少しずつ、新しい日常にも慣れてきた。
 毎日、体がくたくたになるまで走り込み、体を鍛える。同時、自分自身の中に流れるかすかな魔力を感じとる訓練を続ける。
 アレン・リベットはリオンなどと違い、体力は十分だった。リトと共に行う格闘の訓練でも、日に日に成長しているのがわかった。
 そんな姿を横に見ながら、基礎訓練を続ける。
 一方で、休日は、クレアの趣味に協力した。
 二人で図書館に行き、禁書を含めた様々な書物を手に取りながら、術式を構築する。
 ラストスペルの結果はわかっている。問題は、そこに練り込む魔力の分量であり、方向性であり。
 魔術の構築をどうやるのか、クレアから教えてもらいながらの研究。クレアはクレアで、素人に説明しながら考えることは、自分自身の知識を整理するのに役立っているようだった。
 なにげに魔術に関する造詣もある司書の女ーーオーサ・メイザーもまた、協力してくれた。時折、リオンすら置いてけぼりになるペースで話が進んだりする。
 そうして過ぎる日々の中、小さな変化は、教官であるリト・コーツによってもたらされた。
 隊舎の中の一室、ミーティングルーム。机と椅子が四脚しかない狭い部屋は、打ち合わせに使用するための小部屋だ。そこに集められた新人たちは、椅子に座り、教官の説明を聞く。
「来月、ソフィア姫の誕生日に合わせ、国王パレードが開催される。その警備に、お前たちも動員されることが決まった」
「国王パレードって何ですか?」
「たまに開催される、国王が街道を練り歩く行事だ。今回はオープンタイプの馬車に乗った王族が、規定ルートを通過する形を取る。また、姫の誕生日ということもあり、国王と姫が同席する。お前たちの役目は、王族に指一本触れさせないことだ」
「警備なら、近衛隊が行うのでは?」
「近衛隊は直接的な警護を行うだけだ。ルートの交通整理には人手が足りん。まあ、ありていに言って、体を使って規制線を張れ、ということだな。要するに人間の壁だ」
 リトは机に肘を突き、
「正直、あたしはやる気がない。国王なんぞを守るなんて、最高におもしろくもない。だが、仕事は仕事だ。まあ、実際に危険がないとも言いきれないしな。近衛から回ってきた情報によると、このタイミングを狙って、亜人がテロを起こすんじゃないかって話もある」
「亜人、ですか」
 亜人そのものは、リオンも存在を知っていた。
 人間に近い、けれど、人間ではない種族。地元にはほとんどいなかったし、自分も見た記憶はないが。
「ま、亜人はいつだって人間を憎んでいるだろうしな。王族は人間の象徴だ。狙われる理由は十分にある」
「憎んでいる……?」
「なんだ、リオン。そんなことも知らないのか」
「あ、僕の地元には、亜人って住んでいなかったので……」
「そういう問題でもないんだが……。そうか、最近はそういうものかな」
 ゴキ、と首を鳴らし、リトは隣に座るアレンを見やった。
「アレン、お前は地方貴族だし、亜人問題くらい分かるな? 説明してみろ」
 振られたアレンはこほんと咳ばらいし、
「……そもそも、昔、亜人と人間は一緒に住んでいた。だが、魔物という存在が確認された時、問題が起きた。亜人と魔物は、外見的に区別がつかないんだ」
「区別がつかない?」
「亜人というのは、個々に外見が大きく異なる種族だ。腕が翼になっている者、犬のような顔をしている者、人間の倍以上もある体格をしている者などなど。そんな連中と魔物と、見た目はさほど変わらない。魔物は理知がないから、会話をすればはっきり判断できるが、そうでなければ判断がつかないというのは大問題だった」
「なるほど……」
「当時、町中で魔物が発見された、という誤報が相次いだ。そのほとんどは亜人を魔物と誤認した事例だ。人間は、亜人と共に暮らすことはできない。そう結論づけられ、亜人は、都市を去った」
「それだけなら、悲しい事実ではあるかもしれませんけど、テロが起きる原因っていうわけではないですよね?」
「そうでもない。亜人が去った後、人間は、亜人というものを理解しなくなった。ちょうどお前のように、亜人には会ったこともないという人間も増えた。そうなると、亜人というものに対して、差別的な考えを持つ者も出てくる。実際、街中で聞けば、亜人は『魔物の仲間』などと思っている奴が平気でいる」
「違う、んですよね?」
「もちろん違う。亜人は外見こそ違うが、人類だ。一方で魔物は、構造からして生き物ではない。魔物を殺した時に死体が残ったりはしないだろう? まったく異なる存在ではあるんだが、同列視し、亜人を差別する風潮は確かに存在する」
「差別、ですか」
「そうだ。公的に、国内には亜人が住んでいないことになっている。亜人だとわかれば良くて追放だ。軍にも偏見を持っている者は少なくないし、場合によっては、亜人を殺してもなかったことにする者もいるだろう」
「そ、それはさすがに大袈裟じゃ」
「いや、そうとも言い切れん」
 頷いたのはリトだ。
「アレンの言うことは、あながち間違っていない。軍部でも亜人殺しは非常に微妙な問題として扱われる。少なくても公的に存在を認められていない以上、まっとうな仕事はしていない。そういう被差別種が事件に絡んだとあれば、どうしたって社会は過敏に反応する。だからこそ、なかったことにしたい、と思う者はいるだろう」
「そんな……」
「あるいは、本当に亜人は魔物などと思っている者もいなくはない。そういう奴からすれば、亜人を殺すのは、むしろ社会のためだなどと言うかもしれん」
「そんなの無茶苦茶じゃないですか!」
「言っても始まらんだろう。問題は、そういう社会的な問題を抱えた人間がいるということだ。そして、そいつらは、不満を晴らす場をつねに求めている。それが国王パレードにならない保障はないということだ」
「国王やお姫様が、危険かもしれないってことですか」
「そうだ。まあ、お前らの仕事は国王を守ることじゃないがな」
 そうは言われても。
「でも……そう、亜人って外見からして違うんですよね。なら、何かを起こそうとしても、すぐにバレて失敗しちゃうんじゃないですか?」
「そう単純じゃない。まず、亜人には”隠蔽型”と”露出型”という2種類が存在する。露出型というのは、常から亜人としての身体的特徴を隠せないタイプで、大半はこちらだ。一方で、亜人の中には、自分の身体的特徴を隠し、人間と同じように生活している者もいる。これを隠蔽型というんだが……」
「外見が同じということは、判断がつかない?」
「正解だ。見た目には同じだから区別しようがない。連中が本気を出せば、亜人としての身体的特徴が出てくるが、その時はすでに群集に紛れ込まれた後だ。手遅れだろう」
「そんな……」
「それに、もうひとつ可能性がある。亜人は人間と違い、自分自身の体内に多量の魔力を保有し、行使できる。言うなれば、術式なしで魔術を発動できるってことだ。もちろんパレード中は周辺まで警備するが、たとえば空き家に潜んで、いきなり窓から飛び出して襲撃ーーなんてことも、種によっては可能だ」
「軍人と変わらないくらい強い、ってことですか?」
「その認識で間違いない。もちろん個々に能力差は大きいが」
「そうなると、全然油断できないじゃないですか……」
「何度も言うように、お前が守るのは国王じゃない。一般人だ」
「はぁ……わ、わかりました」
 小さく頷く。
 まだパレードは先だというに、ガチガチに固くなっているリオンであった。