全力を使い果たし、アディーは倒れ込む。
「アディー!」
 最もダメージの少なかったエメルが駆け寄った。すでにアディーは息も絶え絶えだ。
「しっかり! ほら、サフィもルベルも無事よ」
「あ……」
 なんとか顔を上げる。
 瓦礫に埋もれていたサフィは左腕を押さえていたが、生きてはいるようだ。アレッサに殴り飛ばされたルベルも、骨折くらいはしているだろうが、歩けている。
「よか、った……」
 なんとか守り抜けた。それだけで十分だ。
「ほら、だから、アディー。死んじゃ駄目よ」
「……ここまでしても、死なせて貰えませんか」
「当然でしょう。あなたが死んだら悲しむ人がいるのよ」
「それは、厳しい、ですね……」
 ぽつりと言って、アディーはくすくすと笑った。
「アディー?」
「この、私に……。悲しむ人、だなんて」
「そんなの当然よ。真面目に生きていたら、誰かが悲しんでくれるわ」
「そんなことは、ありません。そんなことは、当たり前じゃないん、です……」
 それはよく知っている。誰よりもよく知っているのだ。
 人の気持ちを得るということが難しいのは、ずっと憧れていたアディーだからこそーー誰よりも知っているのだ。
「ディーちゃん、大丈夫?」
「死んではいないようですね」
 やがて、ボロボロになりながらも仲間たちが集まる。その顔を見られただけで十分かもしれない。
 すると、そんな四人の前に獣が降り立った。カーバンクルだ。
「決まったようだね。君たちが賢者の石の所有者だ」
「そう、ですか……」
「君たちはあらゆる願いを叶える力が与えられる。賢者の石は無限に接続するための装置だ。君たちが想像できることなら、なんでも叶えられるだろう。何を願う?」
「……私は、もう駄目ですから。ルベルたちが、願ってください」
「ディーちゃん、何を言ってるの!」
 アディーは自嘲する。
「わかるんです。私の中で、闇の魔力が渦を巻いています……。遠からず、私は闇に飲まれる……」
 無理に魔石を食べた代償だ。いくらアディーが闇の魔力を吸収できる体質だったとはいえ、ポーチ一杯の魔石を食べるなんて無茶は今まで一度もしたことがない。
「そ、それなら! カーバンクル、いいえ、賢者の石! ディーちゃんを治して!」
「治す?」
「闇の魔力を取り除くの!」
「ああ、なんだ。そんなことか。それなら君たちが指定しないと」
「指定?」
「そうさ。今も言った通り、賢者の石はただの力に過ぎない。その力を行使するのは君たちなんだ。君たちが、これこれを取り除け、と命じれば賢者の石はその通りに力を発揮する」
「闇の魔力を指定って……。えーと、えーと」
 ルベルは賢者の石を握り、アディーに触れる。だが、凄い力が溢れていることは分かっていても、光の魔力と闇の魔力を区別することができない。
「ど、どうしよう。早くしないとディーちゃんが!」
「焦らないで。アディーの中に渦巻いている異物を感じるんだ。駄目ならボクが……」
「えーと……!! もうっ!!」
 ルベルはアディーを抱き寄せると、そのまま口づけた。
「あら」
「いっ!?」
「ッ!!」
 一番驚いたのはアディーである。よく分からない衝撃に、思わず全身から魔力が吹き出す。
「あっ、こ、ここ!!」
 その瞬間に、サフィは魔力に手を突っ込んだ。闇の魔力を見つけ、そのまま賢者の石に命じる。
「賢者の石よ! この魔力を蹴散らせ!!」
 ぶわっ! と力が溢れた。
 アディーの体内を巡っていた闇の魔力が消し飛び、全身を襲っていた倦怠感がどこかに行ってしまった。
「えっ、あ、あれ?」
「治りましたか」
 ほっとするサフィ。一方でアディーは、起きた事態をいまいち消化しきれていない。
「えっと、あの、え? ルベル?」
「んっ……。よかった、ディーちゃんが無事で……」
 涙目のルベルが抱きつく。アディーはその肩を抱き止めることしかできない。
「あー、えっと、その、エメルさん。こんな時はどうしたら」
「そりゃもう、キスしてそのままいっぱつ……」
「やめんか」
 エメルをいっぱつ殴っておいて、サフィはため息をつく。
「決まっています。まずはロードクロイツの生き残りを助けましょう」
