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あまたの冒険者が拠点としている町ーー【アラバスター】は、人間界の端にある。未開拓地域との接点に位置し、多くの人々が行き交う一大交易拠点だ。 そんなアラバスターの安酒場。そこで、ブライトヘヴンの面々は遠征の打ち上げを行っていた。 「よーし、今日は俺のおごりだ! みんな飲んでくれ!!」 「おおおおお!!」 団長が景気のいいことを言って、豪快な面々はあおるように酒を飲んだり食べたりしている。 こういう賑やかな場所というのは、アディーみたいなコミュ障には本当に居場所がない。部屋の隅っこで掃除し忘れた埃さんと会話するのが限界。 「早く終わらないかな……」 そんな言葉がぽつりとこぼれる。じゃあ参加しなきゃいいじゃないかと言われそうだが、そうなると『あいつまた……』とか言われる。それもつらい。 いやまあ、コミュ障にとっては何をしてもしなくてもつらいのだが、それはそれ。 そうやって端っこで美味しくもない酒を舐めていると、ふと、団長のところに見知らぬ女性が歩み寄る姿が目についた。 「……?」 綺麗な女性だ。風体からして冒険者ではないが、魔力の流れは一般人のそれとは違う。 不思議な人。それがアディーの第一印象だった。 女性は団長と二言、三言と言葉をかわすと、二人で奥の別室に姿を消した。 「えー!? なにあの人、団長のコレ?」 「そんな人がいるなんて聞いたことないけどなぁ」 「あの女、知ってるよ。確か鑑定屋だ」 「鑑定士ぃ? 団長の彼女?」 「知らねーって。でもま、団長もこの業界で長いしなぁ」 「じゃあ昔の女的な」 「いいかげん認知してよ!」 「ばーか、団長がそんな隠し子作るような人かよ」 「そうよねぇ」 みんなが好き勝手に話している。そんな会話に、アディーが混ざれるはずもなかった。 一方、奥の部屋。 三人がけのテーブルと椅子しかない別室は、表の喧騒とは無縁だった。 「ったく。久しぶりに会ったってのに、いきなりなんすか。エミリーさん」 「いいじゃないの、ペリド」 そう言って、エミリーはにこりと笑う。 流れる金髪、整った顔立ち。すらりと背が高く、出るべきところはしっかり出ていて、引っ込むべきところはしっかり引っ込んでいる。 どっかの酒場で店主でもやったら、一発で大繁盛しそうな美貌を持っておきながら、いまだに鑑定士なんてやっている不思議な女性。 そして、ペリドにとっては恩師でもある。 「エミリーさんが持ってくる話って、だいたいろくなもんじゃねえんだよなぁ」 「そう言わない。昔、ポイズンフロッグから助けてあげたでしょ」 「はいはい。いっくらでも助けてもらいましたよ、っと。で? 今日は何なんすか」 「若い子、ひとりちょーだい」 「はぁ?」 エミリーは笑顔を浮かべたまま、 「実はね、あたしの妹が冒険者になりたがってるの。でも、まだまともなキャラバンに入れるほどの力量じゃないのね。だから、同じ年代の子で、誰か随伴してくれないかなって」 随伴。ベテラン冒険者が初心者とマンツーマンで冒険のイロハを教えることだ。 「初心者って、どんくらい初心者なんすか」 「まだ未開地域探索は一度もしたことないわ」 「魔法とか格闘技は」 「運動神経はポンコツ。魔法はコップ一杯の水を凍らせるのに一晩かかるくらい」 「超ド素人じゃないすか」 「だからそう言ってるでしょ」 「……確かに、その程度だとキャラバンで勉強ってのも危ないっすね」 魔法や武術は、未開拓地域にいれば嫌でも身に付いてくる。様々な知識についても同様だ。 だが、未開拓地域というのは何があるかわからない場所でもある。そんなところにド素人を連れて行く危険は犯せない。 「話はわかりましたよ。いくつなんすか、妹さん」 「16よ」 「んー。16ってーと、うちならパトリックとかレイバーが同じくらいっすけど」 「男はダメ」 「過保護じゃねーっすか」 「ダメ。妹ってばあたしに似て美人なのよ? 男なんかに随伴させたら一発で穴開きになっちゃうでしょ」 「下品っすよ。でもなぁ、16くらいの女の子で、しかも随伴できるくらい強い奴なんていないっすよ」 「あなたのとこでも?」 「そりゃそうっすよ。女子の冒険者は少なくないけど、随伴するなら肉体の強さは必須っすからね。それほどの力がある女子なんてそう多くないし」 「あたしはできたわ」 「ぶっちゃけエミリーさんが随伴すればよくないっすか」 「そうしたいのはやまやまだけどね。店もあるし」 「鑑定屋なんてしばらく休めばいいじゃないっすか。エミリーさんなら、ド素人と一緒でもそれなりの収入にできるっしょ」 「否定はしないけどねぇ。あたしと一緒だと、妹もあたしに頼っちゃう気がするのよね。それだと成長しないし」 「あー、まあ、そういうのはあるんすかね。とはいってもなぁ。フレジアとかなら随伴できるけど、年が少し離れちまうし」 「この際、それでも仕方ないわ。できれば同年代がいいけど」 「だから、16で体の強い女子なんかいねーってば。じゃあま、フレジアんところに行ってみますか」 「そうしようかしら」 「言っとくけど、フレジアが嫌だって言ったらダメっすからね」 「さすがに、そのくらいは弁えているわよ」 「どうだか」 肩をすくめたペリドは、エミリーと共に席を立った。 二人で別室から出たところで、エミリーの視線が部屋の隅にとまる。 「……? あの子は?」 「うん? ああ、アディーっすか。うちの荷物持ちっすよ」 「荷物持ち? あの子が?」 「ええ、まあ。戦闘は苦手みたいだし、鑑定とかも得意じゃないらしいんで」 「ふうん……」 エミリーはじっとアディーを見つめ、 「あの子でいいわ」 「え? アディーで? って、あいつは随伴なんてできないっすよ」 「それでもいいの。あたしが交渉していい?」 「まあいいっすけど。アディー!」 団長が声をかけると、小動物のようにビクッとはねたアディーは、こそこそ近寄ってきた。 「な、なんですか、団長……」 「この人、エミリーさん。俺が昔、世話になった人だ」 「エミリーよ。よろしくね、アディーちゃん」 「あっ、は、あの、はい」 ぷるぷる震えるアディーをじっと見つめたエミリーは、その手を握る。 「っ!?」 「アディーちゃん。実はね、あたしの妹が冒険に出たがっているの。あなた、妹に色々と教えてあげてくれない?」 「ふぇ!? あっ、わ、私が、ですか?」 「ええ。大丈夫よ、妹も人当たりだけは良い子だから。あなたともすぐ打ち解けられるわ」 「そっ、その、それは、あの、団長……?」 アディーがおそるおそるペリドの顔色をうかがうと、ペリドは小さく頷いてみせた。 「アディーの気持ち次第だけどな。嫌なら断ってくれて構わない。随伴は危険も伴うしな」 「えっと」 アディーはペリドとエミリー、二人の顔を交互に見比べ、 「わ、わかり、ました……」 そう言った。 もっとも、コミュ障全開のアディーが断れるはずもなかったのだが。 |