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本当に至れり尽くせりだ。 何もしていないのに、誰もが自分を認めてくれる。思った時には望むものが手に入り、誰も彼もがチヤホヤしてくれる。 この世界には自分を否定する者など一人もおらず、ただただ肯定してくれる人だけが集まっている。 「ん……」 窓から外を見やれば、大勢の人々がアディーという存在を心待ちにしている。 ずっと望んでいた気がする光景だ。多くの人が自分を認め、自分を愛し、自分を肯定してくれる。 望んでいた光景が、ただ目の前にあるだけ。望んでいた、というのは、実は自分の勘違いかもしれない。なぜなら、目の前に現実として存在するのだ。 望むということは、持っていないということだ。 すでに手のなかにあるものを望む人間はいない。 「……」 なのに、なんだろうか。この違和感は。 何一つ不自由はないのに。幸せな現実の中にいて、何が不満だと言うのか。 そう、何が足りないのか。 「でも……」 仮に足りないものを見つけたところで、望めばそれが手に入るだけのことだ。今、手のなかにないからといって、それを悲しむ必要はない。それがここにあるか、倉庫にあるかの違い。 そして、世界の全ては自分の倉庫なのだ。 「足りないもの、か」 ぐっ、と拳を握ってみる。 ふと、子供の頃に読んだ寓話を思い出した。 なんてことのない冒険譚だ。たしか、主人公の少年は父親が行方不明になっていた。ある日、父親を探して旅に出るのだ。 仲間との出会い。壮絶な特訓。立ちはだかるライバル。 様々な経験を経た少年は、やがて世界を救う。そんな物語だった。 他愛のない、なんだったらよくある物語だ。けれど、その主人公が好きだった。憧れた。そんな風になりたいと思った。 そう、その少年はーー敵からも味方からも一目置かれ、人気者だったのだ。 幼い頃から自分に自信がなくて、他人に話しかけることができなかった。寓話の少年を真似て我流の格闘技を磨けば、冒険者として雇われたり、人気者になれたりするかと思った。だが、現実はそんなことなかったのだ。 「そうだ」 現実は、そんなに簡単じゃない。こんなに甘くない。 望んだものは何一つとして手に入らない。願いなんて叶わない。その理由はーー自分で一歩を踏み出さないからだ。 手に入れようとしなければ手に入らない。叶えようとしなければ叶わない。当たり前の話だ。 こんな、何もしていないのになんでも手に入るなんてこと、あるはずがない。 「それじゃ、駄目なんです」 華美なドレスは脱ぎ捨てる。自分が必要なものは、こんなものじゃない。 「どうされました? アディー様」 メイドが声をかけてくる。違う、そんなものじゃない。 「すみません。私は、ディーちゃんって呼ばれたいんです」 「わかりました、ディーちゃん」 「そうじゃないんだなぁ」 ぐっと拳を握る。本当は、いつまでもこの夢を見ていたいけれど。 「私が欲しいのは、たしかに称賛や名声でもあるけど……。そんなものを当たり前のように受けとることができる、”私自身”なんです」 だから。 「行かせて貰います」 どっちが前かは分かんないけど。 とりあえず、足を踏み出すのだ。 「来よ闇の風。骨を灰に、肉を砂に。其の名前は安らぎなり」 体内を魔力が巡っている。その中に、違和感を見つけた。 「神の鎌は汝の首を刈り取るだろう」 握った拳に、闇が満ちる。 「疾風迅雷!!」 拳を空間へ叩きつける。 その瞬間、空間はガラスのようにひび割れ、砕け散る。 夢は消え去り、現実が戻ってくるーー。 はっと気付けば、そこは樹根に囲まれた空間だった。 いや、違う。これは根っこなどではない。 「触腕……。夢ラウネ!!」 手近の触腕をひっつかみ、むりやり引きちぎる。 「ギィィィィ!!」 