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 それからの行軍は順調だった。
 時折、遭遇する魔物は、新人三人でもなんとか処理ができた。たまに強い魔物が出てくることもあったが、その時はリトがサポートしてくれた。
 昼過ぎには、山に最も近い小屋ーー観測小屋に到着した。
 ここでは魔物の数や状況を逐一観察しており、討伐もする。常駐している軍人は5人だが、小屋そのものは20人ほどが宿泊できる設備が設けられていた。
 空き部屋に落ち着いたリオンは、ふう、と息を吐きながら、ベッドに体を投げ出した。
 丸太を組んだ天井は、最前線という場所にはそぐわないほど、落ち着きがある。ともすれば、ここが魔物に最も近い場所であるということを忘れてしまいそうだ。
「……」
 その中において、リオンの頭には、子供の頃に見た出来事が浮かんでいた。
 自分を襲う、大きなあぎとを持つトカゲのような魔物。そして、そんな魔物を倒し、自分を救ってくれた、恩人の背中。
 彼女がいなければ、自分は、とっくに死んでいただろう。
 在りし日の自分を思いつづけていると、コンコン、と扉がノックされた。
「どうぞ」
 声をかけると、ゆっくりと扉が開き、クレアが顔を覗かせる。
「どうしたの、クレア」
「うん、と。たいしたことじゃない、んだけど。あ、ここいい?」
 リオンと並んでベッドに座ったクレアは、ふう、と息を吐く。
「その、さ。リオンを助けてくれた女の人のこと、もう少し聞きたくて」
「あの人のこと? でも、僕、名前も知らないし……」
「それでどうやって探すつもりなの?」
「探す、ってほどじゃないんだけどね。でも、軍部に所属して、魔物と戦い続けていれば、いつか会える気がするんだ」
「なんで?」
「あの人も、魔物と戦えるくらい強かった。普通の人なら、魔物相手に戦うなんて無理でしょう? だから、気付かなかっただけで、あの人も軍部の所属とかじゃないかなって」
「貴族直属の護衛とかもありうるわよ」
「まあね。でも、そういう人も、軍部に所属している方が接点多いでしょ?」
「それは、まあね」
「だから、いつか会って、お礼を言えるかなって」
「ふうん」
「どうしたの、クレア。さっきから変だよ?」
「なんでもないっての。それにしても、田舎だと魔物も出るのねぇ」
「それは王都でも同じでしょ」
「そうでもないわよ。お父さんは例外的な被害者。過去5年間で、魔物による被害者は0よ」
「……ごめん」
「いいわよ、別に。お父さんは物凄く運が悪かったってだけなの。そういう意味では、田舎の方が遥かに大変よ。人が死ぬこともあるんでしょう?」
「それは、まあ、そうだね。僕は助かったけど、助からない人もいる」
「やっぱり、魔物は根絶しなきゃね」
「うん。それには、クレアの研究が不可欠ってわけだ」
 リオンが言うと、クレアはそうよねぇ、と嘆息した。
「ただ、ラストスペルの研究は簡単じゃないしねぇ。効果は見えているけど、突拍子もない効果だけに、術式が想像できない。本当に、ブライトは術式を知っていたのか、問い詰めたくなるわ」
「そう簡単にはできないでしょ。何百年も、誰も解けていないんだから」
「そりゃそうだけど。せめて、何かきっかけがあればなぁ」
「そうだ。あるいは、魔物の研究とかしてみたら?」
「魔物?」
 リオンは頷き、
「ブライト・フェルカのラストスペルって、唱えた人の願いを叶える存在を生み出すんでしょ?」
「そうね」
「魔物もさ、どこから生まれてくるのかわからないけど、明らかに生物じゃないでしょ? ラストスペルと同じとまではいかなくても、既存にはない存在を生み出すっていう意味では同じじゃない?」
「既存じゃない存在って、そりゃそうだけ、ど……」
 ふと。クレアの動きが止まった。
「既存じゃない存在。生み出す。ねえ、そんなの、もうひとつ存在するじゃない」
「もうひとつ?」
「幻装よ! 幻装は、魔術で、この世にないものを作り出す! フェルカのラストスペルは、幻装の応用なんじゃない!?」
「ああ、そっか……。でも、幻装は、なんでも叶えてくれるって存在じゃないよね」
「それはそうよ。幻装は、自分の経験をもとに、武器を作り出す術式。自分が経験していないことはできないわ。でも、ラストスペルは、自分が経験していない未知の状態を作れなければいけない。そこが大きな違いなのよ」
