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月明かりの中、月光洞窟の狭い入り口からは、ほのかな光が漏れていた。 中に入ると、洞窟特有のひんやりとした空気が漂う。周囲は青白い光に照らされ、足元もよく見える。 「久しぶりに来ましたけど、やっぱりここは不思議ですね」 見渡しながら、アディーは言う。 前のキャラバンでもこの洞窟を訪れたことはあるが、へんてこな洞窟だ。 普通の洞窟系ダンジョンなら昼間も夜間も関係ない。明かりを照らしながら慎重に進まねばならないのが常。 一方で月光洞窟は、月明かりが入るわけでもないのに、夜間だけ青白く光る苔が充満している。歩きやすくなる一方で、魔物たちも夜間は活発に動くのが特徴だ。 「目当ては最奥の月光石です。お願いします」 「はい」 前後に並んだ形で、二人は洞窟の奥へと進んでいく。 後ろについたアディーは周囲を警戒しつつ、 「月光石ですか。何に使うんです?」 「素材ですよ。いい道具を作る素材に」 「へえ」 月光石。この洞窟特有の、特徴的な魔力を放つ魔法石だ。 決して魔力含有量は多くなく、まともな魔法実験に使えるような代物ではない。だが、特殊な魔力は一部の魔法材料に使用されることがある。 途中で現れる魔物は決して多くなかった。まだ宵の口だからだろう。 しばし道なりに進むと、開けた空間に出た。天井は高く、さすがの月光苔でも照らしきれていない。 両サイドには水が流れており、澄んだ空気が流れていた。空間のあちらこちらには石柱が並んでいる。 「ああ、これです」 それらのひとつを観察していた少女は、手にした小型のつるはしで石を砕いた。 ぽろりと転がった石は、満月のような色合いをしている。苔の光に照らされ、きらきらと輝いて見えた。 「じゃあ、さっさとオサラバしましょう」 「そうもいかないみたいですよ」 周囲を警戒していたアディーは気づいていた。 アディーたちが入ってきた入り口側。ぞろぞろと並んで来たのは、子供ほどの背丈しかない魔物の群れ。 麻痺マタンゴだ。 「10以上はいますね」 「気持ち悪ぅ……」 毒々しい笠に、のっぺりした胴体。短い手足を動かしながら歩く姿は、さながら亡者の群れ。 「あんなのに付き合ってられませんね。アディー、この薬を」 「はい?」 渡されたのは青い液体の入った小瓶だった。 「麻痺毒に対する耐性を高める薬品です。飲んでおいてください」 「わかりました」 ごくん、と小瓶の中身をあおる。 全身が熱くなり、ほんわりとーー光った。 「光った!?」 そりゃ魔力が行き渡れば全身が光って見えることもあるけど……。 「こ、これ耐性薬じゃなくて発光薬でしょ! 飲む薬じゃありません!!」 そう、これは研究などで使う薬だ。対象を光らせることで観察しやすくする魔法薬。間違っても飲んではいけないやつ。 「って、あれ? サフィさん?」 気づけば相方の姿もない。まさかはぐれたか、そう思った次の瞬間、 「ッ!!」 マタンゴたちの群れ。その向こう側に、小柄な少女の姿が。 「ま、まさか……。押しつけたー!?」 確かに麻痺マタンゴは面倒な相手だ。先日のリビングメイルなどと違い、状態異常が主な戦術。 サフィの戦術は槍による突撃が主なので、間違いなくリビングメイルよりはやりにくい相手だけども。 「それにしたって押しつけとか! ひどくないです!?」 ダンジョンなどではたまに発生する事態だ。魔物は目についた人間に対して襲いかかるので、別のキャラバンを前衛にして逃げ切ると、魔物のターゲットが変わることがある。 俗に言う押しつけ。もちろん冒険者同士でも褒められたことではない。 「まったくもう。ただまあ、誰も見ていないなら」 アディーは魔石を口にくわえ、ごくりと飲み下す。 「覚悟を決めるだけです」 翌朝。ルベルが自宅で朝食を作っていると、扉が開いた。 「あ、ディーちゃん、おかえ、り?」 帰ってきたアディーは、何故だかズタボロだった。 「ディーちゃん!? だ、だ、大丈夫!?」 「な、なんと、か……。ルベル、エミリー、さんに頼んで……。