2日後、4人で冒険に出掛けた。
 今回の目的地は中層、通称【紫煙の洞窟】。洞窟の中では定期的に薄紫色の煙が立ち込める場所だ。
 洞窟の入り口までは無事に到着し、各々の装備を確認する。
 アディーはキャットに作ってもらった金属手甲ガントレット具足グリーブを装着。
 ルベルはいつもの杖に、みんなの荷物を少し預かる。サフィは三叉槍トリアイナを持ち、エメルが残った荷物を持ちながら剣を抱える形だ。
「装備も新しくなりましたし、この程度の洞窟なら簡単に突破……。と、行きたいところですが」
「まあ、そうそう上手く行く見込みはないわねぇ」
 アディーは限定条件付きの戦力、エメルは瞬間的な火力以外は並以下。中層は魔物の数も多いというに、まともな戦力はサフィ一人だけなのだ。
 当たり前の話だが、戦力が限られるということは戦闘においても縛りが出てくる。
「とにかく、行かなければ話は進みません。今回の目的は、紫煙の洞窟でしか手に入らない鉱石【グリプトン】を入手することです。それなりに深いところまで入らないと入手できないでしょうから、みなさん覚悟してください」
 先頭をサフィが、しんがりをアディーが務める形で、洞窟へと入っていく。
 洞窟としての広さはそれなり。何故か炭鉱のように木組みがところどころに設置されているが、もちろんこんな異界の途中で鉱石を掘っていた人間などいやしない。
 この洞窟は発見された当初からこのような形になっていた。異界には、そういうダンジョンがいくつも発見されている。それが、異界が異界と呼ばれる理由のひとつにもなっている。
 現実に考えればありえない光景。それが当たり前のようにあり、調べようにも調べられない。そんな未知が、冒険心をくすぐるのかもしれない。
 洞窟の中は入り組んでおり、上に下に、右に左にと曲がり角も多い。それらを丁寧にマッピングしながら先へと進んで行く。
 いくらか進むと、少しばかり開けた場所に出た。進む方向へ道がひとつ。また、人間は通れなさそうな細い横穴がいくつも開いている。
「これは……!」
 そんな横穴から、次々と魔物が姿を現す。
 百足のように、細長い体と無数の足。体は毒々しい紫色に染まり、その目は何を捉えているのか判断できない。
 紫煙の洞窟では最も多く出現する魔物で【猛毒キャタピラー】という。毒性の強い酸を吐くうえ、その体は硬質な殻で覆われている。何より厄介なのは、それらが集団で出現することだ。
「魔力刃展開」
 先頭のサフィは余計なことを言うことなく、トリアイナを構える。先端を魔力の刃で覆い、敵陣に突撃した。
「はぁぁ!!」
 振り抜いた槍先で、キャタピラーの肉体が両断される。
 硬質な殻とは言っても、それは普通の冒険者にとって、だ。インテリジェンスクラスの武器を持つサフィならば、問題なく切り裂くことができる。
「ルベル、私の後ろに」
「う、うん」
 まだ強力な魔法が使えないルベルは後ろに下がり、詠唱を開始。アディーはそんなルベルを守るように立ちふさがる。
「《ミラージュ》」
 ルベルが詠唱を完成させる。周囲の景色と同化する幻影魔法だ。
 ようやくモノになったこの魔法は、ルベルの体を景色の中に隠してくれる。蛇のように熱源を探すタイプの魔獣には通用しないが、猛毒キャタピラーは視覚に頼った狩りを行う。必然、姿が見えなくなったルベルは狙われる確率がうんと減る。
 そうしている間にもサフィがガンガン敵を倒し、とどめを刺しきれなかった相手はエメルが剣を振り下ろしていく。

 ーーこの分なら自分は戦わなくても大丈夫かな。

 アディーが気を抜いた瞬間、
「ッ!?」
 足元が急激に揺れた。逃げる暇もなく、足場が崩落する。
「これっ、【人喰いモグラ】!!」
 気づいた時にはもう遅い。アディーは、崩れた足場から地下へと落ちて行った。

☆   ☆   ☆   ☆


 それはいつのことだったか、昔すぎて思い出すことができない。
 アディー・ヒーリは幼い頃から引っ込み思案だった。自分のやりたいことを口に出せないまま、他人の言いなりになって生きてきた。
 その性分がゆえ、陰キャとして生きてくることを余儀なくされていた。そのことに不満はあったけれど、自分で治そうとする気概は、まあ足りなかったに違いない。
 でなければ、他の大勢ができていることができないままであるという事実に、多少なりとも反発していただろうから。
 そう、幼い頃はただ引っ込み思案だっただけだ。他人に言われる通りになら生きられた。
 それすらできなくなり、キャラバンのお荷物となったのは、はて、いつのことだったのか。
 実は、ブライトヘヴンは初めてのキャラバンではない。最初のキャラバンは、総数20人ほどのキャラバンで、名前を【エヴリエール】といった。
 冒険者に憧れ、実際にキャラバンへ入れたのは、ギルドで登録したからだ。エヴリエールは、向こうから新人冒険者に声をかけてきた。

