室内は落ち着いた雰囲気だった。赤い絨毯が敷かれ、左右には木製の本棚が並んでいる。
 部屋の中には二人の人物がいた。そのうちの一人、黒い机に向かっていた女性が口を開く。
「久しぶりね、エメル」
「うん。久しぶり、ソフィア」
 美しい女性だった。長い金色の髪が背中からの光に照らされ、きらきらと輝いている。整った顔立ちに、メリハリのある体つき。こんな場所ではなく、どこかで歌姫でもしていそうな外観だ。
「よう、追い出されたお前がなんでここにいやがるんだ」
 と、部屋の隅に立っていた人物が苛立ち混じりに口を開いた。
 獣面の男だ。狼種の獣人だろうか。銀色の毛並みに、鋭い目付き。しなやかな筋肉と腰の剣が物々しさをかもしだしている。
「あら、わたしは交渉に来たのよ、ジン。あなたに会いに来たわけじゃないわ」
「交渉だと? テメエと話すことなんざねえ、帰りな」
「いつからあなたは組織としての交渉権を得たのかしら?」
「あぁ!? なんだとテメエ!!」
「ジン! 話が進まないわ」
「……ちっ」
 ソフィアにたしなめられ、獣人のジンは舌打ちした。腕を組み、壁に寄りかかって様子を見守る。
「それで? 交渉って?」
「これよ」
 エメルは懐からフンババの鱗を取り出し、机の上に置く。ソフィアはじっくりと鱗を眺め、
「珍しいわね。色合いは甲骨魚の鱗に似ている気もするけど、少し違う。かといって、竜種の鱗と比べても少し大きいし、明るすぎる」
「中層の洞窟で出会った魔獣の鱗よ。深層クラスの強さがあったわ。後ろの子たちと協力して狩ったの」
「深層……。ふうん、あながち嘘でもなさそうね」
「当然でしょ。わたしがあなたに嘘ついたことある?」
「結構あると思うわ」
「ふふっ、つれないのね」
 エメルは手を後ろに組み、じっとソフィアを見つめる。
 ソフィアはそんなエメルを見上げ、
「それで? いくらで売るの?」
「……それ、なんだけども」
 背の低いサフィだけは、エメルの手が震えていることに気づいていた。
 サフィは、そんなエメルの手をそっと握る。
「……!」
 サフィは無言で頷いた。エメルは軽く深呼吸し、
「わたし、戻りたいの。【エレメンタルバース】に」
「あぁ!? なんだと!?」
「ジン!」
 ソフィアが一喝すると、ジンは押し黙った。
「あなたはここで問題を起こしているわ。あなたが原因で失われた宝具ーー妖精のオカリナは還ってこない」
「その代わりに、この鱗を持ってきたのよ。武器にも防具にもなる。オカリナくらいの価値はあると思うわ」
「……」
 ソフィアは鱗を机に戻し、席を立った。
 窓の外に顔を向ける。光の加減で、表情がわからない。
「確かにうちは実力主義。成果を出したら報酬を出すってのがキャラバンの規則よね」
「そう。珍しいアイテムを一人で採取してくれば、そのぶん臨時給料が出る。同じ理屈だと思うわ」
「……。でも、規律を乱すというのは、それ以上のことだと思うわ」
 くるりと振り返る。そこに表情はなかった。
「その鱗は持って帰って」
「……もうダメなのかしら」
「ええ。残念だけれど」
「そう、仕方ないわね」
 鱗を手に取ろうとしたエメル。その手を、サフィがつかむ。
「どうしてですか。実力主義と言うなら、実力を持つ人間がいた方がいいはずです。これほどの大所帯でも、中層に入って生きたまま帰ってこられる人はそう多くないはず。彼女の代わりなんていくらでも、というわけにはいかないと思いますが」
「もちろん、エメルはうちでも中堅の強さね。でも、組織というのはそれだけじゃないの。一度追放した人物を再び雇ったりしたら、みんなはどう思うかしら? 好き勝手にしてもいいやって思わない?」
「それは……」
「その片目。あなた、サフィ・ステラね? あなたのような個人主義者に、組織のことはわからない。口を挟まないでもらえるかしら」
「ッ……!!」
「でも、そうね。貴重そうなアイテムだし、このくらいでなら」
 ソフィアはさらさらとメモに走り書きする。それをエメルに見せると、エメルは目を細めた。
「……さすがにその金額ではね」
「交渉決裂ね」
 ソフィアはちらりと部屋の隅にいる獣人を見やり、
「じゃあ、これでいいでしょう、ジン。そんなに睨まないでもらえる?」
「ちっ」
「用件はそれだけかしら。なら、四人ともお帰りいただける?」
 反論する言葉は、誰も持っていなかった。

☆   ☆   ☆   ☆


 エレメンタルバースの本拠地を出た四人。ルベルはふーっ、と息を吐いた。
「緊張した〜。みんな怖いんだもん!」
「ふふっ。ごめんね、付き合わせちゃって」
「それはいいんだけど。でも、あれで本当に良かったの?」
「良いも悪いもないわ。わたし、この後も用事があるから、またね」
 そう言って、エメルは通りを歩いていく。その後ろ姿は、どこか寂しそうだ。
「うーん。ねえ、ディーちゃん。なんとかできないかな」
「そう言っても、キャラバンの規則はキャラバンリーダーが決めるものですしね。それにしても、妖精のオカリナ、ですか」
「エメルさんが壊したっていうアイテム? それ、そんなに大事なの?」
「音色を聞いた魔獣をおとなしくさせ、眠らせてしまうという宝具です。私も本物は見たことがありません」
「そんなに凄い道具だったんだ……」
「彼女たちは特に採取メインのようですから、絶大な効力があったでしょうね。それを壊したとなったら、キャラバンにいられないのは仕方ないかも……」
「そういうものかなぁ……」
「まあ、エメルさんは料理人としても戦士としても、それなりの戦力になると思います。他のキャラバンでも雇ってくれると思いますよ」
「それはそうかもしれないけど。ま、切り替えて行こうか。次はどこに行く?」
「そうですね……」
 話し込むルベルとアディーを横目に、サフィはじっと押し黙っていた。