|
走っている。 草の合間、木々の下、固い地面の上。 まわりは何も見えない、真の暗闇。いや、違う。見えるものはある。 爛々と輝く赤い瞳。 魔獣の瞳。 「……」 襲い来る魔獣。その顔面を殴りつけ、牙をへし折る。 奪った牙はぶん投げて次の敵へ。魔獣の悲鳴を耳にしながら、さらなる獲物を蹂躙していく。 ーーああ、これは夢だ。 夢だけど、夢じゃない。これは過去の実体験だ。 魔獣の頭蓋を砕き、眼球をえぐり出し、骨を武器にする。 この頃は荒れていた。ちょうど自分の存在意義も分からなくなって、誰かに認めて欲しくて。 赤子が大きな声で泣きわめきながら親を求めるように、自分を認めてくれる”誰か”を求めて、自分の痕跡を撒き散らす。 魔獣たちからすればたまったものではない。だが、彼らにそんな知性も理性もない。 欲望のままに襲う彼らに対し、彼女もまた、欲望のままに命を奪う。 その殺し方は、今とは少し違う。なるべく乱暴に、なるべく多くの魔獣を呼び寄せるように。血の匂いを撒き散らし、剥がした肉を振り回し、砕いた骨を踏み鳴らす。 今から思えば無茶なことだ。よく死ななかったものだと思う。だが、激烈の日々は彼女に力を与えてくれた。 それは、今になって思えば、という程度のものではあるが。 はっ、と目が覚める。ベッドから起き上がると、光が差していた。アディーはそんな光を眺めながら、ひとりごちる。 「……嫌な夢」 いや、ただの事実ではあるので嫌もくそもないのだが。 なんというか、ただの黒歴史なのである。陰キャには付き物、むしろ憑き物。 調子に乗ってやんちゃして、その結果としてまあ色々なものが残ったりするのだが、基本的には後悔しかない。 インビジブルの名前もそうだ。 もともとアディーは自分から目立つタイプではない。自分の成果をことさらに言うこともない、というか言えない。 そのくせ自己顕示欲は一人前で、誰かに気づかれたくて魔獣を狩ったり魔物を倒したり。 その成果として強さは手に入れたし、そのおかげで今もあるのだけど……。それはそれ、なのである。夜闇の中でも戦えるとかワンパンで魔獣を沈められるとか、そんなの求めていたわけじゃない。 本当に欲しかったのは称賛であり、魔物を倒すことのできる力なんかじゃない。 それに、その力もーー肝心な時に発揮できないので、およそ意味がない。 アディーはため息混じりにベッドから這い出ると、のそのそと身支度を整える。今日は最悪のイベントが待っているのだ。 そう、初対面の人と会わなければいけないという、陰キャには地獄のイベントーーその名も、”顔合わせ”!! 「……」 もちろん一般人からすればごく当たり前の行事なのだが、彼女にとっては酷なことこの上ないのだ。 そうこうしていると、アパートの扉がノックされた。このまま居留守を決め込もうかと企んだ矢先、 「あーでぃーいー。いるのはわかってるわよー」 うっすいアパートの扉じゃ存在を隠すの無理です。はい。 嫌々ながら扉を開くと、身綺麗な格好のエミリーがニコニコと笑っていた。 「今日からよろしくね」 「……はい」 渋々、荷物を抱えて家を出る。 関係ない話だが、抜群のスタイルを誇示するようなワンピースを着ているエミリーの横で、いかにもな武闘着をまとうアディーはいつにも増して不審者感が強い。 「妹の名前はルベル。あなたと同い年よ。適性は魔導師」 「はぁ」 アラバスターの大通りは常に人通りが多い。露天が立ち並び、騒がしい声があっちこっちで飛び交っている。 そんな大通りから、一本の路地に入った。 古い建物が多いこの通りは、昔ながらの住人が多い。そんな一角に、その店はあった。 