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アディー・ヒーリは一人で裏通りを歩いていた。人の多い表通りは人酔いするからあまり好きじゃない。 薄暗く、じめじめした裏通りはなんとなく気持ちが落ち着く。そのぶんヤバイ人間も多いが、アディーだってたいがいヤバイ。 そんな裏通りの一角に、一件の薬局がある。看板もないその店に入ると、中はところ狭しと薬瓶が並び、それらの隙間を銀細工が埋めていた。 瓶詰めの奥には、小柄な老婆が一人で鎮座していた。今も老眼鏡をかけ、何かの本を読んでいる。 「あっ、お、お婆ちゃん」 「あん? ああ、アディーかい」 本から目をあげる。じろりとにらむ眼差しは鋭い。 薬局店主、誰が呼んだか【かみつきキャット】。 荒くれどもには恐れられているが、アディーにとっては唯一と言っていい、ちゃんと会話が可能な相手だ。 「キャットお婆ちゃん、また薬が欲しいんだけど」 「……アディー、まだ冒険者なんてやってるのかい」 「それは、その、えへへ」 「えへへじゃないよ。冒険者なんてやめなってずっと言っているだろ」 「それは、わかっているけど」 「あんたは強いけどね。冒険ってのは、それだけじゃないんだから」 「う、うん」 アディーは苦笑するしかない。 キャットは冒険に反対的だ。だが、口は固く、心配してくれても余計なことはしない。だからアディーも素直に色々なことを話せる。 彼女は唯一、アディーの秘密を知る相手なのだ。だからか、アディーも変に緊張することはない。 「まったくもう。で、今日は何が欲しいんだい」 「えーと、万能薬を5つと、ポーションを3つ」 「あいよ。……ポーション? あんたが?」 「あ、新しいキャラバンに入ることになったから」 「ふうん。新人がいるのかい?」 「ドのつく素人」 「あんたが素人の面倒見ね。できんのかい?」 「なりゆきで……」 「どうせまた、嫌って言えなかっただけだろう。あんたはいつだってそうだ、自分の意見を言えないかと思えば、変なところで突っ張って失敗する。要するに人間関係が下手なんだ」 「それは今に始まったことじゃないし……」 「アホ」 そう言いながらも、老婆はとんとんと薬を並べていく。 特殊な魔法をかけた薬瓶は、少々荒事があっても割れたりしない特別仕様だ。 「万能薬とポーション。あんただからね、銀貨1枚に負けとくよ」 「ありがとう、お婆ちゃん」 普通なら銀貨3枚はかかる量だ。それだけ老婆もアディーを心配してくれているのだろう。 「ああ、そうだ。もうひとつお節介だけどね、最近タチの悪いやつがうろついているから気を付けな」 「冒険者なんてたいがいタチが悪いと思うんだけど……」 「それはそうさね。でも、横行しているのは詐欺師だ」 「詐欺?」 「そうさ。粗悪な冒険用品を、よく知りもしない相手に売りつける。特に初心者が狙われやすい。あんたも新人と組むんだろ? 騙されないように気を付けな」 「あ、うん。でも私は大丈夫」 「なんでさ」 「知らない人に話しかけられたら持たないから」 「アホ。変な自信持ってんじゃないよアホ。ついでに顔見せな」 はあ、とため息をついた老婆は、アディーに顔を近づける。瞳孔を確認し、 「あんた、また魔石を食ったんだろ。いつまで耐えられるかわかんないよ?」 「これは、でも、仕方なく」 「仕方も知ったかもありゃーすか。魔石食いなんて千年に一人の才能だ。そのぶん何が起きるか、よくわかっていないことの方が多い。過信するんじゃないよ、一日に食べていいのは一個だけだ。それを守れなくなったら、あんたは死ぬかもしれない」 「大袈裟だよ、お婆ちゃん」 「大袈裟なもんかい。闇属性の魔力ってのは本来、光の一族には害しかないんだ。だから魔物は人里から駆逐しなきゃいけない。あんたは闇を吸収できる体質とはいえ、体は光の生き物なんだ。闇に堕ちたら助けられないよ」 「……ありがとう、お婆ちゃん」 「まったくもう。次に来る時は冒険者やめた時だよ」 「うん、また来るね」 口は悪いし、根性も悪いし、素直じゃない老婆だ。 でも、キャットはアディーのことを心の底から心配してくれる唯一の相手なのだ。 そのことは、アディーが一番よく理解している。 鑑定屋で働くルベル・カーライトはドのつく冒険初心者だ。 運動神経は壊滅的、魔法の才能があるわけでもない。そのせいか、姉はずっと彼女が冒険者になることについて反対していた。だからまあ勝手に行ったろか、というのがバレたところで姉が根負けし、とうとう冒険のパートナーを見つけてきてくれたというのが事の顛末。 とはいえ勢いばかりで具体的なところが何もないルベル。今日も今日とて姉に怒られ、まずは冒険初心者用のセットを手に入れるべく、大通りの商店を回っているところだ。 「うーん」 冒険というのは言い換えれば旅だ。最低限、未開の地域を探索する用意が必要になる。 投げようが水に入ろうが壊れることのないマジックランタン。 宿泊用の寝袋やテント。 食料を持ち運ぶボックスや、調理器具。 普段使いしているものでもいいのだが、そういうのはたいがい持ち運ぶことを考えていないので、コンパクトに収納できなかったり、荒天に弱かったりする。 特に未開拓地域は、ありえない自然現象が自然に起きる。”不自然”現象とまで揶揄されるような世界においては、丈夫なアイテムでないと使い物にならない。 「なるべくディーちゃんに迷惑かけないようにしないと……」 初期投資を惜しむと冒険ではろくなことがない、というのは姉の談。 なにせ命がけなのだ。何が起きるか分からない場所では、何が起きてもどうにかできる装備が必要になる。 そうやって探すルベルに、一人の男が近づいた。 「やあ、お嬢さん。何かお探し?」 ルベルが振り替えると、禿頭の男がニコニコと笑っていた。 「あっ、はい。冒険用の装備を」 「ははーん。もしかしてお嬢さん、これから初めての冒険ってわけだね?」 「えー? わかります?」 「そりゃもう。普通の冒険者は当てもなしに装備探しませんからね」 「なるほど」 「ま、お探しならうちの店にどうぞ。ざっとひとそろい用意しますよ?」 「おー。それは助かります」 「じゃあこちらへどうぞ」 ハゲ男は大通り沿いにあった店に案内した。古ぼけた外見の木造建屋だ。こんな店があったことを、ずっと住んでいたはずのルベルさえも知らなかった。 看板は古ぼけすぎて、なんと書いてあるかも読めない。 だが、店の中に入ると小綺麗に整頓されていた。若い獣人の女性がニコニコと二人を出迎える。 「いらっしゃいませー。それと、おかえりなさい、店長」 「シャー君、はじめてセットを用意してあげて」 「あいあいりょーかいでーす」 獣人の店員は猫耳をぴこぴこ揺らすと、しゅばっと店の奥へ消えて行った。かと思えば、すぐさま戻ってくる。その手には革製のリュックがあった。 「はいはーい。はじめてセット! 定価は金貨2枚でーす」 「まあ、そうだけどね。お嬢ちゃん、本当に初心者なんでしょ?」 「そうです」 「じゃあ、今日は半額で金貨1枚にしておこう。そのかわり、今後ともうちをご贔屓にね? 消耗品から武具の手入れまで、なんでもお安く請け負うよ」 「半額……! わかりました、買います!」 リュックを受け取るルベル。そんなルベルを見て、二人の店員はニコリと笑った。 |