「そんなの、簡単にできるの?」
「できないわよ! 人間、自分が経験していないことを作るなんて簡単じゃない。でも、フェルカにはできたんだわ! そうね、そう考えれば、少しは術式の解析も進められるかもしれない! 帰ったらさっそく構築してみなきゃ!!」
 ぐっ、と拳を握るクレア。その姿に、なんとなくリオンは、笑みを浮かべていた。

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 翌朝。教導隊の四人は、小屋を出た。今度は一路、王都を目指す。
 山から離れる方向なので魔物との遭遇率は下がるが、より厄介な問題が生じる。敵に後ろを見せた状態になる、ということだ。
 行軍の先頭はリト。最後尾にアレンを置き、王都を目指す。その中で、リトは言う。
「いいか。滅多にあることではないが、軍部とて、苦戦すれば戦線を後ろに下げることはある。いわゆる撤退戦だ。だが、撤退する時というのは非常に危険だ。敵に後ろを見せながら、こちらは逃げなければいけない。逃げている時点で相手の方が強いのは確実だ。強者に背中を見せるというのは、ほぼ自殺に等しい」
「でも、後ろを見ながら下がることはできませんよね」
「そうだ。そこが重要で、しんがりを担当する者は、相手を押さえながら、自分も少しずつ下がっていかなければならない。また、相手の姿が見えなくなったとしても、油断はできん。いきなり奇襲をしかけてくる可能性もあるからな」
「索敵をしながら、時間を稼げなければいけない、ということだな」
「アレンの言う通りだ。今は狙っている魔物がいるわけじゃないが、常に緊張感は保っておけ」
「はい!」
 とはいえ、広い草原地帯だ。まばらに木が生えているのみで、奇襲を受けるような地形でもない。昨日のように下草から飛び出してくる魔物もいるが、それらはおしなべて小型。アレンならば一撃、クレアの衝撃波でもよろめく程度の相手でしかない。
 緊張感の薄いままで行軍していくこと、いくばくか。
「……リトさん、あれは?」
 最初に声を出したのはクレアだった。進行方向から、ぎゃあぎゃあと鳴き声が聞こえる。魔物の声だ!
「急ぐぞ」
 リトが駆け出す。遅れて、新人三人も走り出した。
 やがて、進む先に魔物の姿が見えてきた。
「魔物が、魔物を襲っている……?」
 複数の魔物が絡み合っている。
 かたやは、人間のような体に、狼の顔を持つ者。
 対するのは、鋭い嘴を持つ猛禽のような魔物が複数。
「いや、あれは亜人だ」
 リトは幻装を作ると、高く振り上げた。
「行け、スネイク!!」
 まっさきに戦端を切り開いたのはリトの幻装。きっさきが猛禽たちの間を駆け抜け、狼はその隙に魔物と間を取る。
「クレア! 一般人を保護! アレン、リオン! 迎撃!」
「了解!!」
 魔物と亜人の間に滑り込むクレア。一方で、リオンとアレンは猛禽たちに立ち向かう。
「はっ!」
 飛び上がり、斧を振り回すアレン。だが、当然のように、宙を舞う鳥を斧で捉えられるわけがない。
「アレン、無理だよ!」
「ふん。ルナブレイバーを、ただの斧だと思うなよ!!」
 両手斧を水平に構えたアレン。その時点で、すでに猛禽たちは高く飛び上がり、様子を窺っている。
「逃がしは、しない!!」
 アレンが斧を振りかぶる。その姿が、徐々に変化する。
 刃が大きく、より大きくーー巨大に!!
「【邪悪を喰らう月ルナブレイバー超巨大化ギガント!!】
「ッ!?」
 ただ振り下ろすだけで、吹き荒れる暴風。
 巨大化し、まるで一軒の家が空から落ちてくるような錯覚。無茶苦茶な一撃は魔物を踏み潰し、霧に変える。
 運よくと言うべきか、攻撃範囲から逃げきった猛禽は、急降下してアレンを狙っていた。だが、その動きは、リオンに見えていた。
「逃がさないよ!!」
 巨大化した斧を踏み台に、飛び上がるリオン。真っ正面から突っ込んでくる魔物に、ショートソードをぶつけ……ようとして、かわされる。
 だが、急速に動きを変化させた猛禽は、すでにバランスを崩していた。そこに、クレアの追撃。
「アローサル! クラーワ!」
 衝撃波は魔物の翼をへし曲げ、動きをにぶくさせる。ばたつく鳥に、リオンは力いっぱい斬りつけた。
「ぎッ!」
 翼を傷つけられた猛禽は、うめき声をあげながら地面に落ちる。飛んでさえいなければ、倒すことは難しくない。
 アレンが引き抜いたショートソードを突き刺し、魔物は沈黙した。