サフィが気を失ったことに、アディーは気付いていた。
「……」
 ごくりと喉を鳴らす。武闘家である彼女にとって、岩石生命体は非常に倒しにくい相手だ。物理で殴るのが主な戦法であるだけに、物理が通じない相手とは、本音で言えば戦いたくない。
 だが、このままではサフィが握り潰される。そう思った時には、体が動いていた。
 ポーチから魔石を取り出し、口の中に放り込む。ごくんと飲み下せば、全身に闇が満ちてくる。
「ルベル!! なるべく部屋の隅に逃げてください!!」
「わ、わかった!!」
 返事を耳にしながら部屋を駆け抜ける。まずはサフィのもとへ!
「崩拳ッ!!」
 闇の魔力を込めた、全力打撃。サフィをつかんでいた掌が砕け、解放される。
「っと!」
 その小さな体を抱き止める。抱えていると、こんなに小さかったのかと驚いてしまう。
「あんなに大きく見えたのに……」
 尊大で、常に自信があるような態度をしている。そのせいで、彼女はいつだって大きく見えていた。
 でも違う。彼女は小さな女の子なのだ。
 守りたいと、素直に思えるような。
「っ!!」
 大きくとびのいたアディーは、サフィを隅に横たえた。
「トリアイナ、サフィをお願いします」
「NAI」
 くすりと笑う。槍だけで彼女を守れるわけではないだろうが、トリアイナは守ると約束してくれた。
 なら、自分は全力でーーこの困難を打ち砕くだけだ。
 じり、と距離を測る。今の敵は、石像型のスピリットと、腕型のスピリット。砕けば砕くだけ細かくなるスピリットは、破壊したところで敵が増えるだけだ。
 そう、スピリットを倒すコツはひとつ。奴らのコアを破壊すること。
 ガーゴイルなどに近しい魔物であるスピリットは、同じように群体を維持するためのコアが存在し、それが魔石を守っている。コアさえ破壊してしまえば魔石が露出し、群れの操作はできなくなるはずだ。
 問題は、コアとなる石もそうでない石も、見た目はまったく変わらないということ。
 正確には魔石大のサイズはあるはずなので、粉微塵にしてしまえば倒すことはできる。だが、現実問題として素手のアディーでは無理だ。
 何か、異質なものを見極める方法……。
「っ!!」
 そうだ、と思い当たる。今ならその方法はポーチの中にある!
 覚悟を決めたアディーは、突撃した。転がった床石の破片をひっつかみ、思いきり投げつける。
 投石によって欠けた体。そこに、魔力をまとった拳を思いきり叩きつけた。
 欠けた石を中心に、かすかに亀裂が入る。だが、さすがに固い。サフィより打撃力のあるアディーをもってしても、一撃で粉砕というわけにはいかない。
「くっ!」
 すぐさま離脱。一打即避ヒット&アウェイなら、鈍足のスピリットから攻撃を貰うことはない。
「ふっ!!」
 息を吐きながら、同じところに打撃を加える。4打目にして、体の亀裂が大きくなった。
 そのまま、スピリットの体を踏み台に一回転!
高蹴腿ガオチーツイ!!」
 爪先に魔力を込めたハイキック。体重も乗せた一撃で、ゴーレムの全身が破砕する。
「今っ!」
 アディーはポーチに手を突っ込むと、目当てのレンズを取り出した。
 それは、サフィからリビングメイル討伐で貰った報酬。話の通りなら、このレンズは魔力の質が異なる存在を見極められるという。
 砕け、落ちていく破片。それらを、レンズを通して見る。うっすらと青く光る石たちは、それが魔力の資質なのだろう。
 そして、その中にーー。
「見つけ、たッ!!」
 あった。ひとつだけ薄紫に光る石。
 人の頭ほどもあるそれに、アディーはカカトを叩きつける。地面に叩きつけられた石は、粉々に砕け散った。
 すると、先ほどまで蠢いていた石たちが急に力をなくし、ぱらぱらと落ちていく。
「やった……! ルベル、倒しました!」
「よ、よかった〜……」
 部屋の端で固まっていたルベルが、杖を握りしめながら出てくる。その顔は少しだけ青ざめていた。
「あんな大きな魔物は初めてだったし、怖かったよ〜」
「まあ、スピリットは群体ですからね。どこまでも大きくすることはできますが……」
「でもでも、やっぱりディーちゃんってすごいのね! あんな大きな魔物も倒せちゃうなんて!」
「……いえ。今回は、サフィさんのおかげですね」
 彼女のくれたレンズがなければ、闇雲に石を粉微塵としていくしかなかった。そうなれば、チャージした魔力が持ちこたえられたかどうかは甚だ疑問だ。
「そうそう、サフィさんを起こさないと……」
「起きてますが」
「ならよかった……え」
 振り返る。槍を抱えたサフィが、アディーをじろりとにらんでいた。
「少しはできると思っていましたが、まさかこれほどとは。ボクでも倒せないスピリットを一人で撃破? 冗談じゃない、並の冒険者じゃこんな強さはありません」
「えっと、それは、あの、その……」
 なんとか誤魔化そうと思うが、咄嗟に言葉が出てこないコミュニケーション障害症候群。
「以前から少しおかしいとは思っていましたが……。アディー。あなた、何者ですか」
「ええっと、あの、こ、これはですね……」
 視線でルベルに助けを求めると、ルベルはため息ひとつ。
「ディーちゃん、すっごく強いよ。アタシ、ディーちゃんより強い冒険者って知らない」
「ルベル!?」
「だって本当のことでしょ。隠してもしょうがないじゃない、バレてるんだから」
「だって、だから、あの、その……」
「……まあいいです。人に話したくないことのひとつやふたつ、誰にでもあるでしょう。ただ、ひとつ聞かせてください」
 サフィの真剣な目に、アディーも思わず黙った。
「あなたは強い。なのに、なんでその強さを使わないんですか。ボクなら、それだけ強ければなんでもします」
「それは、その、強くないからです」
「謙遜は……」
「謙遜じゃありません。誰かに見られてると思うだけで緊張しちゃうし、力も発揮できません。そうやって人を落胆させるのが嫌で、強さも隠すようになりました」
 自分で自分の強さをコントロールできない。それは、アディーの欠点であり、現状ではどうにもならない悩みだ。
「だから私、サフィさんのこと、スゴいって思えるんです。一人で生きて、自分の力だけでなんとかできて」
「嫌味ですか。ボクはスピリットに敵わなかったんですが」
「あっ、いや、その、そういう意味ではなく……」
「ふふっ。わかってますよ」
 初めて。
 本当に初めて、サフィが笑っているところを見たような気がした。
「おひとよしで、とんでもなく強くて、でもポンコツなんですね。あなたは」
「まあ、ポンコツですけど……」
「そこだけ肯定しなくてよろしい。それより、シャルエンテを探さないと」
 くるりときびすを返した少女。その背中からは、いつものトゲトゲしさがなくなっていた。