「刃物や杭についた泥、血、汚れはすぐに落とした方がいいです。錆の原因になりますから」
「なるほど〜」
 道具の手入れを教えているアディーと、教わっているルベル。
 ここは黒猫亭の二階、居住スペースだ。そこで、ルベルは道具をどう手入れすればいいか、アディーから教わっている最中である。
 そんな様子を、姉のエミリーは端から眺めていた。
「少し慣れてきたみたいね」
「慣れる?」
「冒険にさ」
「そう見える? 見える?」
「……やっぱり勘違いかも」
「あーん。お姉ちゃんのいじわるー」
 そうは言うが、ルベルは本当に冒険者らしくなってきた。
 なにも知識がなかった以前と違い、アディーというベテラン冒険者がついているのだ。着実にレベルアップは果たしている。道具の手入れも危なっかしいが、間違ったことはしていない。
 まあ、すでに二桁の冒険を重ねている。いずれも未開拓地域の浅いところしか行っておらず、実入りの多い遺跡探索などには出向けていないが、それでも入門者を通り越した感はある。
「ただ、最近ちょっと悩みがあるんだよね」
「それならアディーに相談なさい」
「それがねぇ。ね、ディーちゃん」
「……面目ないです」
 アディーは肩を落とした。
 エミリーは首をかしげ、
「悩みって何さ?」
「ほら、冒険に行くと荷物が邪魔でしょ? それをどうしようかって」
「あー……」
 冒険というのは、魔物が出没する地域に出向くこととほぼ同義だ。必然、戦闘が絡むことになる。
 とはいえ、旅に出るということでもあるから、必要な道具は置いて行けない。寝袋や食料、ランプなどは必須なのだ。
 結果的に、背中には大きなリュックを背負って行かねばならず、行動が制限されがちになる。大所帯のキャラバンは必ず非戦闘員の荷物持ちを帯同させるのも、このあたりに理由がある。
「単純に人を雇えば解決するけど……」
「知らない人が一緒だと、ディーちゃんが緊張しちゃうから」
「それは難問ねぇ」
「やっぱり、私が荷物持ちをしますので、誰か強い人を雇った方が……」
「ダメ。ディーちゃんが緊張しちゃうし、しゃべれなくなっちゃうんでしょ? それは困るもん」
「あう」
 否定できる余地が何もないのが悲しいところ。
「そうだねぇ。荷物持ちもそうだけど、鑑定も欲しいんじゃないかしら? アディーちゃんも鑑定スキルはないんでしょ?」
「それはそうです」
 未開拓地域では様々な素材が手に入る。簡単なものはアディーでも区別がつくが、中にはよくわからないものや、未発見の素材が手に入ることだってままありうる。
 それらがどういう用途のものなのか、価値があるのかないのか、調べられるスキル持ち。それが鑑定士だ。
 スキルとはいっても、一発でわかるような魔法があるわけではない。単純な知識と鑑定眼が勝負の世界であるだけに、熟達した鑑定士は引く手あまただ。
 アディーもそれなりに経験があるので、よく見かける素材は鑑定できる。だが、未知の素材を手に入れてくることが冒険の本懐。その意味では、アディーの鑑定ではあまり意味はない。
 まあ、まだその心配をする段階ではないが……。
「お姉ちゃんが一緒に行ってくれればいいんだけど」
「あたしはお店があるからダメ」
 エミリーなら腕の立つ冒険者で、しかも鑑定士のスキルもある。おまけにアディーも慣れているのであんまり緊張しない。全ての条件に合致するが、店の問題がある。
「うーん。ま、しばらくはそんなに大規模な冒険もできないだろうしね。まずは地力をつけるところだし」
「それはそうですね。魔法の腕も鍛えないといけませんし」
「はーい。わかってまーす」
「ふふっ」
 ナイフを磨きながら言うルベルに、アディーも思わず笑みをこぼした。

☆   ☆   ☆   ☆


 アディーは一人、裏通りを歩いていた。
 表通りを歩かないのは、単純に光の当たるところだとしおれるから。魔物みたいな女だ。
「……情けないよなぁ」
 思わず愚痴がこぼれる。
 冒険に出向くことはできる。ルベルとも少しだけ仲が良くなった。とはいえ、彼女が次のステップに入るためには、荷物持ちが同行するような冒険に出る必要があることも事実。
 結局のところ、アディーが足を引っ張っているに過ぎないのだ。
「うう。ちょっとばかし人間性を手に入れたからって、調子に乗りすぎ……。人間として最低限のところにも立てていないのに」
 まあそれも仕方ない。こちとら一年二年のぼっちではないのだ。
 とぼとぼと歩いていると、何やら横手の方向で騒がしい声が響いてきた。
「……?」
 裏通りが騒がしいことなど珍しくもない。基本的にガラの悪い連中、表でまともに生きられないような連中がたむろする場所ではあるので、自然と荒い声も出やすい。
 ただ、その声が近づいてきているようなーー。
「ッ!?」
「ッ!!」
 物陰から人が飛び出してきた。その小さな影に体当たりされたアディーは、武闘家の体幹でなんとか堪える。
「えっ、あっ、あの?」
「……ちっ。あなた、ボクを隠して!」
「ひっ!?」
 アディーを隠れ蓑に、物陰にうずくまる。小柄なせいもあり、目立たなくなった。
 すると、どやどやと荒くれどもが走ってくる。
「あ!? おい、テメエ! 女のガキを見なかったか!?」
「し、知りません!?」
「こっちじゃねえか……。あっち行くぞ!!」
 おう、と男たちが駆け抜けていく。声が遠くなったところで、もぞもぞと小さな影が動き出した。
「ふう。助かった。もういいですよ、お姉ちゃん」
 立ち上がったのは、フードをかぶった人間だった。フードの下から赤い髪がはみ出して見える。
「あっ、あの、何をしたんですか」
「たいしたことはしていませんよ。鑑定する時に真品と偽造品をすり替えただけです」
「……普通に犯罪じゃないですか」
「普通に盗品ですからね。これを元の持ち主に有償で渡すだけですので、むしろ正義です」
「正義、かなぁ……?」
 お金を取らなければ正義なんだけども。
「ま、助けてもらったのは事実ですし。でも、ボクもこれが商売ですから、あんまりとやかく言わないでください。表に鑑定させられない連中が悪いんです」
 コートのフードを外すと、少女の顔が覗いた。
 赤いセミロングの髪。左目は眼帯をつけており、右目は黄金色に輝いている。背丈は小さく、立っていてもアディーの胸ほどしかない。
「ところでお姉ちゃん。お名前は?」
「へ? えっ、あっ、あの、アディー・ヒーリ、です」
「ぷふっ。ボクみたいな怪しいやつに名乗るなんて、相当のおひとよしですね」
「え? あ、そ、そういえば」
 対人関係では普通にポンコツのアディーは、押されると弱いのだ。
「見たところ、お姉ちゃんも冒険者ですよね?」
「え、ええ、まあ」
「ちょうどよかったです。ボクも冒険に出たかったんですが、荷物持ちがいなくて。お姉ちゃん、ボクの荷物持ちをしてください。ほら」
「えっ? あっ、ちょっ!?」
 少女に手を引かれ、アディーはあれよあれよという間に連れ出されてしまった。