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アンズの洞窟は郊外の山間部にある。 山道の途中でぽっかりと開いた穴は、馬車がそのまま入れそうなほどに広い。人工的に作られたようにも見えるが、制作者がいるわけではない、謎の多い場所でもある。 未開拓地域には、こういう人工物にしか見えないような洞窟や遺跡らしきものが多くある。いずれも製作した人間がいるわけではない。未開拓地域でそんなことをする資材も人材もないはずだ。 なのに、それは事実として存在する。そんな謎が、冒険心をくすぐるのかもしれない。 「行けいけー♪」 ご機嫌のルベル、周囲を警戒するエミリー、そして不審者のアディーの三人は、洞窟の中に足を踏み入れる。 「あ、明かりは……」 「それくらいならできるわ! 任せて!」 魔導師のルベルは杖をかかげると、 「光よ!!」 魔法を発動させる。杖の先に生まれたか細い光は、かろうじて闇を切り裂いている。 「つ、つつましいですね」 「……こ、これからよこれから!」 つつましすぎて足元もよく見えないが、普段から暗闇で生きているアディーにとってこの程度は歩く支障にはならない。 「ちゃんと用意してるわよ」 と、エミリーが荷物の中からマジックランタンを取り出した。魔法の光がともると、どうにか周辺を照らし出す。 「あるなら最初から出してよ〜」 「最初から用意しておきなさいよ」 エミリーの言うことはもっともだ。 「ま、ゆっくり行きましょう」 人工的に見えるとは言っても、一応は天然洞窟だ。 足元はひんやりとしており、ところどころに水溜まりもある。苔が生えていたりもするので、滑りやすい。そんな道を慎重に歩いて行くと、 「っ!!」 現れる魔物。【血吸いコウモリ】だ。 「ルベル!」 「任せて! 来たれ氷風!! 《アイシクル》!!」 杖を掲げる先。近づいてきたコウモリが、すすっと離れていく。 「寒かったのかしら」 「……」 やばい。戦闘力については本当にポンコツだ。 「はぁ。じゃあ、アディーちゃん。行ける?」 「あっ、えっ、は、はい」 ガチガチに固まったまま、一歩二歩。 血吸いコウモリは決して強い魔物ではない。動きは遅く、なんだったら野生動物の方が怖い。 アディーはコウモリの動きを目でーー追えない。人目がめっちゃ気になる。 「きゃあああ!?」 ぶんぶん手を振り回すことしかできない。もう完全に不審者のそれ。少なくても武闘家ではない。 「ひゃ!」 その時、偶然にも近づいてきたコウモリに拳がヒットした。結果的に殴られたコウモリはそのままバタリと倒れ、魔石へと還る。 「やー、すっごーい! ディーちゃんがコウモリ倒した!」 「……あっ、は、はぁ」 倒したというか勝手に倒れたというか。 前途多難に感じるアディーの横で、エミリーは静かに目を細めていた。 がさがさと下草を揺らしながら、魔獣たちが森の中を駆け抜けている。 虫のようにも見えるそれらは、本来なら知能の低い魔獣だ。目の前の敵に襲いかかる、その程度の知恵しかない。 そんな彼らが、逃げている。 圧倒的な捕食者からーー逃げるしかない。彼らが本能でそう感じたのだ。 一匹、逃げ遅れた虫の魔獣。その背後から、白刃が迫る。 直後、虫の体は一瞬で両断された。固い外骨格も、圧倒的な殺意を前にしては意味がない。 「……逃がしちゃったか」 白刃の主は、一人でそう呟いた。 その後も、ポンコツ二人ながらなんとか進めていた。 魔物の数は決して多くないし、そもそも強くない。洞窟そのものも複雑な構造ではなく、危険な場所もほとんどない。 えっちらおっちら、いちばん深いところまで進むと、なんと光が指していた。 「おー」 見上げると、洞窟の天井に穴が開いている。三人で肩車しても届かないほど高さはあるが、2メートルほどの穴が開いているのだ。そこから外の光が射し込むようになっているらしい。 日向は草地になっており、そこに一本の木が生えている。 「あれがアンズの木ですね」 「おー!」 