きれいな深紅の瞳が印象的な女だ。
 歳の頃はアディーたちより少し上か。亜麻色の髪を頭の横で結び、たらしている。赤い衣は少し汚れているようだ。腰には剣を佩いているが、その他に武装らしきものは見えず、せいぜい小さめの革リュックを背負っているくらいだ。
「あ、人だ。初めまして、アタシはルベルです。こっちはアディー」
「おや、初めまして。こんなところで遭遇するなんて面白いね。ワタシはアレッサ・マウルだよ」
 アレッサはにこやかに笑いながら、握手した。そのまま二人を等分に眺め、
「二人はこんなところで冒険を?」
「はい。アタシ、まだ初心者なもんで……」
「ああ、なるほどね。確かにここは魔物も少ないし、良いかもしれないね」
「アレッサさんはこれから奥地に?」
「ううん、帰るところよ。今日は気晴らしに散歩していただけだから」
「散歩!? ここ未開拓地域ですよ!?」
「でもたいした魔物もいないしねぇ」
 くすくすと笑ったアレッサは、
「あなた、初心者なら大丈夫? 多くはないとはいえ、魔物も出るけれど」
「あ、アディーもいるので」
「ふうん。彼女、強いの?」
「はい! アタシよりずっと強いです」
「なるほどね。それなら、まあ死ぬことはないかな。それでもこの先は危ない魔物もいるから、気をつけてね」
「あっ、はい。ありがとうございます」
「それじゃ〜」
 アレッサは手をひらひら振ると、そのまま開拓地域の方へ歩き去った。
 その間、ずっと木陰に隠れていたアディーは、ようやく顔を出す。
「……ディーちゃん。せめてアタシの後ろに隠れて? それじゃあ失礼でしょ」
「あっ、えっと、すみません」
 対人能力皆無のアディーにとって、知らない人と接する機会なんてぶっちゃけ拷問。
「でも、スゴい人だよね。一人で、しかも未開拓地域を散歩できるなんて」
「ええ、まあ、今の人は強いと思いますよ」
「へー、そういうのってやっぱり分かるんだ?」
「見ただけで強さが分かるわけじゃないですけど、今の人は分かるというか」
 アレッサが立ち去った方向を眺めながら、アディーは言う。
「少し……。匂いが、したので」
「匂い?」
「いえ、気にしないでください」
 勘違いだろうか。いや、そんなことはない。
 今のは間違いなく血の匂いだ。
 もちろん、魔獣を殺せば返り血を浴びることになる。冒険者の服装に血液の汚れなんて珍しくもない。
 だが、気にかかるのはーー獣の匂いはしないことだ。
「……」
 なんとなく。本当になんとなくなのだが、危険な匂いがする。
 とはいえ、彼女もすでに立ち去っている。それほど注意することもないだろうか。
「どうしたの?」
「いえ、なんでもありません」
 意識を振り切り、アディーはルベルと共に歩き出した。
 結局、最後までアディーたちが遺体に気付くことはなかった。

☆   ☆   ☆   ☆


 二人分の死体が森の中に転がっている。
 そんな死体に、うねうねと木の根が近づいていく。
 否、それは根っこではない。木の根は血液を求めてうごめいたりしない。
 それは、根に似た魔物の触腕。流れ出た血だまりに、崩れ落ちた死体に絡みつき、その血液を吸い上げる。
 遺体の砕けた顔に、切り取られた腕に入り込み、体内に残る血液までをも丁寧に丁寧にすすっている。
 真っ赤な血液を吸い上げ、魔物は嬉しそうにうごめいている。

☆   ☆   ☆   ☆


 花を探しながら森を歩いている二人は、密林の中で足を止めた。
「なんだろう? 良い匂いがするね」
「そうですね。なんだっけな、この匂い……」
 二人でくんくんと匂いを嗅いでいく。その大本は、少し先に隠れていた。
「うわっ、何これ!?」
「ああ、そうか。これはドミニックという樹の花ですね」
 そこに咲いていたのは、人の頭ほどもある大輪だった。白い花弁は幾層も重なっており、強烈な香りを撒き散らしている。
 大きな樹の中ほどに咲いた花は、まるでキノコか何かのようにも見えた。
「この花も何かの薬草?」
「いいえ、ドミニックはむしろ毒草ですね。食べるとお腹壊します」
「うげぇ。それは嫌だなぁ」
「それというのも、ドミニックは僅かながら、闇の魔力を保有している珍しい花なんです。そのせいか、ドミニックを好む魔物もいます」
「……それってつまり?」
「はい、ここ、魔物の群生地です」
「そーゆーのは先に言うことじゃ!?」
「大丈夫ですよ。今は魔物の気配もありません」
 そう、魔物がいるなら、すでにアディーの探知能力で察知できている。理由は分からないが、近くに魔物はいないようだ。あるいは、先ほどの冒険者ーーアレッサが片付けたのかもしれない。
「ただ、魔物が寄り付く場所ではあるので、早めに移動した方がいいですね」
「りょーかーい」
 そう言いながら、ルベルは無造作に一歩を踏み出す。
 その一歩目に、足元が崩れた。
「ッ!?」
「ルベルッ!?」
 地面に見えていたのは、重なった木の根。それが体重で崩れたのだ。
「きゃあああああ!?」
「ルベル!!」
 慌てて追いかけるアディー。そのまま二人は、薄暗い奈落へと落ちて行った。