「あ、そ、そうですね」
 幸いにも全身に力は戻っていた。立ち上がったアディーは、改めて周囲を見渡し、これからを思って心を冷やした。

☆   ☆   ☆   ☆


 アレッサや守護獣たちが暴れまわった後を探索して回った結果、ロードクロイツのメンバーはことごとく殺されているか、重症を負っていた。比較的、傷が浅かったファストを中心に遺跡を野戦病院代わりにして、賢者の石を使い治療を施す。
 整理がついたのは、およそ一日後だ。
 死者62名。その中には、魔女ベリークや幹部も含まれている。半数は守護獣によって殺されたが、残る半分はアレッサに襲われたことが致命傷となっていた。
 遺体を回収し、荷台に積み終えたところで、ファストが代表となってアディーと話すことになった。
「……助かったっす、アディー・ヒーリ」
「いえ。私は、皆さんを守りきれませんでした」
「そりゃ傲慢ってもんっすよ。ロードクロイツは最強のキャラバンっす。それでも死んだのは、言っちゃ悪いっすけど、自己責任っすからね」
「でも……」
「くどいっすよ。冒険者なら死ぬことは折り込み済みっす。自分の死に場所を選べずとも、生き場所を決めたくて冒険しているんすから」
「それは……。そうですね」
 アディーは苦笑し、ファストと握手を交わした。
「本当はお礼を言わなきゃいけないんす。アレッサ・マウルを止めるのは、同じキャラバンだったロードクロイツの仕事でした。それを、一介の冒険者に託すような形になっちゃったすからね」
「そんなのは当然です」
 それで、とアディーは銀のペンダントを取り出す。そこには賢者の石が入っている。
「これは……」
「それはあんたがたのもんっすよ」
「でも、これは皆さんがいなければ、手に入らないものでした」
「お宝の取り合いをして、うちらは負けたんす。冒険していれば同じようなことはいくらでもあるでしょ? それでも、報酬は取った者のもんなんすよ。それは他のメンバーにもうちが責任を持って納得させるっす」
「これは、ただのお宝ではありません。あらゆる願いを叶える、危険な道具です」
 そう、その力はこの一日だけでも十分に理解できた。
 あらゆる怪我を治すことができる。死までは覆らなかったが、並の魔法使いとは桁違いの魔力を発揮することができるのだ。
 言うなれば、個人が国家のような力を手にしたということ。
「ありえない力です。こんな力を、私みたいな個人が持つなんて危なすぎます」
「だからってロードクロイツにおこぼれを受けとれって言うんすか? そうはいきませんよ」
「そうだよ、アディー・ヒーリ」
 ひょこっ、と顔を出したのは守護獣カーバンクルだ。この一匹だけは他の魔獣たちと違い、暴れたり襲ったりしない。おとなしくしながら、時おりアディーにアドバイスをくれる。
「賢者の石は君を選んだんだ。その力は君が使い方を決めなければいけない」
「カーバンクルさん……。でも、どうしたらいいか」
「カーバンクル。前の所有者って、本当に伝説の勇者だったんすよね? その人はどうしてこんなところに封印していたんすか」
「封印というか。これはゲームだからね」
「げえむ?」
 カーバンクルは頷き、
「勇者は冒険の好きな人だったんだ。未知の場所に行き、誰も見たことのない景色を見て、誰も食べたことのないものを食べて。そして、誰も手にしたことのないものを持ち帰る。そういう冒険をしたくて、”冒険ができる場所”を作った。それがこの異界と呼ばれる場所だ」
「それじゃあ……。異界って、勇者が作ったんすか!?」
「そうだって言ってるじゃないか。そして、最大の報酬として賢者の石をここに置いたんだ。守護獣っていう困難ボスを用意して、その報酬って形でね。だから、困難に打ち勝ったアディーは、その使い道を自ら決める権利がある」
「使い道を……」
 ペンダントを見つめ、アディーはひとりごちる。
「どうしたいかはゆっくり考えればいい。その力で出来ないことはほとんどないからね」
 そう、この石を使えば、夢ラウネが見せるようなーー理想の夢を見ることもできるということ。
 アディーはぎゅとペンダントを握り、覚悟を決めた。