そっと肩に手が添えられる。その温もりが、自分という存在を思い出させてくれた。
「探したよ、ディーちゃん」
 振り返ることも怖くて、その声に顔を上げられない。
「大丈夫だった?」
「ルベル……」
「えへへ。まだ持っていてよかったよ」
 きらりと輝いた赤い宝石。はっ、と思い出した。
「これ、ディーちゃんが氷眼リザードを倒してくれた時に使ったやつ。はぐれた時に使えるかなって」
 赤い通心器テレグラムは、対となる宝石の場所や距離を示してくれるアイテムだ。以前、エミリーがアディーの荷物に忍ばせていたものだが、そういえば今も持っていた。
「ディーちゃん、どうかした?」
 アディーの様子がおかしいからか、ルベルは心配そうに声を震わせる。
 アディーは地面を見つめたまま、
「ルベル。私……。私、いいんでしょうか」
「いいんじゃない? 何のことか知らないけど」
「……いいかげんですね」
「いいかげんくらいで丁度良いでしょ? そのぶんディーちゃんがアタシの心配してくれるんだもん」
「そういうバランスの取り方ですか……」
 ルベルは、ぎゅっとアディーを抱き締めた。温もりが伝わっていく。
「ねえ、ディーちゃん。アタシ、ディーちゃんがいないと、たぶん異界で死んじゃうよ。でも、ディーちゃんはアタシがいないと、町の中で死んじゃうのかな」
「……そうですね」
 いつの間にか、彼女の存在が自分の中でとても大きくなっていた。
 ひとりぼっちで異界を歩いている時は気付かないだろう。だが、町に戻り、多くの人に触れ合えば、嫌でも思い出してしまうだろう。
 孤独というのは、対比するものがあって初めて感じるものだ。人が多ければ多いほど、孤独は強くなる。
「ディーちゃん」
 そっと、頬に口づけた。その感触で、一気に熱が戻る。
「ッ!?!?」
「あ、起きた」
「人で!! 遊ばないで下さい!!」
「えへへ。でも、ちょっと元気になったでしょ?」
「それは……。まあ」
「やらしいですね」
 びくりと震えた。振り返ると、サフィが冷たい目でこちらを見ていた。その隣でエメルがニコニコと笑っている。
「結局、誰も彼も性欲で動くのですね」
「変な言い方をしないでください!!」
「あら。お姉さんは女同士って良いと思うわ。女の子は女の子と恋愛すべきよ」
「そういう話はしていません!!」
 もうっ、と息を吐く。先ほどまでの虚無感はどこかに消えていた。
「気持ちの整理はできましたか? じゃあ先に進みましょうか」
 サフィは仮面に向かって槍を構える。
「仮面をいくつも並べ、気持ち悪い言葉を並べ立てることで惑わし、本来の道を隠す。それが作戦のようですね。けど、鑑定士であるボクの眼を誤魔化すことはできませんよ」
「え? じゃあこの仮面は……」
「見ていてください。せいっ!!」
 体のひねりを加えた全力の突槍。トリアイナの先端が仮面に突き刺さり、そのまま奥の壁ごと粉砕される。
「この通り。ここだけ隠し通路なんですね。これを隠すために仮面が並んでいるのでしょう」
「おぉ……」
「さすがね」
 崩れた壁の向こう側。そこに大きな空間があった。同時、獣の匂いが漂う。
「人喰いモグラ!?」
「いえ、それだけじゃありませんね」
 アディーの目には闇の中にまぎれる魔物の姿を捉えている。
「なるほど、こいつがいたから人喰いモグラが暴れたんですか……」
 それは漆黒の鎧に見えた。
 リビングメイルのようでもあるが、それは全く違う存在だ。一説には戦死した人の魂が込められているとも言われているが、本当のところは分からない。
 ただ、圧倒的な闇の魔力を湛えたその存在は、こう呼ばれる。
 【デッドアーマー】と。
 しかも、同じ相手が数体、闇の中に垣間見える。
「デッドアーマー……!! なんでこんなのが中層に!?」
「大丈夫です」
 アディーが前に出る。ポーチから取り出した魔石を口にくわえながら、
この程度・・・・、私なら大丈夫です」
 デッドアーマーは深層で見られる魔物だ。リビングメイルとは桁違いの魔力を誇り、それはそのまま高い防御力と攻撃力に転化されている。
 特別な攻撃を仕掛けてくることはない相手だが、とにかくフィジカルが半端ではない。サフィのトリアイナでも切り裂くのは困難な相手だ。
 それでも、今のアディーは負ける気がしなかった。単純なものだが、少しだけ手に入れた自信が叫んでくれている。
「ルベル。私、あの連中に負けると思いますか?」
「ううん。ディーちゃんなら大丈夫!」
「ありがとうございます」
 きっとルベルはデッドアーマーがどれほどの相手か知らないだろう。何の根拠もない信頼だ。
 だが、それで十分なのだ。
 自分で自分を信じることはできない。でも、ルベルの信じる自分なら・・・・・・・・・・・、信じられるから。
「行きます」
 全身に行き渡った闇の魔力と共に駆け出す。
 手始めに邪魔な人喰いモグラを蹴り殺し、先頭のデッドアーマーをつかむ。
「せいっ!!」
 突き出した拳が鎧を切り裂く。そのまま一本背負いで地面に叩きつけた。
 続くデッドアーマー。振り上げた斧を腕ごと足の裏で受け止め、そのまま絡め取った。
「ほっ」
 体重を乗せてアーマーを転がし、膝で鎧に穴を開ける。
 腕を引きちぎり、奪った斧をひと投げ。迫っていたアーマーが壊れたところで振り返り、次の鎧を裏拳で弾き飛ばす。
「すごい」
 いつもより調子がいい。力が後から後から湧いてくる。
 魔力は精神力だという。気持ちの持ちようで魔法の威力が変わるというのは常識だ。
 闇の魔力も、同じなのだ。強い気持ちが力に変わる。それは比喩でもなんでもない、事実なのだ。
「……あれですか」
 迫る鎧の群れ。その奥に、ひときわ大きな鎧を見つける。
 普通の鎧とどこか違う。装飾も豪華だし、まとっている闇の魔力も強い。あれが親玉か。
 他の鎧を蹴散らしながら、大きな鎧に迫る。相手もまた、剣を振り上げた。
「武闘家を捉えるには遅いですよ」
 まるでスローモーションのように動く鎧、その下を潜り抜け、背後に回る。
 無防備な背中。そこに、ガントレットを装着した拳を叩きつける!
「消し飛べ!! 崩拳!!!」
 全力の一撃。爆発した魔力によって、鎧が粉々に砕け散る。
 親玉が崩れ落ちたせいか、他のデッドアーマーたちも力をなくしていった。あるいは、この鎧が他の鎧に闇を伝わらせる、アンテナのような役割をしていたのだろうか。
「ふう」 
 ぎゅっと握っていた拳を開く。息を吐くと、全身から程よく力が抜けていった。
「強いとは聞いていましたけど……。これほどとは」
「アディーちゃんってスゴいのねぇ……」
「ふふん。でっしょー」
「って、なんでルベルが自慢げなんだ」
 くすりと笑い、アディーは鎧の破片を払う。
 そしてーー強い悪寒に、思わず振り返った。