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アディーがキャットの薬局から黒猫亭に戻ると、ルベルとエミリーの姉妹が難しい顔をしていた。 「……? どうかしましたか?」 「ああ、アディー。これ、どう思う?」 ルベルとエミリーの間には革のリュックがあり、その中身が並べられている。 ランタン、寝袋、鍋にナイフ。一見すると冒険に必要なセットのようだがーー。 「うーん。このランタン、ガラスですね。投げたら壊れちゃうし、火種も必要だから冒険向きじゃない。寝袋も薄っぺらいですし、鍋も小さすぎです。それにこのナイフ、肉用じゃなくて果物用ですね」 「そっ。どれもこれも、冒険向きのものじゃないわ。せいぜいピクニック用」 「そんな感じですね。買ったんですか? これ」 「そうなのよ。いくらだと思う?」 「うーん。おまけで銀貨1枚?」 「金貨1枚だそうよ」 「っ!?」 相場の十倍か、それ以上だ。 「大通りの古い店で買ったって話だけど、そんなところに店はないわ。おおかた、廃屋を店風に見せかけたんでしょうね」 「じゃあこれ、詐欺……」 ふと、さっき老婆に言われたことを思い出す。 ーータチの悪いやつがうろついている。 「そういえば、知り合いの店主も、最近詐欺が横行しているって言ってました」 「迂闊だったわ。まだルベル一人で買い物なんて行かせるんじゃなかった」 「……払ってしまったものは仕方ないですね。気を取り直して、諦めるしか」 「それはそうなんだけどねぇ。詐欺師ではあるけど、正規にお金を払ってしまった以上、取り返すのも難しいし」 それはそうだ。 確かに金貨1枚などという大金が必要な装備でもないが、だからといってお金を返せと言ったところで詐欺師が聞くはずもない。というか、今から行ったところですでに逃走しているだろう。 「……ごめん、お姉ちゃん。ディーちゃん。アタシ、バカだったから」 「あっ、えっ、えっと……。そんなことは問題ないです、ルベルさん。誰でも最初は知らないんですし、騙そうとする人が悪いんです」 「でも、アタシがもう少し冒険のことを勉強していたら、こんな安物をつかまされることなかった」 「それは……」 「本当に、ごめんね」 とぼとぼと、ルベルは店の奥に引っ込んで行く。 その後ろ姿を見送ったアディーは、ふう、と息を吐いた。 「……エミリーさん。実際、これ、どうにもなりませんよね?」 「そうね。言っては悪いけど、冒険者であるならば、騙される方が悪いわ」 「まあ、そうですね」 冒険は危険と隣り合わせ。道具とは、そんな危険域で命を預ける存在だ。 ゆえに、信頼できるものを自ら選ばねばならない。そして、それは冒険にも通ずるものだ。 どこでどんな危険があるか分からない。人を騙そうとする魔物だって多くいる。素直に騙されるだけの冒険者は、あっという間に魔物の腹だ。 「あの子はね、憧れだけで冒険者になろうとしているの。だから実践的な知識も能力も足りていない。最初はそれでもいいかと思ったけど、こうなってくると致命的な気がしてきたわ」 「それは、そうですね」 「それに、こうなるとあの子も冒険者になること、諦めちゃうかも」 「え?」 エミリーは嘆息混じりに、 「あの金貨はね、あの子が色々な店で働いて稼いだお金。でも酒場や食堂で働いた程度で、金貨1枚なんてそう簡単に稼げないのは分かるでしょう?」 「それは、まあ、なんとなく」 食堂で働いたことなどないが、求人広告くらいは見たことあるし。 「あれだけ稼ぎ直そうと思ったら何年もかかる。それまで心が持つかしら」 「それは……」 確かに、遠すぎる目標は心を折ってしまいがちだ。 彼女が冒険の勉強をできていないのも、よくよく考えれば、日々の仕事に忙しかったからだろう。