とある喫茶店。
 オレンジ色の明かりが照らす丸テーブルを、5人の冒険者が取り囲んでいる。
「さて、次の冒険を計画したいところ……。なんだけども」
 口火を切ったルベルは隣に座る女を見やり、
「あの。なんでいるんですか、アレッサさん」
「暇だからね」
 アディー、ルベル、サフィ、エメルの四人パーティ。そこに何故かしれっと混じっている最強冒険者。
 アレッサ・マウルはからからと笑い、
「いいじゃないか、ワタシも混ぜてくれても」
「だってアレッサさん、深層探索とか行くんでしょう?」
「行くけどね〜。今はインビジブルを探したいな、と思って」
「そんなの、アタシたちに聞かれても……」
「ところがどっこい。君たちはインビジブルの存在に最も近い」
 アレッサはティースプーンを揺らしながら、
「そもそも、インビジブルの存在を目視したキャラバンは君たちだけだ。インビジブルは、彼が倒した魔獣や、魔物との戦闘を行った形跡から自然発生した噂に過ぎなかった。言うなれば、インビジブルというのは都市伝説に近い存在だ。なのに、君たちは実際に目撃したという」
「……!!」
「インビジブルは実在する人物ということだ。それも、単身でフンババと戦闘できるほどの戦闘力があるとなれば、ロードクロイツの幹部級ということになる。ウチでも、あれほどの魔獣を倒せる人員はそう多くないからね」
「それは、そうかもしれませんけど」
「ワタシはインビジブルについて調べた。目撃情報というよりは噂だけれど、死骸を発見したというキャラバンはいくつかある。いずれも浅層ないし中層、それでいて単身で倒すには強力すぎる魔獣を倒している。それって不思議なことさ」
「不思議というと?」
 問い返したのはサフィだ。アレッサは隻眼の少女に視線を移し、
「強い魔物と戦いたいなら深層に行けばいい。深いところに行けば行くほど魔物の強さは跳ね上がるからね。でも、深層でインビジブルの目撃話はない」
「それは、単純に深層まで辿り着けるキャラバンがほとんどいないからじゃ?」
「でもワタシたちは結構行ってる。ワタシも単身で深層まで行くのは珍しいことじゃない。それでも、インビジブルの片鱗を見たことはないんだ」
「つまり?」
「今まで誰の前でも力を発揮しなかった、しかも中層より浅いところにしか出没しなかったインビジブル。はっきり言えば、眉唾とさえ思われる存在だった。だからウチも積極的なスカウトをしてこなかったんだ。なのに、君たちが実際に目撃してしまった」
「ボクらが嘘をついていると?」
「そうは言わないさ。実際に目撃したんだろう。そうでなければ、フンババから生還するなんて無理だものね?」
 くすりと笑い、アレッサは続ける。
「けど、インビジブルが君たちを特別に注目している可能性はあるんだ。なら、君たちに同行すれば、彼の片鱗を見つけられるかもしれない。だから、ワタシも冒険に同行させて欲しいわけだよ」
「えっと、その、それはちょっと」
 ルベルは苦笑混じりに断る。
「それは何故?」
「ほら、うちにはディーちゃんっていう超絶人見知りがいるんで。知らない人が一緒だと緊張しちゃいますし」
「別に初めましてというわけじゃないんだからいいじゃないか」
「よくないですよ! ほら、この陰キャ、さっきから一言もしゃべれないんですよ! これでいいと思ってるんですか!」
 ひどい言われようだが、事実なのだ。
「ふうん。まあ、そこまで言われちゃ仕方ないね」
 がたりと席を立つ。テーブルに銀貨を置き、アレッサ・マウルはひらひらと手を振りながら店を出ていった。
 それを見送り、ふう、とルベルは息を吐く。
「よかったわね、ディーちゃん」
「あの、人前で思い切り陰キャ呼ばわりされたのは……」
「事実陳列罪ですね」
 くすくすと笑い、サフィはアディーを見上げる。
「それにしても、インビジブル、ですか」
「えっ」
「心当たりあるんですか? アディー」
 サフィに問われ、アディーは視線をそらした。その先にエメルがいた。
「お姉さんも聞きたいわねぇ。インビジブルの噂、エレメンタルバースでも聞いたことがあるわ。なんでも、とっても強いソロ冒険者なんですって?」
「そ、そうらしい、ですね」
「それ、アディーなんじゃ?」
「あっ、えっと、それはその……」
「隠そうとしても無駄ですよ。ボクらはアディーが強いことを知っているんですから」
 そうなのだ。
 フンババと戦った時はついつい必死で、他のことを考えている余裕がなかった。結果、アディーは全力でフンババと戦闘するところを見られているのだ。
「武闘家としての身のこなしだけでなく、単純なパワーなども確かに強い。けれど、それだけでインビジブルのような戦果を出すことは無理でしょう。ということは、他に秘密がありますね?」
「……」
 アディーは救いを求めるようにルベルを見つめるが、ルベルは首を横に振った。
 はあ、と息を吐き、アディーはポーチの入れた魔石を取り出す。
「確かに、私がインビジブルと呼ばれている冒険者、です」
「その魔石は?」
「私は魔石を食べて、闇の魔力を吸収できる体質なんです。普通の魔力に加えて、爆発的な強化バフをかけられます。ただ、人前で戦うことは苦手で……。だから、この体質は秘密にしていました」
「それだけなら噂にならないと思うけど?」
「はい。前のキャラバンではお荷物で、それが申し訳なくて……。せめて体だけは鍛えようと、夜中に魔物と戦ったりしていました。インビジブルの噂は、そんなところから発生したんだと思います」
「……なるほど。あの暗闇でバイソンを見つけられたのも、闇夜で戦う訓練のおかげってわけね」
「まあ、慣れていたというのはあります」
「それで? 今は大丈夫なの?」
「え?」
 エメルはにこりと笑い、
「わたしやサフィ、ルベルと一緒に冒険しても大丈夫なくらいには、心を許してくれたのかしら」
「えっと、その、それは、まあ……」
「じゃあお次はベッドでぐふっ」
「調子に乗るなっ!」
 エメルを手刀で止めたサフィは、はぁ、と息を吐く。
「まあ、状況はわかりました。アディーが強いということは、なんとなく分かっていましたからね。ただ、今後はアレッサに気を付けないといけませんね。彼女にインビジブルの正体がバレると、厄介なことになりかねません」
「それはそうですね……」
「まあ、ボクらと同行する限り、インビジブルの噂が立つことはないでしょう。ギルドに登録もしていませんしね」
 ギルドとは、冒険者同士の互助組合だ。
 ロードクロイツを始めとする大手のキャラバンは、キャラバンの名前をつけて、ギルドに登録している。そうすることでギルドから情報を貰ったり、必要に応じて人員の貸し借りをしたりできるのだ。
 だが、初心者であるルベルを中心として始めたアディーたちは、まだギルド登録を済ませていない。そのぶん得られる恩恵は少なくなるが、かわりに成果の報告義務がなくなるので、キャラバンの情報が漏れる心配もなくなる。
「当面は、普通に冒険して大丈夫でしょう。ただ、魔石喰いは慎重にした方がいいですね」
「わかってます」
 魔石をポーチに戻しながら、アディーは頷く。なにせこの体質については、自分でも全てがわかっているわけではないのだ。使わないに越したことはない。
 使わなければ、バレる心配もない。だというに、アディーの心に漂う暗雲は、決して晴れてはいなかった。