「いらっしゃい、アディーさん。まずは座って?」
 にこりと笑ったのは中央の女性だ。黄金色の長髪に、印象的な銀色のペンダント。その笑顔は屈託がなく、妙齢ながら子供のようでもある。
「私がベリーク・テスターよ。ロードクロイツで頭をしているわ。この二人はすでに知っていると思うけれど」
 ベリークの右隣に座るのは”最強”の冒険者、アレッサ・マウル。
 左隣に座るのは招待状を持ってきた女冒険者、ファスト・メシアムだ。
 四人がけのソファに並んだアディーたちは、それぞれ名乗る。
「ルベル・カーライトです」
「サフィ・ステラ」
「エメル・ソウです」
「……アディー・ヒーリ、ですが」
「ご丁寧にどうも。さて、まずはあなたたちにお詫びをしないといけないわね」
「お詫び、ですか?」
 ルベルが首をかしげると、ベリークは頷く。
「うちのアレッサが、何度かご迷惑をおかけしたみたいで」
「ああ……」
「迷惑って失礼だね。ワタシは何もしてないよ……あいたっ」
 アレッサに手刀をかましたベリークはルベルたちへと向き直り、
「でも、あなたたちはそのたびに生き延びてきた。中でもフンババから生きて帰還したのは素晴らしい功績だわ」
「フンババ? って、まさかあの……」
「鱗の魔獣よ。その戦闘力は伝説級。高い戦闘力を持っているアレッサならともかく、普通の冒険者なら殺されてしまう強さだわ。それだけの相手を前にしても生き延びられるというのは、冒険者として本当に優秀な証。それが今日、あなたたちを招待した理由でもある」
「それは……」
「噂は聞いているかもしれないけれど、ロードクロイツは常に強い冒険者を求めているの。あなたたちなら資格は十分よ」
 ルベルはちらりとアディーを見やり、
「……あの、強いって何かの間違いじゃないですか? アタシたち、そんなに強くありません」
「謙遜することないわ。フンババは深層の魔獣より遥かに強い。壁を越えた冒険者でなければ絶対に敵わない相手よ」
「壁?」
「そうね……。言葉で説明することは難しいけど、あえて言うなら”限界を超えて”強くなった冒険者、といったところかしら。アレッサもファストも、壁を越えた冒険者よ」
「アレッサさんは分かりますけど……。ファストさんも?」
 すると、黒髪の少女は頷いた。
「まあ、壁って言っても言葉通りでもあるし、抽象的な概念でもあるっす。ただ、実際に壁を越えたっていう冒険者は、魔力の桁も違うし、何より闘気が段違いっすよ」
「闘気……」
「イメージだけで言うなら、物凄く強いって思ってもらえればいいわ。それだけの力を持った冒険者がたくさん必要なのよ。うちでも、壁を越えた力を持っているのは幹部他、10人ちょっとしかいないわ」
 ルベルは首をかしげる。
「あの、そんなに強い冒険者がなんで必要なんですか?」
「伝説の秘宝を手に入れるため」
 ベリークが真面目に言うものだから、ルベルはなんと反応すればいいのか分からなかった。
「あの、伝説の秘宝って、ただの伝説なんじゃ……」
「そんなことないわ。現実に、ロードクロイツはすでに37回も深層にもぐって、探索を終えている。秘宝が見つかるのも時間の問題と考えているわ」
「し、深層に!?」
 まっとうな冒険者では、中層までもぐることさえ命がけとされる。桁外れの強さを持っているアディーやサフィが一緒だからこそ、ルベルも行くことができたのだ。
 だが、深層はさらなる奥地。あのフンババみたいな魔獣がウロウロしかねない地域だ。
「多くの冒険者は伝説の秘宝をただのおとぎ話と見ている。でも、実際にあらゆる願いが叶う秘宝があるとなれば、探し求めないのは冒険者として失格よ?」
「つーわけで、うちらはなるべく強い冒険者を探してるんす。あんたらが強いってのなら、手を貸して欲しいんすよ」
「そう言われても……」
 ルベルは視線で助けを求める。サフィは肩をすくめ、
「ボクは賛成しかねます。深層探索なんて、命がどれだけあっても足りやしない」
「わたしはどちらでもいいけれど」
