「明日には”最奥”に到着する予定です」
 地図を見ながら、レギアルは言う。
 深層での夜営も2度目。そこは草原のようになっており、見張らしがよかった。
 焚き火を囲んでいるのは、レギアルの他、隊長のベリーク、幹部のファストとバレウス。それにアディーとサフィの六人だ。
 ルベルはエメルと共に夕食の用意を手伝っている。アレッサは見張りなどと言っていたが、普通に姿が見えない。あるいは、そこらで魔物狩りでもしているのかもしれない。
「最奥には門があり、そこにメダルを嵌め込むとおぼしき切りかけが6つあります。そして、ここにメダルが6枚揃っている」
 レギアルは手に持った銀のメダルを掲げる。
「そして、古文書でも秘宝は守護者がいるとされます。想定されるのは、このメダルに刻まれた魔獣たちが、そのまま襲ってくることです。同時か、各個撃破可能かは不明ですが、最悪のことを考慮して6体の魔獣が同時に襲ってくるものと見ています」
 めいめい頷く。レギアルは資料に視線を落とし、
「事前に通達の通り、各魔獣はそれぞれ担当を分けています。【ケルベロス】を耐久力の高いファストが、【ミノタウロス】を腕力のあるバレウスが、情報量が少ない【ヘカトンケイル】をアレッサが担当予定です」
「そこまではいいわね」
「はい。問題はそれ以外。【ニーズヘッグ】は伝承通りならあらゆる攻撃が通じない。こちらは自分が担当します。実際にどんな攻撃も通じないのか、試してみることになります」
「そうね。レギアルはうちで一番器用。何か弱点を見つけてちょうだい」
「はい。そして、隊長が担当となる【ドミニオン】は驚異的な物理耐久があるとされます。魔法での戦闘が必須となりえる」
「なんとかするわ。そして、最大の問題は……オプリアが担当する予定だった相手ね」
「ええ。6匹目の魔獣ーー通称【カーバンクル】は、伝承通りなら殺傷力はないものの、驚異的な速度で動けるという。それを逃がしてしまえば、やはり宝は手に入らないとされています」
「だ、そうよ。サフィさん、アディーさん、なんとかできるかしら」
「なんとかするしかないんでしょう」
 サフィはたった一つの目でロードクロイツのメンバーをにらみながら、
「条件は事前に言った通りです。ボクらの戦闘にロードクロイツは絡まないこと。そうでないと、ボクらも思いきり戦うことはできません」
「まあ、キャラバン同士で気心の知れない相手と組むのは現実的じゃないわね。ただ、カーバンクルを逃がすわけにはいかない。フンババから生き延びたのとは、また違う能力が試されるわ」
「まあ、なんとかなるでしょう。ボクにはトリアイナもいますし」
「インテリジェンスね。まあ、信じるしかないわ」
 ベリークはメンバーを見渡しながら、
「それぞれの相手は相応にキツいことが想定されるわ。けど、最も早く敵を倒したメンバーが、時間稼ぎをしてくれるサフィさんたちと入れ替わる。いいわね?」
「はい」
 それぞれが頷いてみせた。ベリークはニコリと笑って言った。
「それじゃあ今日は早く休みましょう。明日は、歴史が変わる日よ」

☆   ☆   ☆   ☆


 テントの中で寝転がる。
 外からはひゅうひゅうと風の音が聞こえてくる。異界での夜営。見張りはロードクロイツの面々が交代で実施しているおかげで、アディーたちは普通に休めていた。
 夜闇でも目の見えるアディーにとって、テントの中は落ち着く場所だ。このテントは二人用で、アディーはルベルと一緒に寝ている。隣のテントではサフィがエメルと寝ていることだろう。
 本当ならもう眠っていていいのだが、なんとなく寝る気にはなれなかった。そんな調子でアディーがテントの布地を眺めていると、隣でルベルがごそりと揺れた。
「ねえ、ディーちゃん。いよいよね」
「ええ、まあ、そうですね」
 明日。何が起きるのか、アディーにも分からない。
 伝説の秘宝などと言われているが、実際に目の当たりにしたことのある人間はいない。何が起きるのか、あるいは何も起きないかも分からないのだ。
 ただ、ここは深層。その未探索地域に足を踏み入れるのだ。何が起きてもおかしくはない。
「アタシ、冒険者になる前は、伝説の秘宝に挑戦するなんて思ってもみなかったよ」
「私もですよ」
「でも、明日は本当に秘宝なんて手に入るのかな」
「分かりませんが……。ただ、渡してはいけない相手はいると思います」
「それって、アレッサさんのこと」
「はい」
「……ちょっと意外。ディーちゃんが人のことをそんな風に言うなんて」
「幻滅しましたか?」
「ううん。ディーちゃんにもそんなところがあるんだって、ちょっと安心する」
「ありがとうございます」
 アレッサ・マウル。同じキャラバンに所属しているはずのレギアルでさえ不安を覚えるという彼女。
「私は、言うほど人と接した経験はありませんから、彼女のことをとやかく言えないかもしれませんけど……」
 でも、とアディーは続ける。
「なんとなく、彼女は危険な感じがするんです。血の匂いがしましたから」
 初めて会った時のことだ。
 彼女からは、獣ではない者の血臭を感じた。
「おそらくですけど、彼女は平然と人を殺せてしまえる人だと思うんです。そんな人が何かを願ったらいけないと、私は思います」
「ふうん。そんなものかな」
「ルベルは違うんですか?」
「うーん。アタシはアレッサさんの危険、っていうの? よくわからないしね。でも、危ないこととか願うような人が伝説の秘宝を手に入れるのは違うと思うよ」
 くすりと笑い、
「案外と、ディーちゃんみたいな子が手に入れちゃったりして」
「さすがにそれはないでしょう。ロードクロイツを出し抜くのは無理です。それに、私たちでは守護者を倒せません」
「あーあ。アタシがもっと強ければなぁ」
「強さなんて一朝一夕では身に付きませんよ」
「でも、ディーちゃんは強いじゃない」
「私は一朝一夕じゃありませんから」
「ふふっ、そりゃそうだ」
 なんとなく。暗いテントの中ではあるが、ルベルの視線を感じる気がした。
「ディーちゃん。お願い、無理だけはしないでね。命さえあれば、冒険はまだまだできるんだから」
「そうですね……」
 何が起きるか分からない。当然、命を落とす可能性だって低くはない。
 だが、ここで行かなければ、きっと後悔する。それが冒険者という生きざまだ。
「ルベル。明日は、私に任せてください」
「おっ。強気ディーちゃんだ」
「私が、なんとかしてみせます」
 心を決める。
 その覚悟と共に、眠りに落ちていった。