あの年齢で金貨1枚分を貯めるほど稼ごうと思ったら、かなり忙しいに違いない。 確かに、冒険の支度金ともなれば、金貨くらいは平気で必要になってくる。だが、そのために本気で働き、稼げる子はマレだ。 「それだけ本気だったんだ……」 アディーにとっても、ルベルは知り合ったばかりだ。 だが、悪い子でないことだけは分かっている。そんな彼女が悲しむ顔は見たくないし、そんな彼女を悲しませるような輩がいることも許せない。 だからといって、アディーにできることは……。 「金貨1枚、か」 せめて金貨を稼いでくれば、彼女の曇りも晴れるだろうか。 そんなことが、頭をよぎった。 「……」 被害を取り戻すことは無理だ。だが、冒険者であるならば、損した以上に稼いでくればいい。 その力が、自分にはある。 「あの、エミリーさん。ちょっと出掛けてもいいでしょうか」 だから、アディーの口からは自然とそんな言葉が出ていた。 ルベルは一人、自室のベッドで膝を抱えていた。 「バカだなぁ、アタシ」 安物をつかまされたことはきっかけに過ぎない。 先日行ったアンズの洞窟でもそうだ。自分は何の役にも立っていない。 もちろん冒険初心者が役に立つことなどありはしない。そんなことは理解しているが、納得しているわけではない。 思い返すのは、憧れの人。 たった一人で魔物から自分を守ってくれた、素敵な冒険者。 あんな姿になりたいと、冒険者になることを強く願っていた。だが、願うだけで行動が伴っていなかったのだ。そのことを、強く思い知らされたに過ぎない。 そうやって落ち込んでいると、とんとん、と部屋の扉が叩かれた。 「入るよ」 ガチャッと扉を開いたのは、姉のエミリーだった。 廊下からの明かりが入り込んで、ようやく部屋が暗かったのだと気づく。 「なによあんた、明かりもつけないで」 廊下からの明かりが部屋を照らし出す。 魔術の教本が並んだ戸棚。子供の頃から使っている小さなテーブル。白いシーツのベッド。 どれもこれも見慣れたものだったが、どれもこれもが遠い存在に思えた。 「ルベル、アディーなら出掛けたよ」 「えっ……?」 「もしかして、詐欺師を探しに行ったのかもね。思い詰めたような顔をしていたし」 「そんなっ!」 ガバッ、と立ち上がる。エミリーはニヤニヤと笑っていた。 「なんだ、まだ立ち上がる元気があるんじゃない。それなら大丈夫ね?」 「……お姉ちゃんまで嘘つかないでよ」 「アディーが出掛けたのは本当よ」 「っ!? って、ディーちゃんは詐欺師の顔も知らないでしょ!」 「ああ、それもそうだね。じゃあ違うところかしら? どこに行くかは聞かなかったものね」 「もうっ、お姉ちゃんったら」 アディーがどこに行ったか。 そんなもの分かるはずもないのだが、ルベルはなんとなく、想像がつく気がした。 「ねえ、お姉ちゃん。ソロでも狩れる魔獣っているのかな」 「普通はいないんじゃない? アディーの力量じゃなおさら。あるいは、倒せても稼ぎにはならないような魔獣が多いわ」 だからこそ、詐欺師を探しに、なんてことを言った。それが最も現実的に被害を回復する方法だからだ。 ソロで探索など現実的ではないし、かろうじて探索できる場所は実入りもない。 「と、言いたいところだけど」 エミリーはごそごそとポケットをひっくり返すと、小さなアイテムを取り出した。赤い宝石に革紐が繋がれているようだ。 「何? それ」 「これは輝石を使ったアイテムで、通心器っていうの。本来は仲間の居場所を探すための道具」 冒険中、仲間とはぐれる可能性だってゼロではない。そんな時に仲間と合流するためのアイテムがこれだ。魔力を込めると、仲間が近くにいるか遠くにいるか、分かるようになっている。 「さっき、こっそりアディーのポケットに忍ばせておいたわ。使う?」 アイテムを受け取ったルベルは、赤い宝石をじっと見つめていた。 |