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王都の中心。それは当然、王城である。 都市そのものが要塞として設計された関係上、王城もまた、当初は非常に無骨だった。その後、魔物との境界が生まれ、比較的平和になっていくにつれ、徐々にその様子を変え、王の権力を示すに相応しい豪華絢爛な装飾が施されるようになった。 その一室は、そんな平和な時代に増築された、新しい室だった。大人が三人は並んで寝られるベッドに、職人の手による精巧な造形が彫り込まれた家具類。そして、それらの持ち主である、たった一人の少女。 ジェルニアン王家第一子。ソフィア・マリ・ジェルニアン。 ジェルニアン王家の正当なる後継者であり、現王カルロス・ジェルニアンの一人娘。 幼少の頃から英才教育を受け、知略に優れる一方、陽光にきらめく長い金髪は天使と呼ばれるほど美しい。まさに才色兼備の、文字通りなお姫様ーーで、あるのだが。 「パレードなんてやぁだぁ。出たくないぃぃ」 「そ、そうおっしゃらず……」 ベッドの上で足をじたばた。子供のようにダダをこねている姫を前に、メイドもおろおろするばかり。 「なんで誕生日にまでお仕事しなきゃいけないのよぉ。たまには好きにさせて!」 「しかし、国王パレードを楽しみしている国民は多く……」 「そんなの、ソフィの知ったことじゃないもん。ソフィがやりたいわけじゃないし!」 「姫様ぁ……!」 涙目を浮かべるメイド。一方でソフィア姫は頬を膨らせたまま、 「ふんだ。どうせお父様の趣味なんでしょ」 「おわかりじゃないですか」 その時。部屋の扉が音も立てずに開き、一人の女性が入ってきた。 「シン様ぁ!」 メイドが涙目で駆け寄る。 彼女の名前はシン・ディレク。ソフィア姫専属メイド兼護衛である。普段から密偵のような黒いスーツに身を包み、無表情で仕事をこなす姿は、一部の者から『人形兵士』と呼ばれるほどだ。 シンは姫の近くまで歩みより、 「酒樽の趣味ではありますが、決定事項です。すでに多くの者が関わっている以上、流れは止まりません。諦めて参加してください」 「……シン、あなただけよ。お父様のこと、酒樽なんて呼ぶの」 「あの体型は酒樽以外の何物でもないかと」 「それはソフィもそう思うけど、あなた、一応は雇い主でしょ。しかもこの国で一番偉いのよ。あなたなんか、お父様がその気になれば、いつでも国外追放になるのよ」 「酒樽からは、周囲に肯定する人間ばかりでは面白くないから好き放題に発言して構わない、と仰せつかっております」 「それはお父様のやること反対していいって意味だからね? お父様のことこき下ろせって意味じゃないからね?」 「では白豚と……」 「……豚がかわいそうでしょ」 もはや、姫ですら、そんなことしか言えなかった。 ソフィア姫は深く嘆息し、 「じゃあ、シンに免じて参加してあげるわ」 姫がそう言うと、後ろでメイドが救われたように表情を明るくする。 「そうと決めたら、ソフィの衣装を用意なさい。動きやすくて、可愛いやつよ」 「はい、ただいま!」 候補を見繕うべく、部屋を出ていくメイド。残ったシンは、姫を見下ろし、 「動きやすいってどういうことでしょう。逃がしませんよ」 「群集にまぎれたらわかんないでしょ。どうせ、シンが護衛するんだし」 「近衛隊の胃に穴が開くと思いますが」 「そんなのソフィの知ったことじゃないもーん。参加はする、それでいいんでしょ?」 「確かに、私は姫をパレードに参加させるよう仰せつかっております」 「けど、最後まで参加させ続けるように、とは言われていない?」 「一般的にはそこまで指示しないと思いますが、その通りです」 「素敵ね!」 にしし、と笑う姫。その隣で、シンは無表情のまま、やれやれとばかりに肩をすくめていた。 月日は矢のように過ぎる。 季節がうつろい、陽の力が強まる頃。ソフィア姫の生誕を祝うパレードが開催された。 国中をあげてのお祭り騒ぎである。リオンは初めての人出に驚きつつも、与えられた役目を果たすべく、大通り沿いにいた。 「すごいねぇ、これ」 「ほら、リオン、おのぼりさんじゃないんだから、あんまりキョロキョロしないの」 「おのぼりさんだもん」 今回のパレードは、王城から出発し、国のメインストリートを通過して、王城まで戻るルートを取る。昼過ぎから始まって、夕方になる前に終わる予定だ。 