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「えっと、準備はできましたか?」 「うん! ばっちり!」 元気な笑顔を見せるルベルに、アディーもつられて笑ってしまう。彼女の笑顔は、人を笑顔にする笑みだ。 今日のルベルは、リュックを背負い、手には短杖を握っている。アディーはいつも通り、身軽なポーチと厚手のグラブで武装しているのみだ。 「今度は失敗しないわよ!」 「いやまあ、失敗はすると思いますけど……」 「もう、ディーちゃんたら!」 ぷんすかと口では言っているものの、ご機嫌な様子だ。 それもそのはず、改めて装備を買い直したルベルと共に、今日はきちんとした冒険に出る予定なのだ。 二人がいるのは未開拓地域の中でも外れている箇所。ケラベル大森林と呼ばれる場所だ。 ケベラル大森林は果ての見えない木々が続く森林地帯。魔物の数もそれなりだが、野草や貴重な植物が手に入るため、冒険者がよく出入りしている場所でもある。 「ここは大森林の端ですから、それほど危険な魔物もいません。最初はここでシャマの花を採取したいと思います」 「シャマの花?」 「主に内臓疾患に効く花です。栽培が難しいため、自生している花を摘む必要があります。ケベラル大森林では珍しくない花ですから、それほど高値というわけではありませんけど」 「なるほど〜。ディーちゃんっていろんなことを知っているのね」 「それはまあ。冒険って、つまるところ知っているか知らないか、ですから」 魔物の挙動。魔獣の習性。危険な動植物、地域の特徴。 それによって装備も変わるし、場合によってはメンバーも変わる。知らないことは冒険者にとって死活問題なのだ。 「私は言うほど優秀な冒険者ではありませんけど、基本的なことは知っています。ひとつずつ覚えていきましょう」 「はーい!」 元気に言うルベルと共に、二人は森に足を踏み入れた。 森の中に、一人の冒険者がたたずんでいる。 まだ若い女だ。武器は手に握った剣のみ。一人で冒険するにはあまりに軽装だが、彼女は気にした風でもない。 「……退屈、だねぇ。最近の冒険者はダメだ」 つぶやいて、女は剣を振るう。剣先についた血糊が飛び散り、木々を赤く染め上げる。服にも返り血が付いていたが、女は気にも留めていない。 女は足元の死体を蹴飛ばし、ついでに持っていた金貨を手にした。 そこに転がっていたのは、成人男性の死体だった。両腕を切り落とされ、足はありえない方向に曲がっている。 「悪党ならもうちょっと小金を持ってるかと思ったけどー、それもないし。楽しくないない」 女は死体の頭を踏みにじると、そのまま踏み潰した。ぐしゃりと頭蓋骨が砕け、血と脳しょうが飛び散る。 「ねえ、そう思わない? お嬢さん」 その目が、太い樹木に縛られた獣人の女に向けられる。ひっ、と獣人は悲鳴をあげるが、冒険者の女は気にしない。 「今の冒険者にはね、殺意が足りないよ。そもそも冒険者ってのは魔物を駆逐するための存在だ。お宝はその副産物に過ぎない。なのに、今の冒険者は宝探しが仕事だと勘違いしている。そうじゃないだろう? ワタシらの使命は命を奪うことだ、うん? 違うかい?」 獣人の女は言葉も出せず、ただ首を振ることしかできない。 「やめ、や、殺さないで……」 「殺さないで、か。ははは、ワタシの話を聞いていた? 冒険者ってのはね、命を奪ってなんぼなの。命を生かす仕事がしたきゃ、町にいればいいんだよ」 ばっ、と両手を広げる。 「冒険者は! 魔を狩る者だ! 命を奪うことで感謝されなければならない!! それができない連中は、冒険者なんて向いてないのさ!!」 ずい、と冒険者の女は獣人に顔を近づける。 「あんたらみたいな小悪党ってのはさ。だからつまり、冒険者ではないわけだよ」 「ご、ご、ごめんなさ……」 「その台詞は君たちが騙した相手に言いな?」 