たくさん食べて!」
 エメルは肉を取り分けようとするが、サフィが手に取ったのはフォークではなく、三叉槍トリアイナだった。
「それはいいけど……。誰か来るようだよ」
 ダンジョンの奥。薄暗い通路から、人が歩いてくる。
「おや、こんなところで誰が焼き肉してるのかと思ったら。本当に、君たちは面白いことするね」
 魔法光の下に現れたのは、剣を佩いた亜麻色の髪の女。
「え? アレッサさん?」
 いつだか、森で出会った剣士。アレッサ・マウルだった。