リオン、クレア、アレン、それに引率のリトの新人組は、パレード後半の警備を担当している。 もちろん新人組だけで警備というわけではなく、警邏担当の軍人もそこここに配置されている。中にはリトの後輩もいるらしく、先ほどから敬礼する軍人がちらほら見受けられる。 現在時刻は朝。メインイベントであるパレードにはまだ早いが、パレードだけでなく、姫の生誕を祝うお祭りはすでに始まっている。通りのあちこちに屋台が並び、商魂たくましい面々がやれ肉料理だの、やれ魚料理だのを勧めている。 「これは予想以上の人出だな……。くそっ、しゃらくさい」 「そういうことを口に出すのはどうかと」 「るっさい」 今日のリトは不機嫌だった。魔物相手に暴れるのが最も性に合うとのたまう彼女だけに、警備、それもこれだけの人間がいる場所での仕事となると、ストレスがたまるのだろう。 「……こういう場所には、すでに悪漢が紛れ込んでいてもおかしくない。周囲に目を配るべきだ」 正論を口にしたのはアレン。それもそうかと、リオンは周囲をきょろきょろと見渡す。 老若男女。この中にテロリストがいる? そうして見ると、何やら、どんな人も怪しく思えてくる。 あの屈強な男性は、あるいは裏家業を生業にしているのでは? あのフードをかぶった人は、何か後ろぐらいところがあるのかも? あのお面をかぶった子供は、実は子供じゃなくて……。 「……そんなわけないか」 見た目で誰が悪い、誰が良いなどと言えるわけがない。自分の浅はかな考えを捨て去り、リオンは前を向く。 すると、見知った顔を見つけた。 「あ、オーサさん」 「あら。クレアにリオン君」 ひらひら、と手を振ったのは、図書館で司書をしているオーサ・メイザーだ。今日は図書館で会う時とは違い、フリルのついたブラウスとロングスカートを身につけている。 オーサにはクレアの研究を手伝ってもらうこともある。その関係で、リオンも顔見知りだった。 「オーサさんは観光ですか」 「まあ、そんなところね。あなたたちは仕事?」 「はい。警邏です」 「これだけ大規模だと、新人さんでも借り出されるのねぇ。大変だわ」 「これでも軍務ですよ。やるべきことはやります!」 「それは当然。成すべきことを成す、それこそが人生よ」 くすりと笑い、オーサは続ける。 「でも、気をつけてね。中には危ない人だっているでしょうし」 「それを捕まえるのが僕らの仕事なんですけど……」 「うふふ、それもそうね。ただ、今日はお姫様のパレードでしょう? だから余計に心配だわ」 「姫様が何か関係あるの?」 クレアが問うと、オーサは頬に手を当て、 「知らないかしら? 姫様は王家の血を継ぐ唯一の人。陛下は年齢的に、そろそろ子供を作るのは難しいわ。そうなると必然的に、ソフィア姫だけがジェルニアン王家の血を継承することになるのよ」 「それは誰でも分かると思うけど」 「つまり、裏を返せば、姫さえいなくなれば、王家はいずれ絶えるということ。王家転覆を狙う輩としては見逃せない相手よ。それが分かっているから、姫は普段、城の外には出られない。でも、今日は特別でしょう? それだけ、いろいろなことを考える者が出るんじゃないかしら」 オーサの説明に、クレアはうなる。 そこまで上層部から説明されたわけではない。もっとも、新人の軍人に、そこまで説明があるはずもない。 問題なのは、その考えが、あながち的外れではないということだ。 リオンもクレアも、内心で不安を覚えていた。すると、 「うちの新人を教育してくれるのは結構だが」 じろり、とオーサをにらむ小さな教官が一人。 「今のは不敬罪を問われてもおかしくない発言だぞ」 「あら、ごめんなさい」 「ごめんで済むなら軍部はいらん。……だが、今日のところは見逃してやろう。もう行け」 「はーい。じゃあ二人とも、また図書館で」 ひらひら、と手を振り、オーサは人込みに消えていった。 「……あの女が言うことは間違っていない。だが、お前たちが気にすべきは姫の命を狙う輩ではなく、暴動を起こす者であり、町の市民を守ることだ。勘違いするんじゃないぞ」 「姫はどうでもいいと?」 「アレン、分かっていて聞くのはやめろ。姫を守るのは近衛の仕事だ。あたしたちは臨時の警邏。そこを履き違えるんじゃない」 「了解」 リトはリオンとクレアをにらみ、 「お前たちも。いいな?」 「はい、分かりました」 頷き、リオンは町を行く人々を眺めた。 この人たちを守ること。それが、自分の役目だ。 |