たたたっ、と駆け寄ったルベルは、低いところに成っているいくつかの実を手に取る。 「へー、洞窟の奥なのに、ちゃんと成っているのね」 「不思議ですよね。ここは大昔からそんな感じみたいです」 一緒に探索をしたおかげか、アディーも少しばかりルベルに慣れたようだ。もとより人当たりの良いルベル相手なら、緊張することもあまりない。 アンズの実をもぐと、ルベルはアディーに差し出す。 「はい、ディーちゃんもどうぞ!」 「えっ、あっ、いや、その……」 いつもの人見知り発動とはまた違い、アディーは一歩下がる。 「ま、まずはルベルさんがどうぞ……」 「そう? じゃあ」 ルベルはアンズをひとかじり、 「っっっ!?!? 苦っ!!!」 思いっきり顔をしかめた。 アディーはやっぱり、という顔をする。 「ここのアンズは年がら年中、実が成っているんですけど、常に不味いんです。この不味い実を食べることが冒険者として初心者を抜けた証って、昔から言われています」 「冒険者ネクラ過ぎない!? 美味しいものを通過儀礼にしようよ!!」 「ぐふっ」 アディーもまた、最初にこのクソ不味いアンズを食べさせられ、以降後輩には必ず食べさせている。ネクラもネクラ、超ネクラガールのアディーにとっては当然だったというか、むしろ美味しいものを通過儀礼にするという発想がなかった。 「ははは、まあ冒険の先に待つものは必ずしも良いものじゃない、っていう先輩からの教訓さ。ありがたく受け取っておきな」 「むぅぅ」 納得していないルベルにエミリーは笑うが、 「っ!!」 直後。腰のナイフを抜きつつ反転する。 回転の動きを加えたナイフは、後ろから強襲しようとしていた魔物を両断した。 「っ……!! 火炎ビートル!!」 「えっ!?」 二等分にされていたのは、巨大なカブトムシ。その姿が砕けた魔石へと戻っていくが……。 「そんなっ、火炎ビートルなんて、アンズの洞窟に出るような魔物じゃないです!」 「現実来てるんだ、アディー! ルベル! 構えろ!!」 見上げれば、上からビートルたちが降ってきていた。 火炎ビートルが最も厄介なのは、”群れる甲虫”であるということ。 「くっ!」 エミリーはナイフで応戦するが、ビートルの体は硬い。何匹もナイフで両断できる相手ではない。 「このっ……っ!!」 正面のビートルを切断した直後、横合いから飛び込んできたビートルに脇腹を撃ち抜かれる。 硬い体を持つ火炎ビートルは、それそのものが砲弾のようなもの。 「お姉ちゃん!!」 「ルベルさん!! ダメッ!!」 アディーが止めた時にはすでに遅く、ルベルもまた、火炎ビートルに弾かれる。壁に叩きつけられた魔導師は、そのまま動かなくなった。 「っ……!!」 エミリーが倒され、ルベルもやられた。残るはアディーだけ。 「あっ、ぁ……」 追い詰められたアディーは、かえって頭の芯が冷えていく気がした。 今なら誰も見ていない。そう、ここで自分は孤独だ。 「……」 アディーはポーチから魔石を取り出した。指先程度のそれを、そっと口にくわえ、噛み砕く。 魔石は人にとって毒だ。魔石とは、闇の魔力の結晶ーー言い換えれば障気そのもの。高純度の闇を取り込めば、たいていの人間は体調を崩し、場合によっては死に至る。 だが、アディーは少しだけ違う。 彼女は闇の中でしか落ち着けず、膝を抱えながら闇の中で過ごしてきた。 ゆえに彼女は、本来なら毒にしかならない闇に、少しだけ順応することができる。 「ふぅぅぅ」 息を吐く。全身に闇の魔力が行き渡る。 知性の低い火炎ビートルたちは気づいていない。自分たちの前にいる者が、臆病なウサギなどではなくーー獰猛な虎であるということ。 「ふっ!!」 気合一閃。振り抜いた拳が、ビートルの体をかち割る・・・・。 「1」 蹴りでビートルを打ち砕き、 「2」 つかんだビートルは叩きつけられて粉砕し、 「3」 当て身を受けたビートルは内側からシェイクされて息絶える。 「滅!!」 闇をまとったその拳は、もはや誰にも止められない。 止めようがないのだ。 |