「ここよ」 木造の一軒家だ。古ぼけた看板には【鑑定屋・黒猫亭】とある。入り口のすりガラスを開くと、店内へ。 店内では、一人の店員が掃除をしていた。金色の髪を頭の後ろでくくり、短いスカートや半袖から覗く手足がきらきらと輝いているようにも見える。 「いらっしゃいませー。って、お姉ちゃんか。そっちの子は?」 「あんたの相棒よ」 「え!? マジで!?」 店員は箒をぶん投げると、だだだっ、と駆け寄ってくる。 「アタシはルベル! ルベル・カーライト! あなたは!?」 「えっ!? あっ、えっと、アディー・ヒーリ、です……」 「ディーちゃんね! よろしくっ!」 いきなりアダ名呼び……!! 人当たりが良いとか悪いとか、そういう次元の話じゃない。アディーには分かる。 ーーこいつは、陽の者だ! アディーとは違い、太陽の下を平然と歩ける人種。友達と可愛い可愛いとか言い合ったりなんかお洒落なお店とかに入れるタイプの人種。 一方でアディーは、なんかジメジメした苔のあるとことかが好き。絶対に相容れない、住んでいる世界の違う存在だ……!! 「ディーちゃん、アタシも冒険者としては新米だけど、よろしくね! あなたは武闘家? 強そうね!」 「ふぇ!? そ、あっ、そんなことありませんよそりゃ武闘家なんて適性ですけどそれは名前ばかりで決して強くないですしなんだったら武闘家の名前を汚している罪で元老院から怒られる寸前ですしその……」 一気にまくしたてたアディーに、ルベルは目を丸くした。 「うふっ。あなた、面白い子ね」 「……!!」 陽の者に笑われたから、今日は笑われ記念日。 ダメだ。明日、辞表を持ってこよう。 ぷるぷると震えるアディーの横で、エミリーはニヤリと笑う。 「ルベル、店じまいしな。これから冒険行くよ」 「えっ!?」 「いっ!?」 驚いたのは二人。 「まっかせて!!」 超特急で店じまいの準備をしだすルベルを尻目に、アディーは赤くなったり青くなったり忙しい。 「あ、あの、エミリーさん! ルベルさんは初心者なんですよね!?」 「そうね」 「それが今から!? 何の準備もしてませんよ!」 「初心者相手じゃ準備も何も意味ないわ。それに大丈夫、行くのは【アンズの洞窟】だから」 「アンズの洞窟……。まあ、それなら……」 アンズの洞窟は、有名な初心者向けの洞窟だ。未開拓領域ではなく、なんと開拓済み領域の中にある。 当然ながらたいした魔物もおらず、厄介な迷路などもない。もちろん収入にもならないが、洞窟の最奥には何故か常に実をつけるアンズの木があり、この実を食べることが初心者脱出の第一歩とされる。 本来は初心者だけのチームで挑むような場所であり、冒険者として格の高いエミリーや、一応は冒険経験のあるアディーが一緒なら、まず怪我しない場所。 「最初は肩慣らしってわけじゃないけどね。ほら、仲良くなれるきっかけは、やっぱり冒険に行くことでしょ」 「それは、その……」 別に冒険をしたからといって仲良くなるわけじゃないのは、ブライトヘヴンの皆々様が証明してくださるのでは。 「準備できたよ!!」 いつの間にか、ルベルが戻ってきていた。 服装は先程と変わらずミニスカに半袖だが、頭には魔導師らしいトンガリ帽子を、手には背丈ほどもある杖を持っている。背中には可愛らしい革のリュック。 ……冒険に向いた格好じゃない。これは町でお買い物する時の服装だ。 「それじゃあ、冒険に出発だー! おー!」 「お、おぉ……?」 まあ、アンズの洞窟なら今から行っても日暮れには帰れるし。 今日のところは自分が折れよう、と思うアディーであった。 もっとも、我を通せるわけがないのだが。 |