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 ソフィがリオンを連れて出たのは、王都の中心街。商店が立ち並ぶ一角だ。
「あ、あの、ひ……、ソフィさん。さすがにまずいですよ」
「あら、こんな美少女とデートできて、何か不満なの?」
「そういう問題じゃなく……、うひゃあ!?」
 ソフィがリオンの腕を絡めとると、それだけでリオンは悲鳴をあげる。
「何よ、普通の恋人みたいに腕を組んだだけでしょ? 何か問題あるの?」
「だ、だから、そういう問題じゃ……!」
「あら、あの服屋なんて可愛いじゃない。いかにも町娘って感じだわ。ほら、リオン、こっち!」
「ちょ、ちょっと姫……ソフィさん!!」
 ソフィアに引きずられる形で、リオンは強制的に服屋へと連れていかれた。
 他方、そんな彼らを、少し離れたところから見守る面々。
 護衛のシン・ディレク。そして、やじ馬が二人ばかり。
「続きますよ」
「はい!」
「はいじゃないが。なんで私まで同行しなければならないのです!」
 続いて行くシン・ディレクと、そのあとを追いかけるクレア・ウィルジーヌ、そして、クレアに引きずられるアレン・リベット。
「私は護衛ですから、姫から離れるわけにはいきません」
「だってリオンがデートなんて、気になるでしょう!」
「大尉はともかく、クレアは単なるやじ馬だろう! やるなら自分一人でやれ!!」
「一人じゃ寂しいじゃない!!」
「知るかッ!!」
 ちなみにリトはすでに逃げた。護衛にはシン一人で十分なほどの戦力であり、やじ馬に至っては興味すらない。
「だいたい、大尉も大尉です! 姫を王城の外に出すなんて! 危ないでしょう!」
「私がいれば王城内も外も同じことです」
「大尉がいくら強かろうと、お一人では限度があります!」
「ありませんが」
 ぴしゃりと言ってのけるシン。見れば、その目は本気だった。
「私は、姫がお生まれになられた時から、ずっと専属で護衛をしております。姫に降りかかる、あらゆる災厄をはねのける。それこそが私の任務です。限界などありえません。たとえ世界中に魔物が溢れようとも、私は姫に指一本たりとも触れさせませんよ」
「……ッ」
 これが近衛か。
 一瞬、近衛隊という存在の心意気に触れ、自分がおかしいと迷いかけるアレンだったが、すぐさま自分を取り戻す。
「で、ですが、たとえ安全だとしても! 王城で姫がなされるべきこともあるでしょう!」
「……それを強要するようには命じられておりませんので」
「言い訳ですか!?」
「事実です」
 少しだけ。少しだけ、彼女が人形兵士と呼ばれる理由がわかったような気がした、アレンであった。
「あ、ほら、移動するよ!」
「ついてこないなら置いていきます」
「いっそ置いていってくれ……」
 引きずられながら、アレンはそんなことを口にしていた。

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 姫が連れていく先は、脈絡がなかった。
 そのへんで見かけた服屋を流し、アクセサリーを売る露店を冷やかし、大木を見上げては喜び、散歩している犬をなでる。
 こうしてはたから見ているとただの少女にも見えるが、デートと呼ぶにしては、あまりに普通というか。眺めているうち、リオンは、なんとなく姫の考えていることを想像していた。
「あら、あそこは何かしら」
 姫が連れて行った先。そこは、王城公園と呼ばれる場所だった。
 王都の中でも特に古い地域で、昔から変わっていない町並みは、観光名所としても知られている。その中心である王城公園は、巨大な日時計が中央に設置され、周囲に木々が植えられていた。木陰にはベンチが並び、カップルが思い思いに時を過ごしている。
「少し休みましょ! 何か飲み物を用意なさい」
 ベンチに座った姫。リオンは苦笑しながら、近くに出ていた露店で、果実を搾ったジュースを二つ購入し、ベンチに戻った。
 ジュースを手に、並んで座ったリオンは、ひとつを姫に渡す。
「いかがですか、ソフィさん」
「うん、冷たくて美味しいわね!」
 リオンも少し飲んでみる。ごく普通の、自然なジュースだ。
 王城では、もっと良いものが飲めるだろうに。
 花に囲まれた日時計を眺めながら、リオンは言う。
「ソフィさん。こうして遊びに行くことは、たまにあるんですか?」
「滅多にしないわよ。ソフィがどこかに行っちゃうと、シンもサブリナも困るでしょ」
「でも今日は、外に出たんですね」
「だって、あなたに会うには外に出るしかないじゃない。呼び付けても、どうせ本音では話しづらいでしょう」
 そう言ったソフィアは、ジュースを一口。
「本当にね。ソフィのことを、本気で守ってくれる人なんて、シンくらいだったのよ」
「……そんなことはありませんよ。近衛の方々だって本気です」
「違うわ。彼らはお父様の命令があるから動くだけ。仕事として、ソフィを守ってるのよ。もちろん矜持はあるでしょうし、いざとなれば命懸けで守ってくれるかもしれない。でもそれは、どこか、仕事っていう概念が混じってるのよ。もしソフィが姫じゃなかったら、きっと彼らは、ソフィを守ってはくれないわ」
「……」
 違う、とは言えなかった。事実その通りだからだ。
 ソフィアが一市民であったなら、もちろん軍部として守りはするだろうが、どうしたって王族から比べれば二の次になる。実際、姫殿下が襲撃された時、近衛や警邏は王族を守ることを第一義に動いていた。市民を守ろうとしていたのは、リトとリオンの二人だけだ。
 軍隊にとっての優先順位とは、そういうものだ。それが当然のことだ。
「あなたは、立派だったわ。ソフィが姫だとかなんだとか、そんなこと関係なしに、命をかけた。あなた、新人なんでしょう? 戦う力だってろくにないのに、それでも立ち向かったのよ。凄いことなのよ」
「そんなことありませんよ」
「そんなことあるわ。あなたは、もっと評価されなきゃいけない。なのに、あなたを評価したの、ソフィだけなのよ? 他の連中は、姫を守ったよくやった、ってばっかりで。じゃあ市民だったら、襲われてもよかったというの?」
 ぐっ、と拳を握ったソフィア。その手が震えている。
「みんな、おかしいわ。命は対等よ。ソフィの命も、この公園にいるみんなも、同じ価値なの。確かにソフィが死んだら、この国を継ぐ血はなくなるかもしれない。でも、だからなんだというのよ? 血なんて、そんなに大事なものなの?」
「……僕には、わかりません」
「ソフィにもわからないわ。だって、親子というだけなのよ? だからなんだというのよ。シンが王様になっちゃいけないの?」
「シンさんは、あまり向いていないと思いますよ」
「あなた、はっきり言うわね。でもソフィもそう思うわ」
 くすりと笑った姫殿下は、リオンを見上げる。
「リオン。あなたが、ソフィのものにならなくても構わない。でも、ソフィを他の人間と同じように見られるあなたになら、話してもいいかもしれない。ソフィの、やりたいこと」
「やりたいこと……?」
「うん。ソフィはね、シンが大手を振って生きていける世の中にしたいの」
「シンさん……?」
 こくりと頷く。
「シンは、亜人よ」