「いつつ……」
 体の上に乗っていた岩塊を蹴飛ばし、起き上がる。
 薄暗い通路だった。少し先から石張りの廊下が続いている。左右の壁には不気味な仮面が飾られていた。
「未探索エリアですか……」
 夜目の効くアディーにとって、この程度の暗さは問題ない。
 だが、どこかでルベルたちと合流しなければいけない。
「たぶんサフィさんもエメルさんもいるでしょうし、大丈夫だとは思いますけど……」
 はっきり言えば、ルベルの戦闘力はこのレベルの迷宮を探索できる段階にはない。アディーが護衛しているからなんとかなっているのだ。
 サフィたちを信頼しないわけではないが、ほっておくわけにもいかないだろう。
 とりあえず前にしか進めないので、進める限り進んでみる。
 自分の足音だけが響く。魔物がいないのは幸いだが、かえって寂しいというか、無闇な恐怖心が煽られる。

 ーー引き返せ。

 ふと。どこからか声が聞こえた。足を止めて耳をすませる。

 ーー引き返した方がいいぞ。

 やはり聞こえる。低い男の声。
 左右を見渡し、ようやく気付いた。
 壁に飾られた仮面。ただの装飾かと思ったが、目の部分が光っている。
 それらが、自分を見ている。

 ーーお前にこの先は無理だ。

 ーー逃げろ逃げろ。

 ーー死にたいのか。

 仮面たちが、自分に向かって話しかけている。
「魔物、というわけではなさそうですね」
 迷宮ではたまにあるギミックだ。人々を惑わせるだけの装置。本当の場合もあるし、嘘の場合もある。虚実が入り交じる存在は何の当てにもならないし、気に留めても仕方ない。
 無視して歩き出すと、

 ーーいいのか?

 ーー嫌われたいのか?

 ーーあんな良い子に。

 ふと、足が止まった。
 仮面たちの目がギラギラと輝く。

 ーールベル・カーライトは良い少女だ。

 ーーそれゆえ、お前は甘えている。

 ーーお前に価値などない。この先に、その事実がある。

 どきりと心臓が跳ねた。
 気に留めても仕方ない戯れ言だ。ルベルは良い子だ、決してアディーを否定したりしない。
 それは一緒に冒険する中で培った経験で理解している。そのはず、なのに。

 ーー女としても、人としても、冒険者としても魅力のない奴よ。

 ーーなんでまだ生きているのだか、とんと分からぬ。

 ーー愚かな奴よ。

 動悸が早まり、足が震える。手足の先が冷たくなっていく。
 ルベルはそんなことは言わない。分かっている。でも、心当たりがある。
 アディー・ヒーリは、自分に自信がない。だから悪言虚言に惑わされてしまう。
「ッ……!!」
 大丈夫だ、大丈夫だと頭の中で唱える。だが、心に湧いた暗雲はどこにも消えてくれない。

 嫌だ。怖い。聞きたくない。

 その思いが、どこからか湧いてきてしまう。それは、どこかで仮面の言葉を信じている証左だ。
 そして、えてして迷いを感じている者にほど、こうしたギミックは容赦をしない。
 自然と足は止まり、膝を突く。耳を塞ぎ、いやいやと頭を振っても声は頭の中に響いてくる。

 ーーみんな、お前が嫌いなんだよ。そうは言わないだけさ。

「違う!!」

 ーー何が違う。お前がそう信じていたいだけじゃないのか?

「違う……」
 否定を言葉にしたところで、誰も聞いてくれない。意味もない。
 所詮は仮面の放つ虚言に過ぎないのだ。そんなものに心を奪われる方が無駄だ。
 分かっていても、足がすくんでしまう。だって、仮面の言葉は、どこか自分の中でも納得のできる言葉だから。
 ルベルは良い子だから、決してそんなことは言わないと分かっている。だが、言葉にしないここと、思っているかどうかは別の話なのだ。
 自分に自信がないからこそ、アディーはそう信じてしまう。
 そのまま朽ち果てるか。そう思った時、背後から光が差した。