|
未開拓地域の比較的手近なところに、【花の塔】と呼ばれる遺跡がある。 いつ建てたのか、誰が建てたのかもわからない。こんな未開拓地域に塔を建てられるような人物がいるのかさえ判然としない。だが、その遺跡は遥か昔から鎮座している。 名の由来は、扉に刻まれた百合模様のレリーフから。扉を開くと、螺旋階段が上へ上へと続いている。床石や壁にも色々な花のレリーフが刻まれていた。 そんな花の塔の1階エリア。そこに、アディーと少女の姿があった。 「あの、花の塔に何を……」 「ここの上にはリビングメイルが湧くでしょう? あいつらを狩りたくて」 「魔物を狩っても魔石しか手に入らないと思いますが」 「リビングメイルの魔石は少し特別なんですよ。特別な加工をすれば鑑定用の片眼鏡が作れるんです。これを使うと、普通は判定が難しい品も正確な鑑定が可能になります」 「鑑定って……。あの、あなたってもしかして鑑定士、なんですか?」 「うん? ああ、まあ、名乗ってませんでしたね。ボクはサフィ・ステラ。鑑定士です」 もっとも、とサフィは続ける。 「まともな鑑定士ではありませんが」 「それは、まあ、なんとなく察していますが……」 「窃盗や詐欺行為、その他、人に言えないような手段で手に入れた道具を鑑定するのが主な仕事です。ただし、たまにちょろまかしたりもします」 「よくそれで生きていけてますね……。裏道の人に目をつけられてるんじゃ」 「よくわかりますね」 わからいでか。 「まあ、それでもボクみたいな鑑定士は必要ですからね。殺されることはそうそうないでしょう」 「裏街道ほど信用商売じゃないんですか?」 「そうですよ。同時、裏道は”騙される奴が悪い”んです。どんな手段でも相手を出し抜いた奴が正義なんですよ」 「なるほど……」 感心してしまった。 自分より小さいのに、ずいぶんと危ない橋を渡り歩いてきているようだ。 「じゃ、リビングメイルはボクが狩ります。あなたは魔石を集めてください」 「あの、私が魔石を持ち逃げする心配とかは」 「リビングメイルの魔石はそのままじゃ二束三文です。普通の魔石より小さいですしね。つまり、加工できる技術があって初めて価値になる。ボク以外のところで売ろうったって役に立ちませんよ」 しっかり考えている。 だが、持ち逃げの心配をさせることで逃げ出す作戦は失敗したようだ。 「では、行きますよ。お願い、トリアイナ」 サフィはコートの下から棒を取り出した。それをぶんと振り回すと、背丈ほどの長さがある槍となる。先端は三ツ又に分かれており、刃の根本に青い宝石が輝いていた。 「先導します。ついてきてください」 「は、はい」 思わず押し切られ、アディーはサフィと共に行くことになってしまった。 エミリーが店番をしていると、馴染みの客が扉を開いた。 「あら、いらっしゃい、ビーシーマ」 「久しぶり、姉さん。景気はどう?」 「ぼちぼちよ。あんたんところは?」 馴染み客は肩をすくめ、 「まあまあっすね。まあ、鑑定屋なんてのは冒険者がいる限り暇はねーっすよ」 「そりゃそうね。で? 商売敵のところに何の用?」 「つれないっすねえ、姉さん。姉さんが鑑定連盟の会合に出ないから、要項だけまとめてきてあげたんじゃないっすか」 青年は鞄から何枚かの羊皮紙を取り出した。 「あら、ありがとう。最近忙しくてねぇ」 「ぼちぼちはどこいったんだよ……」 会合の要項を受け取ったエミリーに、同業の青年は苦笑した。 「今回のメインは、あんまりよくねーやつの噂っすね」 「裏家業の子? 前から話題になってたじゃない」 「そうなんすけどね。最近、動きが派手になってきたってゆーか。何か目的を持って素材集めをしているってもっぱらの噂っす。そのためには詐欺も窃盗も、まあなんでもやるって噂っすけど」 「確かめた奴はいない、と」 「鑑定屋の前じゃ姿をくらましますからね。それに、これも噂ですけど、こんだけ捕まえられないのは姿を変えられるからじゃ、と」 「以前の手配書にはウサギ耳の獣人ってあったと思うけど?」 「それも定かじゃないってことっすよ」 「ふうん。もしかして幻術?」 「かもしれねっす。だから姉さんも、見知った相手だからって油断しないでくださいね」 「じゃあ、あんたも偽物かもしれないんだ?」 「げっ。勘弁してくださいよ。姉さんを騙せるわけないでしょ」 「ふふっ、冗談よ。それにしても、そうね。姿を変える裏家業の自称鑑定士、か。妹にも注意しておくわ」 「妹さんか。最近冒険者になったんでしたっけ? まあ、妹さんなら姉さんが鑑定するんでしょうし、間違いないでしょ」 「それはそうだけど、一応ね」 「ま、注意するに越したことはないっすね。ほんじゃ、ちゃんと渡しましたからね〜」 馴染みの男が出て行く。エミリーはチラシに視線を落とした。 なるほど、要注意人物の人相書きが、ウサギ耳の獣人から正体不明に変更されている。 ただ、この自称鑑定士は以前から話題になっていた。裏家業を手伝う鑑定屋で、暴利ではあるが鑑定の腕は確かだと。 特に盗品などは、この鑑定屋が証明するだけで、さばくことが容易になるという噂さえある。だが、正反対の噂があることも事実。 正体不明というのが素直な感想。 「よくわからないわねぇ。どれもこれも噂ばっかりで」 エミリーは表家業の商売をしているが、もちろん裏だって知らないわけじゃない。そのエミリーでも、この怪しい鑑定士は噂しかつかめないのだ。 それだけ、本当の裏世界でなければ出てこない人物なのだろう。 「ま、ルベルがつかまることはないでしょうし、あれでアディーちゃんはしっかりしているでしょうし。うちには関係ないかな」 ひらりとチラシをゴミ箱へと投げ入れる。そんなエミリーは、当然ながら今のアディーを知るわけなかった。 |