ぱしん、とデコピンひとつ。 獣人の女は頭が砕け、特徴的だった獣の耳がぽとりと地面に落ちた。 「あーあ、退屈だ」 手についた血を舐めとりながら、女は呟いていた。 「ディーちゃんこれ!?」 「それはフィーラ草です」 「じゃあこれ!?」 「そっちはリアテの花です」 「あ、じゃあこれだ!」 「惜しい、それはシャマの花によく似たリャマの花です」 「もうっ! じゃあどれよ!?」 「これですね」 つい、とアディーが差し出したのは、花まで緑色の珍しい植物だ。 「もう、似たような花がこんなにたくさんあるなんて……」 「ちなみにフィーラ草は虫下しに、リアテの花は胃痛に効きます」 「じゃあリャマの花は?」 「眺めると綺麗と評判らしいです」 「役に立たないじゃん!」 「まあ、全ての植物に薬効があるわけではないので……」 「そりゃそうだけど〜」 アディーとルベルは、二人で森を探索中だ。 森林はあちこちに珍しい植物がある。それらひとつひとつを鑑定しながら歩けば時間もかかるが、目を養うにはちょうどいい。 「シャマの花とリャマの花は、花弁は似ていますが、茎が少し違います。リャマの茎には産毛がありますから」 「あっ、本当だ」 「シャマの茎はつるつるとしています。これが見分けるポイントですね」 「すごいなぁ。冒険者って、そんなに細かいところまでチェックしてるのね」 「それは、まあ、人にもよりますが。大雑把に採集して、仕分けを仲間に任せる人もいます」 ちなみに、そういう雑用を任せられることが多かったのはアディー・ヒーリという冒険者である。 そのおかげで、鑑定眼は養われたが。 「ただ、むやみに触れるのは控えてくださいね。中には見にくいトゲがある毒草とか、草花のかげに隠れるタイプの魔物とかもいますから」 「うえぇ。そうなの?」 「ええ。特に植物タイプの魔物は、よく草花に潜みます。自らは積極的に動きませんが、不用意に入ってきた冒険者を捕まえ、殺して栄養にするんです」 「極悪じゃん」 「まあ、命のやり取りですから……」 「……うん。わかった、気をつける」 太い木の根に足をかけながら、ルベルは言う。素直な新人に、アディーも笑みをこぼした。 「まあ、ケベラル大森林の入り口付近に、それほど危険な魔物がいるはずはないです」 「さっきも言ってたね。やっぱり魔物って奥地の方が強いんだ?」 「そうですね。その点はまだ解明されていませんが、一説には、未開拓地域の先に闇の魔力がわだかまる場所があるとか。そこから近いほど強い魔物が生まれる、と言われています」 「でも冒険者は奥地を目指すのね」 「正確には、伝説の秘宝を探している、でしょうか」 「秘宝伝説、か」 冒険者であれば知らない者はいない。 いわく、かの地にはあらゆる願いを叶える秘宝があり、それを手にしたものはどんな願いでも叶えられるという。 それがただの伝説ではない証拠が、開拓地域という存在だ。 「かつて、世界最高の冒険者ーーチュールという人物が、秘宝を手に入れたと言われています。彼女は秘宝の力を使い、光の一族が平和に過ごすことのできる理想郷を作り出した」 「それが開拓地域、って話だっけ」 「まあ、千年以上も前の話ですし、どこまで本当かは分かりませんが」 「それでもみんな、秘宝を目指すんだ」 「……まあ、現実には冒険で一攫千金を狙っているだけの人も多いですけどね。本当に夢を追いかけている冒険者は、いくらもいないかもしれません」 「そういうものかぁ」 「そういうものですよ。……ん?」 アディーが足を止める。視線は木々の向こう側へ向いていた。 鬱蒼とした森である。その先に何があるかなど、見通すことはできない。 だが、アディーの五感は、その存在を感じ取っていた。 「どうしたの?」 「人の気配が」 「人? すみませーん。誰かいますかー?」 ルベルが声をかけると、木々の間から一人の女が姿を現した。 剣を佩いた、赤い衣の女だった。 |