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週明け。その日も、朝からリオン・テイラーは訓練を行っていた。 屋外訓練場。丘の上となっている場所で、リオンを中心に、メンバーが車座になっている。 「……ッ!」 その中で、リオンは身体強化の魔術を発動させる。体は少し軽くなるが、それだけだ。体が燐光に包まれたりはしない。 「ふむ。普通の強化魔術だな」 そう言いながら、アレンは首をかしげる。同じくリトもあごに手をやり、 「確かに、試験の時に発動させた身体強化は、なかなかのものだった。だが、今はそれほどではないな」 「しかし、確かにリオンは、魔物と渡り合うほどの身体能力を見せたぞ」 アレンの言葉に、ますますリトは首をひねる。 「リオン。何か特別なことに、心当たりはないか」 「特別……。そう言われましても。他の魔術では、こんなことありませんし」 「確かに、お前は魔術が下手くそだな」 だからこそ、わからない。 アレン・リベットの、魔物討伐という報告も問題はあった。国内で魔物が出現することは滅多に起きることではないからだ。 だが、それに伴った警備強化や原因調査などは、警邏隊が行うことであって、教導隊にはあまり関係がない。むしろ問題になっているのは、リオンの発動した、よくわからない身体強化魔術の方だ。 「言いたくはないが、効果が不安定な魔術ほど怖いものはないぞ」 「そうなんですか?」 「当たり前だ。制御がきいていない魔術なんて、爆弾と変わらん。何が起きてもおかしくない。たとえば、魔術の方向性を間違えただけで、自軍を攻撃することすらありうるんだ」 「それはそうかもしれないですけど……。でも、身体強化ですよ?」 「強化が発動すればな。失敗したらどうなる?」 「それは、わからないですね」 「そういうことだ」 たまに発動する、リオンの極端な身体強化。 それには、何かしらの発動条件があるのだろうか。それがわからぬままには、別の部署に移動することもままならない。 「まあ、危機に瀕して普段以上の力を発揮するというタイプは確かに存在する。リオンがそのタイプといえば、まあ成果は納得できるかもしれんが……。なんとも言えんな。いずれ、詳しい検査は必要になるだろうが」 「その割に、姫殿下が襲撃された時は、何も起きなかったですよ」 「その時は魔術を発動させる余裕もなかった。あるいは、絶体絶命の危機で魔術を発動させると、なんて条件かもしれんが」 「だとすると、実戦では使い物にならないということになるが」 「強化魔術くらいなら意味はあるだろう。幻装の方が利便性は高いが、現実的ではある」 と、リトはクレアを見た。 「クレア。魔術の専門からすると、どうだ」 「ふぇ?」 はっ、と気づいたように、クレアは顔を赤くする。 「えっと、なんでしたっけ」 「馬鹿者。ちゃんと聞いておけ。リオンの特殊な魔術の発動条件についてだ」 「あ、ああ。えっと、限定的な状況でないと使えない魔術というのは、実は割とあります。そういう風に安全装置をつけている場合もありますけど、大半は、条件が揃っていないんです」 「条件?」 「はい。たとえば、水を凍らせる魔術、というのがあります。でもこれは、水がなければ発動しません。魔術を発動させるには、『必要な魔力量』『正しいコントロール』『必要最低限の触媒』が不可欠です。水がない状態というのは、触媒不足ですね」 「リオンについては、コントロールが異様に下手だな。そのせいか?」 「それもありえるかと思います。詠唱は間違っていませんけど、それだけでコントロールが成立するわけでもない。学術的には、この世に存在するという力ある者、その力を正確に借りられていない、という解釈ですね」 「となると、魔術解釈や知識が必須か? あとは魔力か」 「それもありえます。魔力量が十分にあれば、多少コントロールが下手でも、魔術は成立しますから。たとえるなら、火力が弱くても、時間をかければ肉が焼けるって感じでしょうか」 「なるほどな。それを補うのが媒介、というわけか」 「だが、魔力など大気に満ちている。それを必要に応じて消費するのが魔術だろう?」 そう問い掛けたのはアレン。対するクレアは、 「そうなんだけど、たとえば一度に息を吸っても限度があるように、自分というフィルターを通して魔術を発動させるには、扱える魔力量に限度があるわ。リオンの場合、普段はそれが極端に少なくて、いざって時は咄嗟にたくさん消費できる、とか」 「そんなことがありうるのか? いや、お前が言うのだから、あるのかもしれないが……」 「さあ? 前例がないからわからないけど、可能性としてはありそうじゃない?」 「可能性だけで議論しても仕方ない。それとも、命の危機に瀕すれば力を発揮するというのなら、今ここで殺してみるのも手か」 「……リトさん、やめてくださいね? いや本当に」 今にも幻装を作りそうなリトを前に、クレアは慌てて引き止める。 「でも、そういう……たとえば魔力不足とかなら、媒介でカバーできるのは理解できるわ。要するに吸える息が少ないから、外から無理やり息を吹き込むってことだし」 「じゃあ、極論、ものすごく大きな媒介を使えば、すごい魔術が使えたりするのかな?」 「理論上はね。でも、知ってる? 媒介って大きくなるほど、ものすごく高値になるのよ」 「そうなの? 僕が持っている媒介はそんなに高くないけど……」 リオンはポーチから小石を取り出す。魔力がこめられた、媒介だ。 「そんなのは一山いくらのやつでしょ。たとえば、人間の頭くらいのサイズ、それで家一軒が建つわよ」 「そ、そんなにするの!?」 「そりゃそうよ。それより大きなものっていったら、それこそ王宮への貢ぎ物とか、そんなクラスよ。だから、誰も試したことない。試せる人がいない、って言った方がいいかしらね」 「じゃあ、やっぱり僕は魔術を使えないんだ……」 「うーん。これもたとえばだけど、一度に吸える息が少ないなら、時間をかけて吸うって手段はあるかもしれないわね」 「時間をかけて?」 「そういう術式もあるのよ。大気の魔力濃度は一定だから、普通は一度に集められる魔力にも限界があるわ。でも、それを一日がかりとかで集めると、大規模な術式に転用できるのよ。建設現場とかでは使われているらしいわ」 「へえ。いろんな手段があるんだね」 「そりゃそうよ。魔術なんて何百年と歴史があるんだもの。そういうのを学べば、あんたも少しは強くなれるんじゃないの?」 「が、頑張る」 苦笑するリオン。 と、その時、丘の下から足音がした。 見下ろせば、見知った顔があった。 「あれは……、シン特務大尉」 「お姫様の護衛の……」 すぐさま立ち上がり、四人揃って敬礼する。シン・ディレクは鷹揚に手を振ると、自分の後ろに隠れた人物を押し出した。 「リオン・テイラーを貸してもらいます」 「は? はあ、僕ですか?」 「彼女が、用事があるというので」 そうやって前に出てきた人物。長い黒髪に、身につけたワンピースは簡素ながらも質のよい生地。 そして何より、その顔は、見覚えのあるもので。 「ッ!? お、お姫様!?」 「ソフィでいいわよ、リオン」 くすりと笑ったのは、どう見ても黒髪のカツラをかぶった、ソフィア・マリ・ジェルニアンその人であった。 「あ、あの、姫様がこんな訓練場まで、どのようなご用件で……」 「わかるでしょ、リオン。あなたに会いに来てあげただけ」 くすりと笑ったソフィアは、リオンを見上げ、 「リオン、命令よ。ソフィとデートなさい」 そう告げた。 その瞬間、空気が凍ったがーー姫殿下は、一切気にしていなかった。 |