「えーと、アタシは……」
 アディーを見れば、すでに人見知りモード全開だ。
 ルベルはため息混じりに、
「せっかくのお話ですけど、お断りしようかと思います。アタシたちは、そんなに強くありませんしね」
「だから謙遜は……」
「謙遜じゃありません。フンババを撃退したのはアタシたちじゃなくて、インビジブルですから」
「ッ!?」
 アディーは目を丸くするが、ルベルはしれっとしている。
「……隠れ暗殺者インビジブル?」
「はい。アタシたちが死ぬことを覚悟した時、スマートな男の人が現れて、魔獣をばばっと撃退してくれたんです。だから、あれはアタシたちの実力じゃありません」
「ふうん。そうなの」
 ベリークは値踏みするようにルベルを見つめる。
「その男、顔はわかる? 特徴は?」
「うっすらとしか。背丈はエメルさんと同じくらいだったかな? 全体的にしゅっとしていて、ナイフのような武器を持っていた気がしますけど、自信はありません」
「なるほどね。人相書きとかはできそう?」
「そこまでじっと見る余裕はなかったので……」
「そう、当然ね。じゃあ、もし町でそれっぽい人を見かけたら、彼に伝えてもらえないかしら? ロードクロイツのベリーク・テスターが探していた、と」
「分かりました」
「でも、ふふっ、そう。インビジブル。そんな名前を聞くことになるとは思いもよらなかったわ。ねえ、二人とも?」
 くすくす笑うベリークに、ファストは鼻を鳴らす。
「インビジブルなんて、噂だけだと思ったっすけどねぇ。魔獣を倒すだけの冒険者なんて、なんの意味があるんだか。冒険者はお宝を手に入れてなんぼっすよ」
「いいじゃない、インビジブル。ワタシは好きだよ」
 そう言ったのは、アレッサだった。
「冒険者っていうのはさ、命を奪う存在なんだ。インビジブルはある意味でそれを最も体現している。そういう存在、ワタシは好きだよ。強い殺意と、明確な力がある者ーー。ワタシも会ってみたいな?」
「あ、あはは。会えるといいですね」
「ああ。会うよ」
 にやりと笑うアレッサ。その笑顔は、どこか凍っているように見えてしまった。

☆   ☆   ☆   ☆


 パーティー会場からの帰り道。サフィやエメルと分かれた後。
 ルベルと並んで夜道を歩くアディーは、ぼそぼそと問いかける。
「ルベル、なんてあんなことを……」
「あんなって?」
「インビジブルの話ですよ! あれじゃあ、ロードクロイツはインビジブルを本気で探しますよ!」
「大丈夫。ディーちゃんはアタシたちと行動している限りインビジブルの噂は立たないし、存在しない男の人を探し続けても無駄だもん」
「それはそうですけど……」
「それに。ディーちゃん、あの人たちと協力なんて無理でしょ?」
「うぐっ」
 力がどうこうではない。対人能力ポンコツなアディーには、新しい環境はそれだけで酷だ。
 だが、それだけではない。
「……まあ、確かにあの人たちと冒険は無理だと思います」
 強さだけの問題ではない。
 彼女たちは、言葉にはしにくいがーー底が知れなかった。
「なんというか。目的のために手段を選ばないような、そういう凄みのある人たちで……。ああいう人なら、本当に伝説の秘宝も見つけてしまうかもしれません」
「そうだよねぇ。すっごく強い人たちの集まりだし。言うなればディーちゃんがたくさんいるようなものだもんね?」
「私のようなポンコツがたくさんいたら大変ですが」
「あはは、そういうことじゃないよ」
 ポンコツは否定されなかった。まあ事実なのだが。
「それにしても、インビジブルってやっぱり有名なんだね〜。ロードクロイツの人もみんな知っていたし」
「私が言うのもなんですが、冒険者なら大半は知っているくらい噂になっているようですね」
「へえ。そういえば、ギルドとかでも噂している人がいたかな。ディーちゃん、そんなにたくさん魔物を倒したの?」
「そうですね、噂になる程度には。ちょっと一時期、荒れていたというか……。誰かに認めて貰いたくて、がむしゃらに魔物を狩っていた時期があります。噂が出たのはそういう頃かと」