魔物の悲鳴が響き、根っこがわさわさと引いていった。 「ルベル! ルベルー!!」 呼び掛けると、わさわさ引いていく根っこの合間から声が聞こえた。 「っ、あ、ディー、ちゃん?」 「ルベル!!」 根っこたちを蹴り飛ばすと、ルベルが姿を現す。少し青ざめていたが、呼吸は正常だし、とりあえず死んではいないようだ。 「よかった。間に合いました」 「ディーちゃん、これって……?」 「魔物です。夢ラウネ……。人の望む夢を見せることで意識を奪い、そのまま吸血して殺してしまう恐ろしい相手です」 もう少しで自分も夢から抜け出せなくなるところだった。 「よく、助かったね……」 「当然ですよ」 だって。 「ルベルと一緒に冒険するっていう新しい夢ができちゃったんですから」 「へ? ……ふふっ、そうだね」 「だから、こんなところでやられているわけにはいきません」 根っこが引いていった中央。そこに、夢ラウネの本体が覗く。 人間の女にも見えるが、紫色の肌と青い3つ目は、人間にはありえない構造。 「残念でしたね、夢ラウネ」 そうは言っても、魔物に人間の言葉など通じないだろうが。 ぐっと拳を握り、一息に距離を詰める。 「今の私は、とっても強いですよ!!」 ウネウネと本体を守ろうとする触腕を殴って引き裂き、露出した顔を蹴り抜く。 首が飛んだところで、植物型の魔物にとっては意味がない。首のように見える部分は本当の首ではなく、ただそう見えるだけの器官だ。 本当に消し去らなければいけないのはーー。 「ふっ!」 胴体を掴み、引っこ抜く。その下にいるものこそ本当のコア。 固いクルミにも似た、まるっこい種子だ。 「砕けろ!! 崩拳!!!」 弓のように引き絞った拳を解き放つ。剣でも砕けないとされるラウネのコアはひび割れ、バラバラと粉になっていった。 とたん、根っこたちは力を失って萎びていく。ざあ、と消えた先には、大きな魔石が残されていた。 「あの、本当に大丈夫ですか?」 「うん、平気だよ。それにアタシも冒険者だし!」 にこやかに言うルベルだったが、足に力が入っていない。無理をしているのだろう。それでもアディーは手を貸さなかった。 大森林からの帰り道。街道まで出てきたところなので、まだ開拓地域ではないものの、ほとんど危険はない場所だ。無理をすることもない。 踏みしめられた土の道を歩く二人を、夕日が照らしている。 「またディーちゃんに助けられちゃったわね」 「いえ、そんなことはありませんよ。ルベルがいなかったら、たぶん私は夢ラウネにやられていました」 「そう?」 「ええ」 ルベルがくれたのだ。新しい夢を。 「私が今まで冒険者をやっていたのは、単に人気者となりたいだけっていうか……。見栄? みたいなものでしたから」 「今は違うの?」 「今は、ルベルと一緒に冒険をしたいんです」 もちろん、今も胸のどこかでは人気者になりたいというつまらない心が根付いているだろう。 だが、それと同じくらいーーいや、それよりも、ルベルの方が大事に思えてきているのだ。 「まだ出会って日も浅いですし、そんなこと言うと気持ち悪いかもしれませんけど……」 「そんなことないよ! 友達でしょ」 「と、友達!?」 「え? 違うの?」 「あっ、いえ、その、違いません、けど……」 今まで面と向かって友達と言える相手がいなかっただけの話。 「ふふっ。ディーちゃんって、強いし面倒見もいいし、素敵な子だよね。なんでみんな気付かないのかな?」 「まあ、私は誰とも仲良くしてきませんでしたからね」 「自慢にならない〜!」 「えへへ」 そうだ。 今までのアディー・ヒーリだの、インビジブルだのは忘れよう。そんなものに振り回されてもろくなことはない。 自分の隣で、同じ歩幅で歩いてくれる相手がいる。 その事実がアディーの胸にそっと染み渡っていく。 |