「来週、ピクニックに行くぞ」
 リト・コーツは、嬉しそうにそう言った。
 いつもの訓練後、食堂にて。部隊四人が揃って夕食を取りながらのことだった。クレアはフォークを置き、
「すっごい嫌な予感がするんですけど」
「何故だ」
「リトさんがそんなに良い顔しているからですよ」
「お前、あたしをなんだと思ってるんだ」
 くすりと笑い、リトは続ける。
「だがまあ、お前の勘は悪くない。これは新人殺しと呼ばれる訓練の一環だ」
「新人殺し……?」
「そうだ。ピクニックといっても、観光名所に行くわけじゃない。山に向かう」
「山って、もしかして、セントラル山?」
 リトは黙って頷く。途端、クレアは青ざめた。
「あの、セントラル山って、大陸中央にあるっていう?」
「そうだ。標高はさほど高くないが、大陸を南北に切り分ける、横長の山だ。だが、王都から北方に向かうというのは、そういう意味じゃない。アレン、答えは?」
「……魔物が出る、ということでしょう」
 リトはにやりと嫌らしい笑みを浮かべ、
「正解だ。理論上、王都の外では、どこでも魔物に出会いうる。だが山は、とにかく魔物の数が半端じゃない。一説によると、魔物は山で生まれるとさえ言われている」
「そ、そんなところに向かうってことは……」
「ものすごく危険だ。だからこそ、新人殺しと呼ばれる」
 リトの答えに、リオンも青ざめた。
 一方でアレンは冷静に、
「新人殺しなどと呼ばれるということは、実際に死者が?」
「出たことがないわけじゃない。限りなく可能性は低いが、王都の外に出る以上、そのリスクは負わなければいけない」
「そこまでして、山まで向かうことにメリットがあるんですか?」
「実戦経験という問題だ」
 リトの答えに、アレンは少しだけ表情を変えた。
「王都の近くでは、どうしても安全が担保された状態で、しかも魔物の数は決して多くない。その状態で魔物と戦っても、それはお遊戯と一緒だ。軍部に入るのであれば、修羅場というものは絶対にどこかで経験することになる。その時になってから動けなくても遅いのだ。ゆえに、早めに実戦を経験させ、向き不向きというものを判断することになっている」
「じゃあ、我々に対する試験、というわけですね」
「まあ、そうだな。もちろん、あたしが同行する以上、お前たちを殺させるつもりはない。だが、最低限度、お前たちも自分で自分の身を守れなければいけない。わかっているな?」
 ごくりと喉が鳴る。
「山方面に向かい、途中にある軍部の偵察小屋で一泊、帰投する。しっかり準備をしておけよ」
 リトの激励に、しかし、リオンはすでに食欲を無くしていた。

☆ ★ ☆


 翌週。新人部隊による遠征が始まった。
 王都を出てすぐ、軍部の防衛陣地がある。そこで諸先輩たちに激励を受けながら、リオンたちは北方を目指す。
 陣地を離れると、見えるのは延々と続く草原地帯だ。
 見通しは決して悪くない。だが、下草の中に魔物が潜んでいる可能性もなくはない。そう考えると、緊張を抜くわけにはいかなかった。
 遠征ということもあって、みんなの装備も、いつもとは少し違っていた。
 軍の制服は同じ。リオンは支給品のナイフから、同じく支給品のショートソードに変えている。
 クレアは短杖に、魔術メインであることから、食料などが入ったバッグも持っていた。
 アレンは幻装とは別に、リオンと同じショートソード。それに、服の上から鎖で編んだベストを着ている。
 リトはいつもと変わらぬ制服に、小さめのバッグを持ってきていた。上機嫌に、そのバッグを揺らしている。
 ふと、リトは全員を見やり、
「なんだお前ら、そんなにガチガチになって」
「リトさんこそ、なんでそんなに嬉しそうなんですか……」
 魔物が出るかもしれない場所というだけに、クレアも及び腰だ。隣を歩くアレンも表情が固いし、リオンも顔色があまり良くない。
 対するリトはといえば、元気はつらつといった表情。まさにピクニック気分だ。
「久しぶりに、新鮮な魔物と戦える機会なんだ。嬉しくなければなんだ?」
「……前から思っていましたけど。リトさんて、バトルマニアですか?」
「否定はしない。だが、あたしが好きなのは、命のやり取りだ。危険な状況で自分の命を繋ぐ、そういう生きていることを実感できる瞬間が好きなだけだ」
「それをバトルマニアというんじゃ」
「ならばそうなんだろうな」
 幻装の剣を手にしたリトは、
「実際、あたしは今でこそ防衛部隊を離れちゃいるが、ずっと国土防衛が希望だった。それは今でも変わらん」
「でも、今は教導でしょう?」
「あたしの攻撃に巻き込まれた馬鹿がいてな。運が悪いことに、そいつが上官だった」
 何をしているんだこの人は、という視線が周囲から集まるが、リトは気にしない。
「お前たちも知っての通り、あたしの幻装は攻撃範囲が広い。防衛を張るにはちょうどいいんだが、味方との連携には難があってな。上官の嫌がらせもあって、防衛を外されはしたが、まあ仕方ないことではあるだろう。味方と協力できないようじゃ、防衛はできないからな」
 リオンは、先ほど通り抜けた防衛陣地を思い返す。
 そこには、数十人の先輩たちがいた。最も重要な場所なのだから当然といえば当然だ。
 だが、そこにリトがいたとして、果たしてコミュニケーションが取れるのだろうか。疑問に思い、答えを出すことはやめておいた。
 そうして歩くこと、どれほどか。日の傾きが変わった頃合いになって、初めて動きが出た。
