「えっと、準備はできましたか?」
「うん! ばっちり!」
 元気な笑顔を見せるルベルに、アディーもつられて笑ってしまう。彼女の笑顔は、人を笑顔にする笑みだ。
 今日のルベルは、リュックを背負い、手には短杖を握っている。アディーはいつも通り、身軽なポーチと厚手のグラブで武装しているのみだ。
「今度は失敗しないわよ!」
「いやまあ、失敗はすると思いますけど……」
「もう、ディーちゃんたら!」
 ぷんすかと口では言っているものの、ご機嫌な様子だ。
 それもそのはず、改めて装備を買い直したルベルと共に、今日はきちんとした冒険に出る予定なのだ。
 二人がいるのは未開拓地域の中でも外れている箇所。ケラベル大森林と呼ばれる場所だ。
 ケベラル大森林は果ての見えない木々が続く森林地帯。魔物の数もそれなりだが、野草や貴重な植物が手に入るため、冒険者がよく出入りしている場所でもある。
「ここは大森林の端ですから、それほど危険な魔物もいません。最初はここでシャマの花を採取したいと思います」
「シャマの花?」
「主に内臓疾患に効く花です。栽培が難しいため、自生している花を摘む必要があります。ケベラル大森林では珍しくない花ですから、それほど高値というわけではありませんけど」
「なるほど〜。ディーちゃんっていろんなことを知っているのね」
「それはまあ。冒険って、つまるところ知っているか知らないか、ですから」
 魔物の挙動。魔獣の習性。危険な動植物、地域の特徴。
 それによって装備も変わるし、場合によってはメンバーも変わる。知らないことは冒険者にとって死活問題なのだ。
「私は言うほど優秀な冒険者ではありませんけど、基本的なことは知っています。ひとつずつ覚えていきましょう」
「はーい!」
 元気に言うルベルと共に、二人は森に足を踏み入れた。

☆   ☆   ☆   ☆


 森の中に、一人の冒険者がたたずんでいる。
 まだ若い女だ。武器は手に握った剣のみ。一人で冒険するにはあまりに軽装だが、彼女は気にした風でもない。
「……退屈、だねぇ。最近の冒険者はダメだ」
 つぶやいて、女は剣を振るう。剣先についた血糊が飛び散り、木々を赤く染め上げる。服にも返り血が付いていたが、女は気にも留めていない。
 女は足元の死体を蹴飛ばし、ついでに持っていた金貨を手にした。
 そこに転がっていたのは、成人男性の死体だった。両腕を切り落とされ、足はありえない方向に曲がっている。
「悪党ならもうちょっと小金を持ってるかと思ったけどー、それもないし。楽しくないない」
 女は死体の頭を踏みにじると、そのまま踏み潰した。ぐしゃりと頭蓋骨が砕け、血と脳しょうが飛び散る。
「ねえ、そう思わない? お嬢さん」
 その目が、太い樹木に縛られた獣人の女に向けられる。ひっ、と獣人は悲鳴をあげるが、冒険者の女は気にしない。
「今の冒険者にはね、殺意が足りないよ。そもそも冒険者ってのは魔物を駆逐するための存在だ。お宝はその副産物に過ぎない。なのに、今の冒険者は宝探しが仕事だと勘違いしている。そうじゃないだろう? ワタシらの使命は命を奪うことだ、うん? 違うかい?」
 獣人の女は言葉も出せず、ただ首を振ることしかできない。
「やめ、や、殺さないで……」
「殺さないで、か。ははは、ワタシの話を聞いていた? 冒険者ってのはね、命を奪ってなんぼなの。命を生かす仕事がしたきゃ、町にいればいいんだよ」
 ばっ、と両手を広げる。
「冒険者は! 魔を狩る者だ! 命を奪うことで感謝されなければならない!! それができない連中は、冒険者なんて向いてないのさ!!」
 ずい、と冒険者の女は獣人に顔を近づける。
「あんたらみたいな小悪党ってのはさ。だからつまり、冒険者ではないわけだよ」
「ご、ご、ごめんなさ……」
「その台詞は君たちが騙した相手に言いな?」
 ぱしん、とデコピンひとつ。
 獣人の女は頭が砕け、特徴的だった獣の耳がぽとりと地面に落ちた。
「あーあ、退屈だ」
 手についた血を舐めとりながら、女は呟いていた。

