翌日。深層入りを果たした。
 バレリア森林は巨大な木々がどこまでも続いている。幹の太さは大人数人でも抱えられないほどで、鬱蒼と繁っているせいで昼なお暗い。
 そんな森の中に、ところどころ生えているのが鬼灯のような植物だ。
 不思議なもので、植物の先端はぼんやりと赤色に輝いている。自ら発光する植物がちょうど街灯のように点在するおかげで、歩くだけなら支障はない。
 そんな森の中を歩きながら、サフィは隣を進むエメルを見上げた。
「なんというか、気持ち悪い森ですね」
「そうねぇ」
「エメルは深層に入った経験は?」
「ないわ。エレメンタルバースは、中層が到達限界だったもの」
「ここはボクも初めてです。ソロではリスクがありましたから」
 そう、初めて来る場所だ。知っているはずがない。
 なのに懐かしい・・・・・・・
 その感覚に、サフィは戸惑っているのだ。
「……もしかして、何か感じているの?」
「いえ」
 言葉にできるような感覚ではない。ただ、何かを話していないと気が狂うんじゃないかと思えてしまう。
「サフィちゃんは、忌み児よね」
「それが何か」
「ごめんなさいね。うまい言葉が見つからなくて」
「事実は事実ですので、構いません。それが何か」
「もしかしたら、そのせいじゃないかしら、って」
「……?」
「ここは深層。一般的に、奥地へ進むほど闇の魔力は強くなると言われているわ。あなたは自分の中に闇を飼っているでしょう? もしかして、そのせいで変な感覚に襲われているんじゃないかしら」
「……なるほど」
 自分にとって闇の魔力は生まれながらに存在していた。しかもソロでの探索が主だったサフィにとって、比較対象もなかった。
 だからだろうか。エメルの言葉は、少しだけ胸に響いた。
「それでは、ボクにとってここは故郷ということですね」
「あら、そんなことはないわ。あなたは人里の生まれでしょう?」
「故郷に帰ったから懐かしく感じるんではないでしょうか?」
「懐かしい……。なるほどね」
 エメルはそっとサフィの手を握った。少し驚いたが、サフィは手をほどかなかった。
「安心して。あなたは人間よ。魔獣じゃない」
「知っていますよ」
「あら、そう?」
 くすりと笑う。その笑顔に、少しだけ安堵した。
「そうですね」
 自分は人間だ。魔獣ではない。
 では、魔獣と人間を分けているものは何だろうか。

☆   ☆   ☆   ☆


「へー、じゃあファストって、前は違うキャラバンだったんだ」
「そうなんすよー。でもこっちの方が給料いいんで」
 からからと笑うルベルとファスト。そんな二人の後ろをとぼとぼとついていくアディーである。
 さすがというか何というか、ルベルは人と仲良くなるのが早い。すでにファストを呼び捨てにしているし。
 アディーだったら、話しかけられるようになるまでに一ヶ月はかかる。
「あの」
「ひっ!」
「……そんなに驚かなくても」
 びくりと震えたアディーに少しだけ傷ついた顔をしていたのは、男性の幹部隊員だ。アディーは名前を一ミリも覚えられていないが、彼の名前はレギアル。ロードクロイツの中でも資料を調べる担当で、様々な古文書から異界の情報を読み取る専門家だ。
「アディーさん、武闘家ですよね」
「えっ、あっ、はい、まあ、一応」
「でしたら、これをお渡ししておきます」
 レギアルが取り出したのは紫色の液体が詰まった小瓶だった。
「回復薬です。深層の素材を使っていますから、他の回復アイテムよりは高い効果を発揮すると思います」
「あ、ありがとうございます……。でも、なんで私に?」
「アディーさんは武闘家、なら四人の中で最も生存率が高いかな、と。それに、我々はあまり回復アイテムを使いませんから」
「そう、なんですか?」
「うちの隊長ーーベリークは、回復魔法のエキスパートですから。彼女が帯同している限り、キャラバンの隊員はほとんど回復には困りません」
 そういえば、聞き覚えがある。
 そもそも、回復魔法というのはかなり貴重なスキルだ。異界を探索するなら不意の怪我というものはざらにあり、それでいて回復魔法を使える冒険者は絶対数が少ない。
 それというのも、人間に対して魔法をかけるというのが難しいからだ。やりすぎればかえって症状を悪化させることもあるし、足りなければ意味がない。
 おまけに、人間の体構造に関する知識も必須だ。それらを、冒険をしながら学ぶのはおよそ現実的ではない。結果、誰も彼も習得できないのだ。
「ベリークは年齢より若々しく見えると思いますけど、あれも回復魔法の成果だと言われています」
「はぁ」
 もともと自分を可愛いとは思っていないアディーにとって、他人の外見などもっと興味がない。
 だが、言われてみれば肌艶も綺麗だし、皺などもない。それを回復魔法でなせるとすれば、驚きの技術と魔力量だ。
「……わかりました。これは頂きます」
「ええ、どうぞ。ときに、アディーさんたちは、アレッサと知り合いだったんですか?」
「え? えっと、異界で少し」
「なるほど。あなたから見て、彼女はどうでした?」
「どう、って」
 アレッサ・マウル。彼女とは異界で少し話したくらいで、仲良くしたことなどない。
 だが、印象だけで言うならーー。
「底が知れない人だと、思います」
「やっぱり、あなた方でもそうですか」
 ふう、とレギアルは吐息した。
「あの、彼女が何か?」
「いえ。自分も、彼女は信用できていないのです」
「……?」
 レギアルは遠くを見つめる。その目は過去を見ていた。
「今でも、彼女が来た日のことは忘れられません。3年ほど前、ベリークが彼女を連れてきました。ただ、それ以前の素性は不明。なんでもソロで活動していたそうですが、入隊当時からロードクロイツの誰も彼女に敵いませんでした」
「ロードクロイツで……!?」
 精鋭揃いのロードクロイツ。その中で頭角などというレベルではない力量を持つ彼女。
「信じられますか? それだけの力量を持つ冒険者がソロで活動していたなんて。平然と深層まで行ったり、彼女の強さは常軌を逸している。何をどうしたら、あれだけの強さを手にするのか……」
「……それは」
 アディーにも分からなかった。
 アディーの持つ強さは、地道な鍛練によるものだ。まあ他にやることがなかったとも言えるがそれはさておき。
 一方で、アレッサには努力をしている様子がない。なのに彼女は最強だという。まるで生まれながらに戦士であったかのように。
「自分は彼女を仲間にしていることに、常に疑念があります。まあ、今回のような冒険に彼女の力が必要ということも分かりますが……。とにかく、アレッサには気を付けるようにしてください」
「……はい」
 言われずとも。
 アディーは頷きながら、心の中で思っていた。