ルベルが気がつくと、洞窟の外にいた。
「え? あれ……」
 気づけば、エミリーとアディーがそばにいた。
「だ、大丈夫ですか?」
「あれ? ディーちゃん? どうしたんだっけ……」
 はっと思い出したルベルは、
「そうだ! あの虫たちは!?」
「わ、わかりません。洞窟の奥に置いたまま逃げてきました」
「逃げてきた?」
 目を丸くするルベルに、アディーは疲れた顔を見せる。
「火事場のなんとか、ですかね。お二人を抱えて走ってきたんです。後ろを振り向く余裕がなかったので、どうなったのかわかりませんけど……。たぶん追ってこなかったんだと思います」
「そっか。ディーちゃんに助けられちゃったね」
「い、いえ。そんなことは」
 ぶんぶんと首を振るアディー。そんな彼女の隣で、エミリーは首をかしげる。
「アディー、本当にあたしたちを担いで逃げたの?」
「えっ? ええ、まあ、そりゃ。あんなのと、一人で戦えませんし」
「ふうん……」
 首をかしげたまま、エミリーはまあいっか、と呟く。
「とにかくお疲れさん。今日はもう帰りましょう、疲れたわ」
「あっ、は、はい」
「は〜い」
 揃って歩き出す三人を、暮れかけた陽光が照らし出していた。

☆   ☆   ☆   ☆


 日も暮れた頃。
 黒猫亭の建物は二階建てとなっている。一階は店舗スペース、二階は住居スペースだ。
 そんな黒猫亭の住居スペースに、アディーたち三人の姿があった。
「あの……」
「気にしない気にしない。今日はディーちゃんの歓迎パーティ!」
 そう言ってニコニコ笑うルベル。苦笑するエミリー。
 遠慮とか気になるとかじゃなく、パーティとかそういうものがダメなんですとは言えない陰の者。
 思わず目が泳いでしまう。
「……」
 質素な部屋だった。テーブルと椅子がいくつか、それに料理もできる薪ストーブと、魔法回路で冷やせる保管庫。あとは別に寝室があるようだが、この部屋には他に何もない。
 テーブルには所狭しと料理が並んでいるものの、部屋の質素さのせいか、かえって浮いてしまっている。
「意外だった? こんな部屋で」
 エミリーに問われ、えっ、としか声がでないアディー。
「まあ、その、正直」
「それはそうね。でもま、仕方ないわ。冒険にはお金がかかるでしょう?」
「それは、そうですね」
 稼げる冒険者というのは、全体の中でも半数に満たない。稼ぎになるような素材は簡単に入手できないし、リスクだって大きい。
 それでいて冒険に生半可な装備では向かえず、必要な人数も増える。人を雇えばそれだけ取り分が必要になる。つまるところ、必然的に費用がかかる。
 せちがらい話ではあるが、冒険はなかば道楽。お金は何をするにも必要なのだ。
「ルベルはね、ずっと冒険したくてお金貯めていたから。ここも質素なのよ」
「えへへ。だって子供の頃から冒険したかったんだもの」
「子供の頃から……?」
「そうよ! ディーちゃんは隠れ暗殺者インビジブルって知ってるでしょ?」
「えっ」
 インビジブル。
 その名前は、冒険者の中では有名だ。どこからともなく現れ、魔物を屠り、魔獣を狩る。それだけならば優秀な冒険者としては普通のことだが、インビジブルが違うところは、素材を集めたりしないことだ。
 金銭目的ではなく、純粋に魔を狩ることこそが目的。そんな噂が流れている。

 ーーまあ実際は、荷物になるから持って帰っていないだけだが。

 そう、インビジブルとは、ぼっちでしか冒険できなかったアディーが一人でなんとかやりくりしている間についちゃった、大袈裟すぎる称号なのだ。
 もちろんコミュ障のアディーは、そんな噂を否定なんてできない。結果的に噂が一人歩きし、とんでもない大男だの、いやいや華麗な美女だの、好き勝手な噂が流れる始末。
 本物は大男でも美女でもない、ただの陰キャである。
 そんなアディーの内心を知らず、ルベルは夢見る表情。
「アタシね、子供の頃からお姉ちゃんが羨ましくてさ。で、ついに未開拓地域まで遊びに行っちゃったことがあるの」
「っ!? こ、子供が!?」
 いやまあ、子供の冒険者もいるけど。なんだったら自分も子供の頃から未開拓地域でぼっち冒険していたけど。
 でも、今でもポンコツのルベルが、子供時代に冒険……!
「よ、よく生きて帰れましたね」
「そう! その時にアタシを助けてくれたのが、インビジブルなの!!」
「ひっ!?」
 目をきらきらさせた女子というのは、アディーからすると恐怖の対象だ。だが、ルベルはそんなことに気づいていない。
「かっこよかったわ! 颯爽と現れて、魔物に襲われていたアタシを助けて! あれからアタシ、本気で冒険したいって思うようになったの! 頑張ってお金も稼いで、ようやくお姉ちゃんからも冒険していいってなって! これからよこれから!」
「は、はあ」
 そういえば、などと思い出す。
 アディーは未開拓地域で子供を拾ったことがあった。泣きじゃくる子供をなだめ、なんとか人里まで連れて帰った。当時は小さい子だと思っていたが、まさか……あれがルベル?
「あ、あの、それって何年くらい前ですか?」
「うん? そうね、6年くらい前かしら」
 ビンゴだ。ばっちりだ。それ私です。
 もちろん言えない。言えるわけない。そんなことを言った日にはインビジブルが私ですなんて言いふらすようなもの。むりむり死んでしまう。

 ーーでも、そうか。自分に憧れて、か。

 今までアディーを誉めてくれる人なんて誰もいない。インビジブルの噂だって、なかば酒場のヨタ話だ。
 確かに一人で冒険したおかげで、並ならぬ強さは手に入れた。魔石を使えば、今のアディーに勝てる者はそう多くないだろう。しかし人前でその事実を誇示できないアディーにとって、強さや成果を誉められるということは全くない。
 それが、こうやって正面きって憧れだなんて言われると、まあ、悪い気はしない。
「まだ冒険者としては初心者だけど、いつかインビジブルみたいな冒険者になりたいの!」
「えっと、でもまずは、道具とか揃えないといけませんね」
「そうね! それに魔法も練習しなきゃ。ふふっ、よろしくね! ディーちゃん!」
 明るく、陽光のような笑顔を向ける少女。
 どこまでもまっすぐに、憧憬だけを胸に駆け抜けられる人材。

 ーー仲良くってのは絶対むりだけど……。

 ちょっとは協力しようか、なんて。
 アディーでもそんなことを思うのであった。