☆   ☆   ☆   ☆


「ディーちゃんこれ!?」
「それはフィーラ草です」
「じゃあこれ!?」
「そっちはリアテの花です」
「あ、じゃあこれだ!」
「惜しい、それはシャマの花によく似たリャマの花です」
「もうっ! じゃあどれよ!?」
「これですね」
 つい、とアディーが差し出したのは、花まで緑色の珍しい植物だ。
「もう、似たような花がこんなにたくさんあるなんて……」
「ちなみにフィーラ草は虫下しに、リアテの花は胃痛に効きます」
「じゃあリャマの花は?」
「眺めると綺麗と評判らしいです」
「役に立たないじゃん!」
「まあ、全ての植物に薬効があるわけではないので……」
「そりゃそうだけど〜」
 アディーとルベルは、二人で森を探索中だ。
 森林はあちこちに珍しい植物がある。それらひとつひとつを鑑定しながら歩けば時間もかかるが、目を養うにはちょうどいい。
「シャマの花とリャマの花は、花弁は似ていますが、茎が少し違います。リャマの茎には産毛がありますから」
「あっ、本当だ」
「シャマの茎はつるつるとしています。これが見分けるポイントですね」
「すごいなぁ。冒険者って、そんなに細かいところまでチェックしてるのね」
「それは、まあ、人にもよりますが。大雑把に採集して、仕分けを仲間に任せる人もいます」
 ちなみに、そういう雑用を任せられることが多かったのはアディー・ヒーリという冒険者である。
 そのおかげで、鑑定眼は養われたが。
「ただ、むやみに触れるのは控えてくださいね。中には見にくいトゲがある毒草とか、草花のかげに隠れるタイプの魔物とかもいますから」
「うえぇ。そうなの?」
「ええ。特に植物タイプの魔物は、よく草花に潜みます。自らは積極的に動きませんが、不用意に入ってきた冒険者を捕まえ、殺して栄養にするんです」
「極悪じゃん」
「まあ、命のやり取りですから……」
「……うん。わかった、気をつける」
 太い木の根に足をかけながら、ルベルは言う。素直な新人に、アディーも笑みをこぼした。
「まあ、ケベラル大森林の入り口付近に、それほど危険な魔物がいるはずはないです」
「さっきも言ってたね。やっぱり魔物って奥地の方が強いんだ?」
「そうですね。その点はまだ解明されていませんが、一説には、未開拓地域の先に闇の魔力がわだかまる場所があるとか。そこから近いほど強い魔物が生まれる、と言われています」
「でも冒険者は奥地を目指すのね」
「正確には、伝説の秘宝を探している、でしょうか」
「秘宝伝説、か」
 冒険者であれば知らない者はいない。
 いわく、かの地にはあらゆる願いを叶える秘宝があり、それを手にしたものはどんな願いでも叶えられるという。
 それがただの伝説ではない証拠が、開拓地域という存在だ。
「かつて、世界最高の冒険者ーーチュールという人物が、秘宝を手に入れたと言われています。彼女は秘宝の力を使い、光の一族が平和に過ごすことのできる理想郷を作り出した」
「それが開拓地域、って話だっけ」
「まあ、千年以上も前の話ですし、どこまで本当かは分かりませんが」
「それでもみんな、秘宝を目指すんだ」
「……まあ、現実には冒険で一攫千金を狙っているだけの人も多いですけどね。本当に夢を追いかけている冒険者は、いくらもいないかもしれません」
「そういうものかぁ」
「そういうものですよ。……ん?」
 アディーが足を止める。視線は木々の向こう側へ向いていた。
 鬱蒼とした森である。その先に何があるかなど、見通すことはできない。
 だが、アディーの五感は、その存在を感じ取っていた。
「どうしたの?」
「人の気配が」
「人? すみませーん。誰かいますかー?」
 ルベルが声をかけると、木々の間から一人の女が姿を現した。
 剣を佩いた、赤い衣の女だった。