「んー。まずいねえ」
 くるんと槍を振り回し、シャルエンテはつぶやいた。
 変装魔法は解除し、今は本来の姿ーー兎耳の獣人モードだ。槍を武器に、かなり身軽な装備をしている。
 シャルエンテは商人だ。だが、決して戦闘力も低いわけではない。少なくても、敵の存在を確認できていない花の塔へ探索に出向ける程度の戦闘力はある。
 だが、それでもサフィには劣る。忌み児としての力を持つサフィは、別格の強さがあるのだ。
 今はそこそこ戦闘をやり過ごしながら進んでいるので、効率もあまり良くない。このままではサフィに追いつかれるのも時間の問題だ。
「サフィ以外が追ってきてる、なんてのは……。甘すぎだよねぇ」
 彼女以外に、花の塔にまつわる秘密を知っている者は多くないはず。今このタイミングで襲撃してくるくらいなのだから、まあ彼女だろう。
 サフィと正面きっての戦闘はシャルエンテとて避けたい。
「ま、前に進むっきゃないわね」
 しばらくダンジョンを探索したおかげで、このダンジョンの特徴はすでにつかみつつある。
 あとは魔法で解決するのが早いか。
「術式展開」
 シャルエンテの足元に魔方陣が描かれる。
 青い光を放つそれは、やがてクルクルと回転し始めた。
音波探索ミュージカル。コール」
 人間の耳では捉えられないような、些細な音。それも兎以上の聴覚を持つシャルエンテならば聞き取ることができる。
 音の広がりを調べることで、シャルエンテはダンジョンの構造を調べることができるのだ。音の情報と、ここまでの探索結果を合わせるとーー。
「たぶん、この下かな」
 やけに広い空間。おそらくは魔物が一匹だけーー守護獣のようなものだろう。
「さーて。お宝、いただいちゃりましょう」

☆   ☆   ☆   ☆


 迷宮を奥へ奥へ。ゴーレムたちと手分けして探索すれば、シャルエンテがいない場所も判断がつく。
 そうして辿り着いた場所は、背丈の5倍ほども高さのある、巨大な扉の前だった。
 扉の表面は花の模様だろうか、何かのレリーフが刻まれている。
「まさかこの中に入ったの?」
「まだゴーレムたちは探索中ですが、可能性は高いですね。そして、この大きな扉。宝物庫の可能性は高いです」
「そうですね。保管庫なら他の部屋より大きなものを出し入れしやすいように作る」
「でも、このでっかい扉……。どうやって開けたの? というか、どうやって閉めたの?」
 そう、扉は特に鍵も見当たらないが、そもそもでかすぎる。三人で押してもビクともしない。
「シャルエンテは特別に怪力というわけでも、ゴーレムが得意というわけでもないはずです。となれば、何かしら魔法的な仕掛けがあるはずですが……」
「そうなると、怪しいのはレリーフですね」
 そう、普通のダンジョンであれば、レリーフをいじったり何かをかざしたりすることで反応する。魔法の仕掛けと言えど、結局は人間が操作することを目的に作ったものだ。人間が操作できないような仕掛けを作ることはまずない。
 だがーー。
「さすがにノーヒントで解くのは難しいですね」
「古文書とかは」
「持ってませんし、持っていても読み解ける人材がいないでしょう」
 どこかに押したりできる突起があるわけでもなく、レリーフもただの飾りにしか見えない。他に特徴的なところがあるわけでもない。
「おかしい……。シャルエンテは開けられたはずなんです」
「まさか、【邪魂の像シードル】が必要ってことは?」
「……可能性が、ないとは言えません。そもそもこの最下層は邪魂の像シードルで入り口が封鎖されていました。像が鍵となっている可能性は否めません」
「でも、それじゃあシャルエンテを止められないってことじゃ?」
「……」
 サフィも答えられない。正解は誰も知らないのだ。
 アディーはじっと扉を見つめる。本当に、像がないと開かないのだろうか。
 扉の周囲に視線を移す。ところどころに石柱が並び、床も天井も日干しレンガで組まれている。少し砂っぽく感じるのは、土の中だからだろうか?
「……城」
「はい?」
「確か、研究者はここをお城だって言っていたんですよね」
「え? ええ。もっともそれも正解かどうかは分かっていません。単に花の塔が全体ではない、ということを例えて言っただけとも取れますし」
「あの、もしかして……。ここ、神殿じゃないでしょうか」
「神殿?」
 アディーは周囲の柱を指差し、
「お城と言われればそうなんですけど、普通、お城系のダンジョンってもっと人間が居住する作りじゃないですか。なのにここは日干しレンガで、全体的に砂っぽいというか埃っぽい。柱も、よくよく見ると神様みたいのが彫り込まれています」
「そういえば……。でも、それが何か?」
「だから像が必要なんじゃないかなって。つまり、この扉を開けられるのは”信者”だけなのかな、と」
「なるほど、理屈には合いますが……。それだと、信者の証として像が必要なのかもしれませんね」
「はい。でも、信者であることを示すだけなら、何も像がなくてもいいんじゃないかな、と」
「……?」
 アディーは扉に触れる。
「まっとうな宗教の信者なら隠れる必要はないと思います。像で示さねばならないこと……。神殿すら隠さねばならないような者……。まあ、未開拓地域のダンジョンに理屈なんて合わないかもしれませんけど……」
「なんですか。やれることがあるならとっととやってください」
「あっ、は、はい。あの、サフィさん、扉に触っていてください」
「はい?」
 アディーも扉に触れながら、そっとポーチの魔石を握り潰す。
「ふっ!」
 ぐっ、と扉を押してみる。すると、今度は扉が自ら開いていく。
「っ!?」
「たぶんこの扉、闇の魔力に反応するんです。ここは闇の一族の神殿なんですよ」
「そういうことか……!! シャルエンテの像は月光石で作られている! 闇の魔力を含むんですね!」
 ゴゴゴ、と扉が開いていく。その先にルベルが魔法光を放り込んだ。だが、ルベルの放つ弱々しい光では全体を照らしきれない。
「気をつけて、どこからシャルエンテが仕掛けてくるか分かりません」
「そうですね」
  中に入ったサフィは、大きな魔力光を生み出す。その光が室内を広く照らしーー。
「……シャルエンテさんより先に、あれ、倒さないといけないかもです」
 その相手は探すまでもなく、目の前にいた。
 最初は壁かと思った。だが、よくよく見れば違うとわかる。
 そう、それは石像だ。それも、とてつもなく巨大なーー家ほどもある、巨大な人型の魔物だ!
「守護者のお出まし、というわけですか」
 冷や汗ひとつ。サフィは槍を握り直した。