「こんなところで会うなんて、奇遇だね」
「お久しぶりです、アレッサさん」
 にこやかに握手を交わすルベル。一方で人見知りモード発動中のアディーは、今度はサフィの後ろに隠れている。
「アディー。彼女は?」
「えっと、その……。誰でしたっけ」
「ボクが知ると思います?」
「ははは、面白いね、サフィ・ステラさん」
「……? どこかで会いましたか」
「いや。ただワタシは強い冒険者に詳しいだけでね。サフィさんは誰とも組まないタイプだと思っていたから意外だよ」
「ボクも組むつもりはありませんでしたよ。それで、あなたは?」
 サフィの問いかけに、アレッサはくすりと笑う。
「アレッサ・マウル。冒険者さ」
「アレッサ・マウル……。もしかして、剣神ソーディンアレッサ?」
「おや、よくご存じで」
「剣神?」
 よく知らないルベルは首をかしげる。サフィはそんなルベルを鼻で笑い、
「知らないんですか。あらゆる冒険者の頂点とまで言われる、今もっとも強い冒険者のことですよ」
「さ、最強の冒険者!?」
「あはは、まあね。と言っても、ワタシは魔物より強いってだけなんだけど」
 見た目にはまだ年若い女にしか見えない。だが、アレッサ・マウルといえば、最大のキャラバンにおいて最強と噂される剣士だ。
「その最強が、こんなところで何を?」
「ちょっと深部の探索をしていてね。ここから帰るのが近道なの」
「深部からの……。近道?」
「そう。あんまり知られていないし、知っていてもどうにもならないと思うけど、ここの奥に地底湖があってね? そこから”深層”に行けるのよ」
 たしかに、この洞窟は深層へ繋がっているという噂はあったが……。
「それを確かめたって?」
「確かめたというか、いつもソロの時は通り道にしているだけ。ただ、それなりの力量がないと途中で死ぬから、誰も通れないし、ワタシもあんまり人に教えたことないわ」
「と、途中で死ぬ?」
「そ。道の途中に【蛇王バジリスク】の巣があるの」
「ッ!?」
 バジリスク。その名を知らぬ者はいない、蛇型魔獣の王者だ。
 その眼光は一目で見たものを石化させると言われ、深層に向かうようなキャラバンでもトップクラスの警戒をしなければいけない強敵だ。
「まあ、ワタシはバジリスク程度に石化されることもないから、普通に通るけどね。それに、バジリスクは奥から出てくることもないから、普通の冒険者がこのあたりを探索する限りは大丈夫なんじゃない?」
「ほっ……。よかったです」
「まっ、バジリスクの牙は高値で売れるし、狩れる強さがあるなら狙い目じゃない? 勝てるなら、だけどね」
 そう言って、アレッサはちらりとエメルを見た。
「良い剣ね、それ」
「あら、ありがとう」
「ただ、剣士として生きるならその剣はやめた方がいいわよ。己の実力以上に思い上がることができてしまうもの」
「……そうね」
「ふふっ。じゃあね」
 ひらひらと手を振りながら、アレッサは闇の中に姿を消して行った。

☆   ☆   ☆   ☆


 ”異界”。それは未開拓地域の通称だ。
 なぜそう呼ばれるようになったのか。そのゆえんは、あまりに異常な気象と構造にある。
 気温60度を越える砂漠があったかと思えば、氷点下200度にもなる氷の世界があったりする。
 大森林があるのに草原があったり、誰が建設したかも分からない建造物があったり。
 何もかもが人間の理解を拒む空間。それは、深い場所へ行くほど顕著になる。
 ”深層”は、もはや人間が理解できる限度を越えている。ほとんどの冒険者は辿り着くことさえできないので、知りもしないのだが。
 ねじくれた奇妙な木が等間隔に並んでいたり、材質もわからない建造物が重力を無視した構造で建っていたり、かと思えば巨大な植物が自ら動いたりしているところもある。
 人間の常識など通用しない。理解しようと思ってもいけない。過去、深層まで辿り着くほどの優秀な冒険者が、一夜で発狂してしまったという話もある。
 そう、そこは人ならざる者の世界なのだ。ゆえに”異なる世界”なのだ。
 そんな深層。とある谷底に、大きな祠があった。
 高さは一軒家を縦に10個も積み上げたような、でたらめな巨大さ。そのくせ入り口は人間一人分の高さしかない。門扉には何かの文字らしきものが刻まれているものの、現代語ではないせいか、誰も読むことができない。
 と、祠の入り口がギシギシと鳴り始めた。次の瞬間、爆発と共に扉が吹っ飛ぶ。ついでに周囲の壁ももぎ取られ、大きな空洞が生まれた。
 室内は闇に包まれている。明かり取りさえない空間は真っ暗だ。そんな闇の中に、炎が生まれた。
 その・・生物は、口から炎を吐いていた。背丈は人間の倍ほど。巨大すぎる祠のせいで勘違いしてしまうが、普通に大きな体をしている。構造としては人間に近いものの、全身が緑色の鱗に覆われ、腕は丸太のように太い。
 腰に粗末な皮を巻いているが、何か意味があるのかは分からない。人間のようにも見え、だが、人間の額に角はないし、口からはみ出すほどの牙もない。
「グル……」
 その魔獣は、自分を目覚めさせた相手を欲していた。手近にあった石柱をへし折り、さながらこん棒のように振り回す。
「グルァァァァァァ!!」
 咆哮が空へと響き、近くにいた鳥たちがぎゃあぎゃあと喚きながら飛び立っていく。
 魔獣は足に力を入れると、大きく跳躍した。一息に谷の上まで登ると、魔獣は匂いを探す。足元で岩が崩れ、谷底にあった祠を押し潰したが、魔獣は気にも留めなかった。
「ガル……」
 見つけた匂いを追いかけ、走り出した。
 女の匂いだった。