解毒薬、を……」 言うだけ言って、ばたん、と倒れるアディー。ルベルは慌てて姉を呼ぶと、すぐさま麻痺に効く解毒薬をアディーに飲ませた。 しばし待つと、薬が効いてきたのか、アディーの顔色も良くなってきた。 「ふう。助かりました」 「どうしたの、ディーちゃん。麻痺マタンゴにやられた?」 「麻痺マタンゴにもやられましたけど、それ以上に、サフィさんにやられました」 アディーは事の顛末を話し、 「さすがに麻痺マタンゴを30近く倒すと、麻痺を貰わないわけにはいかなくて……」 結局、最初に現れたマタンゴを蹴散らしても、後から後から湧いてきた。それらを蹂躙しながらなんとか洞窟を脱出することはできたが、時間を置いて麻痺が効いてきたのだ。 「解毒薬は全部サフィさんが持っていましたから、解毒もできず……。やっぱり少しは回復魔法も使えないとつらいですね」 「はぁ。まあ、ディーちゃんが無事に帰ってこられてよかったよ」 ぎゅっ、と抱き締めるルベル。その暖かさに、アディーも少しだけ顔が綻ぶ。 「それにしても、魔物の押しつけか。やっぱり良くない子に目をつけられたのね」 「良くない子?」 「最近、手配書が回ってるのよ。正体不明のアウトロー。たぶん、それがサフィって子なのね」 エミリーは先日のチラシをアディーにも見せつつ、 「姿は自在に変えられるというし、今ごろは別の姿かもしれないけどね。窃盗も詐欺も、下手をすれば殺しだって平気でやりかねない相手。アディー、あなたは人がいいから気を付けなさい」 「……はい」 確かに、月光洞窟で解毒薬もないままでは、いつ死んでもおかしくなかった。脱出できたのは、ひとえにアディーが強いからだ。 まともな冒険者なら、麻痺毒で動けなくなり、そのまま魔獣に食われていただろう。 理屈はわかる。だが……。 「あの人がそんなことをするなんて、思いませんでした」 花の塔で報酬をくれたサフィと、月光洞窟で同行したサフィの像がいまいち合致しない。 アディーの知るサフィは、悪いこともするけれど、義理を通さないような真似はしない子だ。魔物の押しつけなんて一番危険な行為、とてもするようには思えないがーー。 「まあ、悩んでもしょうがないね。ほら、朝食にしよ」 「……そうですね」 自分の足で立ち、アディーは首を鳴らす。 だが、その胸の中には、小さなわだかまりができていた。 サフィ・ステラはいつだって一人だ。 友達などいない。同行者もいない。どこに行くにも、何をするにも、たいがい一人だ。 それで問題はなかった。敵にやられたことだってないし、必要なものが手に入らなかったこともない。 どんな問題も一人で解決してきた自負。それゆえ、彼女は誰かを求めたこともない。 だというに。 「……」 手にした三叉槍で敵をなぎ払う。狼のような魔獣は、そのまま動かなくなった。 「面白くない」 自分自身の感情が動いているという事実。それを認めたくないばっかりに、獣に対してやつあたりするしかないという現状。 何もかも、面白くない。 くるんと槍を一転させ、サフィは空を見上げる。 木々の合間から漏れる日差し。その中にいると、不思議と気持ちが落ち着いてきた。 「ふん」 サフィは魔槍を右手に持ち変え、木に足をかけた。そのまま、ぐっと力をこめる。 「ふっ!」 木を駆け登る。そのまま森の上に飛び出した。 木の上に飛び乗り、思いきり日光を浴びる。 見渡せば、どこまでも続く森だ。密林からはぎゃあぎゃあと怪鳥の鳴き声が響き、そこかしこで獣の叫びが木霊する。 そんな森を見渡していると、ここが自分の居場所だ、という気がしてくる。 「そうですよ。ボクはそういう存在なんです」 ぽつりとこぼしたサフィは、ふと、木の上に怪鳥の巣を見つけた。 【日照イーグル】の巣だ。親鳥の姿はなく、巣には卵が残されている。 「ちょうどいい」 サフィはこっそりと巣に近づき、卵を二つばかり貰うと、そのまま一気に飛び降りた。 後ろからぎゃあぎゃあ、鳥の鳴き声が近づいてくる。だが、サフィは気にも留めていなかった。 今は卵料理と、それを食べる相手の顔しか考えていないから。 |