 ーー俺たちと一緒に冒険しよう。

 その言葉通り、浅い層から中層まで、色々なところに出掛けた。アディーの基礎スキルは、まさにエヴリエールで培ったものだ。
 最初のキャラバンはよくしてくれていたから……。だから、彼らがどうしてアディーなんかを、使えもしない新人冒険者を入れてくれたのか、考えもしなかった。
 エヴリエール20人のうち、女性は5人だけ。あとは男性ばかりであった。
 最初の何回かは女性も同行する冒険だったが、ある日、アディーは女性が自分だけという行軍に同行することとなった。
 浅層に潜り、異界で一夜を明かすことになり。その時、同行していた男性に言われた言葉を、今はもうはっきりと思い出せない。
 ただ、彼はーー自分のことを、人間として見ていたわけじゃない。ただの女として、もっと悪く言うならーー便所か何かとして見ていたようだった。
 後になって知ったが、エヴリエールに入っている女性冒険者は、揃って娼婦の出身らしかった。彼女たちは戦力として加わっているわけではなく、単純に男たちの捌け口として同行していたようだ。
 必死に逃げ出して、そこをブライトヘヴンに拾われた。男性不信に陥らなかったのは、直接的に暴行される前に逃げきったというのもあるが、ペリドの人徳も大きかったように思う。
 だが、元より人間を恐怖の対象と見ていたアディーにとって、この経験は心象を加速させた。
 自分には気づいていないだけで大きな価値があるんじゃないかとか、そんな幻想は跡形もなく消えた。尊厳を失い、自分という存在に価値を見出だすことができなくなった。
 変わりたいとは思った。自分に自信を持って、強く生きたいと思うようになった。だが、生来の引っ込み思案で話しかけることさえできないアディーにとって、自分の価値さえも分からなくなるというのは致命的だった。
 アディーほど強い冒険者は数える程しかいない。だが、彼女は自分の中に確固たる強さを持っていない。
 だから、アディー・ヒーリは、どんな冒険者よりもポンコツの腕前しか発揮できない。

☆   ☆   ☆   ☆


 アディーの姿が、巨大なモグラや無数の百足と共に地下へと落ちていく。
「ディーちゃん!」
 慌てて飛び出そうとするルベルを、サフィは羽交い締めにして引き留めた。
「バカ、やめろ! あんたが行って何になるってんだ!」
「何にもならないよ、そんなことわかってるよ! でも行かなきゃ!」
「そのせいでフンババに殺されかけたのをもう忘れたの!?」
「っ……!!」
 力をなくしたルベルをようよう離す。少し距離を置いたおかげで足場は残っているものの、ここも崖っぷちだ。
「アディーなら、むしろ一人の方が力を発揮できる。モグラ程度に彼女は負けない。むしろ、こちらが安全に合流できる方法を考えなきゃ」
「理屈では、そうなんだけどね……」
「……ルベル、なんであんたは、そこまでしてアディーと一緒にいたがるの?」
 それは、サフィからすれば素直な疑問だった。
「はっきり言って、あんたがいても足手まといにしかならない。なのに、そこまでしてアディーと合流して何になるのさ」
「……気づいているか分からないけどね。ディーちゃんはね、自分に自信がないの」
「まあ、変人なのは分かるけど」
「そうじゃないよ。ディーちゃんは、自分の存在がどれほど価値があるって分からないみたいなの」
「存在の価値……?」
「そういうのは、むしろエメさんの方が分かるかな?」
 問われ、エメルは頷く。
「けど、アディーちゃんはわたしと違ってスゴく強いんでしょう? なんで自分に自信がないのかしら」
「聞いたことはないけど、でも、なんとなく分かるの」
「……もしそうだったとして、使い物にならないあんたが合流する理由になるわけ?」
 ルベルは頷き、
「ディーちゃんはね、アタシと一緒だから頑張れるの。アタシが理由になってる。アタシがいなくなったら、ディーちゃんは無気力に死んじゃうかもしれない」
「そんなアホな」
「そんなことはないって言いきれる?」
「それは無理だけど。ボクはアディーじゃないしね。でも、自信ね……」
 一人きりで生きてきたサフィにとっては馴染みのない概念だ。彼女にとって、生きるとはただそれだけを目標にしても、なかなか手に入れられないような存在。自分から捨てるなんて想像もできない世界だ。
「まあ、きっとアディーちゃんは精神的に脆いのね。だから支柱を他人に求める。ルベルは、きっと今のアディーにとって支柱になれる存在なんだわ」
「だけど、それとこれとは話が違います。ルベルは戦闘力がないんですよ、邪魔なだけです」
「心の支えって、そう簡単なものじゃないわ」
「……何を言ってるのかさっぱりです。とにかく、どこか安全なルートを探して合流しましょう。そこに異存はないでしょう?」
「うん!」
 頷いたルベルは、崖となった足元を見る。
 その先で、アディーが待っている。