 今の強さは、その経験のおかげとも言える。もっとも、一歩でも間違えば即死しかねないような経験を積み重ねての強さだから、決して健全とは言えない。
 アディーが今も生きているのは、ただただ幸運だっただけだ。
「いいなー。アタシ、かっこいいディーちゃんとかあんまり見てないよね?」
「……見せられるような姿ではありませんでしたよ。ほとんど魔獣と変わりませんでしたから」
 殺意だけを胸に、怒りを叩きつけていただけだ。それは、愚にもつかない自分に対する感情をぶつけている、ただの八つ当たりに過ぎなかった。
「今はもう大丈夫ですから」
「ふうん。まあ、それはそれで嬉しいけどね」
 ルベルはぎゅっ、とアディーの腕をつかむ。ふへっ、と変な音が漏れた。
「あの、ルベル。勘違いされたら……」
「誰も見てないってば」
「むぐ……」
 反論もなく、天を仰ぐ。星空がまたたいて見えた。
「綺麗な空だよね。異界でもアラバスターでも、星空はおんなじ」
「そうですね」
 腕から感じる温もり。その暖かさに、アディーはそっと身を委ねていた。

☆   ☆   ☆   ☆


 一方。サフィとエメルは帰り道を同じくしていた。
「エメル。あいつらのこと、どう思いましたか」
「どうって?」
「ロードクロイツほどの連中が、本当に伝説の秘宝を求めていると?」
「そう言うのだからそうなんじゃないかしら」
「……どうにも胡散臭いんですよ。秘宝なんて古文書にも正確なところはほとんど出てきませんからね」
「そうかしら。それは逆じゃない?」
「逆?」
「ロードクロイツが情報を独占しているから、他で情報が手に入らないだけ」
「……なるほど」
 その発想はなかった。確かに、ロードクロイツほどの権力があれば、それは不可能ではない。なにせ、彼らはギルド以上の力を持つ、言うなればキャラバンの代表みたいな存在なのだ。
 他のキャラバンとて、ロードクロイツに目をつけられたらまともな活動はできなくなる。それほど片寄ったパワーがあるのだ。
「わたしはむしろ、彼らが伝説の秘宝を求めるということの方が真実味あると思うわ」
「それはなぜ?」
「たとえばわたしは料理人。美味しい食材があれば冒険するけど、なんでも願いが叶う存在が欲しいかと言われるとそうでもない。そこまでしなくても、未知の食材なんていくらでもあるものね」
「それはまあ、そうですね」
「他の冒険者たちも同じよ。あるいは日銭のため、あるいは何かの目的を果たすため。そのために素材を探す人は少なくないけど、伝説の秘宝を使いたいなんて願いを持った人がどれだけいると思う?」
「この世の全てが手に入るとなれば、欲しがる人はいると思いますが」
「労力と見合わないもの。大半の冒険者は、普通の探索で十分な成果が手に入るわ。そんな、存在するかどうかも不確かな夢物語に命をかけられる人なんてそうそういない。ましてや、ロードクロイツに匹敵するほどの戦力があれば、異界探索でそこまで危険なことをする必要もなくなる」
「……でも、彼らは秘宝を求めている」
「裏を返せば、秘宝を手に入れなければ叶えられないほどの夢を持っているのでしょうね。おそらくは、リーダーのベリークが」
「なんでしょうね、その夢って」
「さあ、想像もつかないけど、好きな人を手に入れたいとかじゃない?」
「んなわけないでしょうが恋愛脳」
「性欲と食欲は生物の全てよ」
「あんたは本能に忠実過ぎなんですよええいドサクサに尻を触るな!!」
「あんっ」
 エメルの手をはたき、サフィはふん、と鼻を鳴らす。
「でも、そうですね。エメルの言うことは少し理解しました。確かに、あいつらは最強のアホですね」
「わたし、そこまでは言っていないわ」
「要約したんですよ。……本当に、秘宝ってなんなんでしょうね」
 歩きにくいドレスの裾を蹴っ飛ばしながら、サフィは空を見る。
 この空の下、本当に秘宝なんて存在するのだろうか。