|
「う、ん……」 アディーが目を開くと、そこはベッドの上だった。 「あれ?」 何か違和感がある。だが、それが何なのかわからない。 何かがおかしい気がする。だが、何もおかしなところなどないようにも見える。 体を起こす。上等な寝巻きを着ていることに気付いた。こんな服を持っていただろうか? ベッドから起き上がる。そこは広い部屋だった。 赤い絨毯が敷かれ、天井にはキラキラ輝くシャンデリア。ベッドには天蓋までついている。 「……?」 違和感を抱きながらも、アディーは寝室を出る。 「おはようございます、アディー様」 とたん、ロマンスグレーの男性が頭を下げてきた。 「えっ」 「お目覚めのようですね。では、食事の用意を致します。まずはお召し替えを」 「あっ、は、はい」 「はいはーい。あたしが手伝いますねー」 金髪のメイドがアディーの肩を抱く。そのまま寝室に戻され、あっという間に着替えさせられてしまう。 そのドレスは、やたらと華美な装飾に満ちていた。 「あの、この服は?」 「服ですか? ステージ衣装ですけど」 「ステージ衣装!?」 「今日は朝からライブなんですよね? ちょっと早いですけど!」 「あ、あさかららいぶ?」 何の話だ。というか何語だ。 コミュ障ぼっちがライブ? 「ほら、もう外ではみんなが待ち構えていますよ」 窓の外を示す。そこは庭園になっており、人で埋め尽くされていた。 「ッ!?」 「みーんな、アディー様のファンですよ!」 「ふぁ、ふぁん? 私の?」 「ええ。アディー様の美しさと愛嬌があれば、どんな人もイチコロですからね〜」 「あ、あいきょー?」 そんなもの0歳時の頃からなかったが。 「えっと」 「どうしました? アディー様」 「……」 なんだこれは。なんなんだこれは。 全て都合がいい。まるでアディーの夢を叶えるための空間であるかのよう。 何かがおかしい。というかなんもかんもおかしいのだが、それが何なのか、頭がいまいちハッキリしない。 「大丈夫ですよ、アディー様。アディー様のことはみんなが大好きですから。何をしてもしなくても、ぜーんぶ受け入れてくれますから」 「はぁ」 何かがおかしいことは理解できる。 だがーーここは、居心地はよい。 「いいの、かな」 「何も悪いことなどありませんよ、アディー様」 そっと耳元でささやかれると、そんなものかな、という気がしてくる。 そうではないかもしれない。でも、そうかもしれない。 少しずつ、アディーの精神は侵食されていく。 「ふんふふーん♪」 剣の冒険者ーーアレッサは、鼻歌交じりに森を歩いて行く。 と、途中で足を止めた。 「ご機嫌ね」 「あや、親分」 「その呼び方はやめなさいといつも言ってるでしょう」 「親分は親分でしょ」 木陰から姿を現したのは、妙齢の女性だった。黄金色の長髪。上衣は胸元を大きく開いており、谷間が覗いている。そこには銀色のペンダントが輝いていた。 「なんで機嫌がいいの? 誰か殺した?」 「殺しはしたけど、そっちはつまらなかったかな。でも、面白そうな子を見かけたから」 「面白そうな子? あなたが?」 「あはは、親分もワタシをなんだと思ってるのさ? これでも見込みのある冒険者は好きなんだよ」 そう、と続ける。 「命を奪う覚悟のある冒険者は好きなんだ」 「ふうん。あなたの好みはいまだによくわからないわ」 「ふふん。親分は好きだよ?」 「あらありがとう」 「あはは。でも、あの二人……。もしかして死んじゃうかな?」 そんなことを呟きながらも、助けに行くつもりは毛頭ない。 彼女にとって、誰かが死ぬことなどなんということはないのだ。 命を奪う存在こそが冒険者。それが彼女の信条であり、その結果として命が失われたとしても当然のこととして受け入れる。 「まあ、彼女は大丈夫かなぁ。うふふ、どうかしら。アディーちゃん、だっけ?」 彼女は凄腕の冒険者だ。見れば相手の強さがわかる程度の腕はある。 「強い子?」 「なんでか知らないけど、強さを隠してるみたいだね。でも、たぶん彼女は”壁”を越えた子だね」 「それなら、ケベラル大森林程度で死にはしないでしょう?」 「普通ならね。でもあの魔物は、壁を越えた人でもあっさり殺されちゃったりするしねぇ」 「壁を越えた冒険者を殺す魔物?」 「そう。【夢ラウネ】がいたんだよね」 「あら……」 「夢ラウネの厄介なところは、現実で満たされていない者ほど簡単に殺されてしまうこと。でも壁を越えられるほどの冒険者は、えてして何かが満たされていない。だから越えられるとも言える」 「そして、そういう冒険者こそ夢ラウネにはまりやすい、と」 「そういうこと。あのアディーちゃんって子は強さを隠している。つまりは、隠すような何かがあるんでしょ? 全てが満たされている者は隠すこともないわ」 「隠す理由次第では、夢ラウネにはまって逃げられなくなる、と」 「そういうこと」 「なら、助けてあげれば? 将来有望な冒険者は、確かに何人いても困らないわ」 「それはしないよ。冒険者ってのは誰かに助けられるものじゃない」 「……本当に、あなたって面倒な子ね」 「そういう子を雇う親分は頭おかしいんじゃない?」 「いいのよ、あなたは強いもの。強さは全ての基本。強ければ何をしてもいいのが冒険者というものよ」 にやりとアレッサは笑う。 「きゃはっ! 親分のそういうところが好きだよ」 「はいはい。じゃあ、行きましょうか」 「あいあい」 ガサガサと下草を揺らしながら、二人の女は森の中へと消えて行った。 |