あまたの冒険者が拠点としている町ーー【アラバスター】は、人間界の端にある。未開拓地域との接点に位置し、多くの人々が行き交う一大交易拠点だ。
 そんなアラバスターの安酒場。そこで、ブライトヘヴンの面々は遠征の打ち上げを行っていた。
「よーし、今日は俺のおごりだ! みんな飲んでくれ!!」
「おおおおお!!」
 団長が景気のいいことを言って、豪快な面々はあおるように酒を飲んだり食べたりしている。
 こういう賑やかな場所というのは、アディーみたいなコミュ障には本当に居場所がない。部屋の隅っこで掃除し忘れた埃さんと会話するのが限界。
「早く終わらないかな……」
 そんな言葉がぽつりとこぼれる。じゃあ参加しなきゃいいじゃないかと言われそうだが、そうなると『あいつまた……』とか言われる。それもつらい。
 いやまあ、コミュ障にとっては何をしてもしなくてもつらいのだが、それはそれ。
 そうやって端っこで美味しくもない酒を舐めていると、ふと、団長のところに見知らぬ女性が歩み寄る姿が目についた。
「……?」
 綺麗な女性だ。風体からして冒険者ではないが、魔力の流れは一般人のそれとは違う。
 不思議な人。それがアディーの第一印象だった。
 女性は団長と二言、三言と言葉をかわすと、二人で奥の別室に姿を消した。
「えー!? なにあの人、団長のコレ?」
「そんな人がいるなんて聞いたことないけどなぁ」
「あの女、知ってるよ。確か鑑定屋だ」
「鑑定士ぃ? 団長の彼女?」
「知らねーって。でもま、団長もこの業界で長いしなぁ」
「じゃあ昔の女的な」
「いいかげん認知してよ!」
「ばーか、団長がそんな隠し子作るような人かよ」
「そうよねぇ」
 みんなが好き勝手に話している。そんな会話に、アディーが混ざれるはずもなかった。

☆   ☆   ☆   ☆


 一方、奥の部屋。
 三人がけのテーブルと椅子しかない別室は、表の喧騒とは無縁だった。
「ったく。久しぶりに会ったってのに、いきなりなんすか。エミリーさん」
「いいじゃないの、ペリド」
 そう言って、エミリーはにこりと笑う。
 流れる金髪、整った顔立ち。すらりと背が高く、出るべきところはしっかり出ていて、引っ込むべきところはしっかり引っ込んでいる。
 どっかの酒場で店主でもやったら、一発で大繁盛しそうな美貌を持っておきながら、いまだに鑑定士なんてやっている不思議な女性。
 そして、ペリドにとっては恩師・・でもある。
「エミリーさんが持ってくる話って、だいたいろくなもんじゃねえんだよなぁ」
「そう言わない。昔、ポイズンフロッグから助けてあげたでしょ」
「はいはい。いっくらでも助けてもらいましたよ、っと。で? 今日は何なんすか」
「若い子、ひとりちょーだい」
「はぁ?」
 エミリーは笑顔を浮かべたまま、
「実はね、あたしの妹が冒険者になりたがってるの。でも、まだまともなキャラバンに入れるほどの力量じゃないのね。だから、同じ年代の子で、誰か随伴してくれないかなって」
 随伴。ベテラン冒険者が初心者とマンツーマンで冒険のイロハを教えることだ。
「初心者って、どんくらい初心者なんすか」
「まだ未開地域探索は一度もしたことないわ」
「魔法とか格闘技は」
「運動神経はポンコツ。魔法はコップ一杯の水を凍らせるのに一晩かかるくらい」
「超ド素人じゃないすか」
「だからそう言ってるでしょ」
「……確かに、その程度だとキャラバンで勉強ってのも危ないっすね」
 魔法や武術は、未開拓地域にいれば嫌でも身に付いてくる。様々な知識についても同様だ。
 だが、未開拓地域というのは何があるかわからない場所でもある。そんなところにド素人を連れて行く危険は犯せない。
「話はわかりましたよ。いくつなんすか、妹さん」
「16よ」
「んー。16ってーと、うちならパトリックとかレイバーが同じくらいっすけど」
「男はダメ」
「過保護じゃねーっすか」
「ダメ。妹ってばあたしに似て美人なのよ? 男なんかに随伴させたら一発で穴開きになっちゃうでしょ」
「下品っすよ。でもなぁ、16くらいの女の子で、しかも随伴できるくらい強い奴なんていないっすよ」
「あなたのとこでも?」
「そりゃそうっすよ。女子の冒険者は少なくないけど、随伴するなら肉体の強さは必須っすからね。それほどの力がある女子なんてそう多くないし」
「あたしはできたわ」
「ぶっちゃけエミリーさんが随伴すればよくないっすか」
「そうしたいのはやまやまだけどね。店もあるし」
「鑑定屋なんてしばらく休めばいいじゃないっすか。エミリーさんなら、ド素人と一緒でもそれなりの収入にできるっしょ」
「否定はしないけどねぇ。あたしと一緒だと、妹もあたしに頼っちゃう気がするのよね。それだと成長しないし」
「あー、まあ、そういうのはあるんすかね。とはいってもなぁ。フレジアとかなら随伴できるけど、年が少し離れちまうし」
「この際、それでも仕方ないわ。できれば同年代がいいけど」
「だから、16で体の強い女子なんかいねーってば。じゃあま、フレジアんところに行ってみますか」
「そうしようかしら」
「言っとくけど、フレジアが嫌だって言ったらダメっすからね」
「さすがに、そのくらいは弁えているわよ」
「どうだか」
 肩をすくめたペリドは、エミリーと共に席を立った。
 二人で別室から出たところで、エミリーの視線が部屋の隅にとまる。
「……? あの子は?」
「うん? ああ、アディーっすか。うちの荷物持ちポーターっすよ」
「荷物持ち? あの子が?」
「ええ、まあ。戦闘は苦手みたいだし、鑑定とかも得意じゃないらしいんで」
「ふうん……」
 エミリーはじっとアディーを見つめ、
「あの子でいいわ」
「え? アディーで? って、あいつは随伴なんてできないっすよ」
「それでもいいの。あたしが交渉していい?」
「まあいいっすけど。アディー!」
 団長が声をかけると、小動物のようにビクッとはねたアディーは、こそこそ近寄ってきた。
「な、なんですか、団長……」
「この人、エミリーさん。俺が昔、世話になった人だ」
「エミリーよ。よろしくね、アディーちゃん」
「あっ、は、あの、はい」
 ぷるぷる震えるアディーをじっと見つめたエミリーは、その手を握る。
「っ!?」
「アディーちゃん。実はね、あたしの妹が冒険に出たがっているの。あなた、妹に色々と教えてあげてくれない?」
「ふぇ!? あっ、わ、私が、ですか?」
「ええ。大丈夫よ、妹も人当たりだけは良い子だから。あなたともすぐ打ち解けられるわ」
「そっ、その、それは、あの、団長……?」
 アディーがおそるおそるペリドの顔色をうかがうと、ペリドは小さく頷いてみせた。
「アディーの気持ち次第だけどな。嫌なら断ってくれて構わない。随伴は危険も伴うしな」
「えっと」
 アディーはペリドとエミリー、二人の顔を交互に見比べ、
「わ、わかり、ました……」
 そう言った。
 もっとも、コミュ障全開のアディーが断れるはずもなかったのだが。