「接敵!」
 アレンの叫びに、クレアとリオンにも緊張が走る。
 下草をかき分けて飛び出してきたのは、人の頭ほどしかない、小さな魔物だった。丸っこい体に、コウモリのような小さい羽。体の半分ほどもある口からは、鋭い牙が覗いている。
 しかも、同種が2体。
「ちょうどいい、やってみろ」
 リトが下がる中、新人三人が前に出た。
「【邪悪を喰らう月ルナブレイバー】! 吠えろ!」
 両手斧を振り上げたアレンは、まっさきに斬りつける。しかし、動きに訓練ほどの精彩さはない。案の定、斧の一撃はさらりとかわされてしまう。
「せい!」
 その隙をカバーしたのは、二人の仲間だ。
 リオンは支給品のショートソードで、魔物に攻撃する。きっさきが魔物をかすめ、薄い闇が立ち上る。
「アローサル! クラーワ!」
 クレアは得意の魔術で、魔物を吹き飛ばす。宙に浮く魔物は踏ん張れないのであろう、クレアの魔術を受けて、もろにふらふらと揺れ動いた。
「アレン! 今!」
「言われなくても!!」
 そこに、アレンの斧が割り込む。
 まずはよろめく魔物に対して一閃。続けざま、リオンと二人で魔物を挟む。
「ギィィィィィィ!!」
 唸りながら、リオンへと迫る魔物。その大きな口に向かい、リオンは剣を繰り出す。
「ふっ!」
 斬りつける攻撃を、魔物は口で受けた。鋭い牙に刃が食い込み、ぎしぎしと鳴る。そこへ、アレンの一撃。
「消えろ!!」
 重量のある斧の斬撃は、魔物を両断してみせた。断面から薄闇を漏らしながら、魔物はその姿を消す。
「は、はは……。やれるじゃないか」
 額に浮かんだ汗を拭い、アレンは震える手を握りしめる。クレアもまた、手に浮かんだ汗を拭きながら、
「いきなり出てくると、やっぱりビビるわねー。リオンも、頑張ったわね。強化魔術も使ってないのに」
「ドキドキだよ……」
 苦笑するリオン。その姿を見ていたリトは、
「リオン。お前、どこかで魔物と戦っていたのか?」
「え? ああ、この間、アレンさんと一緒に、王都内で魔物と遭遇しましたが」
「そのことじゃない。それ以前だ」
「それ以前ですか?」
 首をかしげるリオンに、リトは問いかける。
「普通、魔物と遭遇した時、緊張するのが自然だ。アレンもクレアも、そういう点ではごく普通の反応をしている。その割に、お前はあまりに自然体だ。前回の報告でもそうだったし、姫が襲撃された時もそうだ。お前は修羅場というものに対して、あまりに動じない。それはなんだ?」
「えっと……それ、遠征に関係あります?」
「全くない。あたしの個人的興味だ、と言いたいところだが……。個人の持っている能力や素質は、対魔物戦に影響する。そういう意味では、聞いておいたほうがよいとも言える」
 リトの言葉に、リオンは少しだけ悩んでいる素振りを見せた。
「……別に、隠すつもりがあるわけじゃないんですけど」
 そう前置きし、リオンは続ける。
「僕の田舎、セブルっていうんですけど。知っています?」
「セブル……、王都の東南にある都市だな」
「そうです。セブルは王都から離れていることもあって、軍部の力は行き届いていません。貴族は防衛にあんまり興味がない人で……。毎年、魔物による被害が出ているような場所でした」
 魔物の大半は、人間が住む土地の北にある、セントラル山からやってくる。山と人間の居住域の間には、軍部が張っている防衛線があるため、魔物が居住域まで来ることはあまりない。とはいえ、魔物そのものを全て防ぐことはおよそ不可能だ。大陸の東西はそれほど短いものではないし、敵の数も少なくない。一匹、二匹と軍部が逃した結果が、各地域で発見される”はぐれ”と呼ばれる魔物だ。
 王都は都そのものが城壁に囲まれており、軍人の数も多いため、それによって一般人が被害を受けることはほとんどない。だが、地方では、そういうこともありうる。
「僕も子供の頃、魔物に襲われたことがあります。その時は、通りすがりの人が助けてくれて、命拾いしたんですけどね」
「それで?」
「助けてくれた人にお礼を言って。まだ小さい頃だったから、顔もはっきりとは思い出せないんですけど……、その人の言葉だけは、胸に強く刻まれているんです」
 リオンは目を閉じる。そこに描くのは、憧れの人。
「『君はきっと、たくさんの人に愛される人になる。君がモテモテになったら、また会いましょう』って」
「もしかして、その人って……女性?」
「ええ、そうなんです。それから、僕もその人みたいになりたいと思って、訓練とかしてみたんです。だから、度胸もあるのかもしれません」
「魔物に襲われた経験、ね」
 リトはじっとリオンを見つめる。
「まあ、度胸がないよりはいい。だが、油断はするなよ。相手はこちらの命を奪うことしか考えていない化け物なんだからな」
「はい、わかってますよ」
「いいだろう。では、行軍再開!」
 リトを先頭に、再び歩き出す新人たち。
 その中で、リオンの隣に、そっとクレアが並ぶ。
「ねえ。もしかして、あなたが入隊した時に言っていた、モテたいって……」
「……そうだよ。その人に、もう一度だけ会ってみたい。そして、言うんだ。今度は、僕があなたを守りますよ、って」
「ふうん」
 じっ、とリオンを見つめるクレア。心なしか、その視線が少し険しい。
「ど、どうかした?」
「別に〜、なんでもない!」
 スタスタと前を歩くクレア。その後ろ姿に、リオンは首を傾げていた。