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「ふう」 息を吐き、剣を収めるメンバーたち。その視線は、残った亜人に向かう。 亜人は肩口から血を流していた。そのそばに、リトが屈み込む。 「亜人だな。治療はいるか?」 「いらねえ。人間の世話にはならねえ」 「そうか。じゃあ黙れ」 「ぐっ!?」 亜人をひっぱたいて転がすと、思い切り踏み付けた。そのまま、リトはポーチから媒介を取り出し、治療の魔術を唱える。 「……無理矢理でも治療するなら、聞かなくてよかったんじゃ」 「治療中に暴れられたら困るからでしょ」 「だからって足で踏み付ける必要はないような……」 だが、リトの魔術は正確だった。もう肩から血は出ていない。 治療が完了すると、リトは亜人の上からのいた。ぺっ、と唾を吐き、亜人は立ち上がる。 「礼は言わねえぞ」 「礼なんぞいらん。それより、これほど王都に近い場所で、何をしていた」 「尋問か? 答える義理はねえ」 「王都では先日、王族を狙ったテロが発生した。実行犯は獣面種の亜人。お前と同じだな」 「それがどうした」 「関係は?」 「仲間は売らねえ」 「そうか。では、これからどこに行く?」 「……北だ」 亜人は、北ーー山の方を見つめる。その横顔を見上げていたリトは、 「……わかった。見なかったことにしてやる、行け」 「ふん」 そのまま荷物を持って行こうとする亜人。と、その前にリオンが立ちはだかる。 「リオン、どういうつもりだ」 「い、今だってこの人、魔物に襲われていたんですよ!? このまま山なんか入ったら、死んじゃいます!」 「今のは連中が飛んでいたから苦戦しただけだ。地上の連中ならわけねえ」 「そんなのわからないじゃないですか! 危ないですよ!」 「うるせえな、人間にそんなこと言われる筋合い、は……」 ふと。狼の目が、リオンを捉えた。鼻がひくひくと動き、 「おい。なんでお前、人間と一緒にいる」 「え?」 その目つきは、すでに戦闘態勢のそれだった。 「事と次第によっちゃ、許さねえぞ」 「ちょ、ちょっと待ってください! いきなりなんですか!」 「とぼけんじゃねえ! なんで亜人が軍服着てるんだって聞いてんだよ!!」 「えっ!?」 「ッ!?」 衝撃は、教導隊全員に走っていた。 「あ、亜人? 僕が?」 「まだとぼけやがるのか!? だったら……!!」 狼が鋭い爪をきらめかせる中、リトが間に入る。 「待て、亜人。こいつは本当に、人間だと思っていた。こいつも、あたしたちもだ。嘘じゃない」 「あぁ? そんなもん、匂いで一発……、ああ、テメエらは、匂わねえのか」 そこで、狼も爪を収めた。 「じゃあ、何か? お前、自分が亜人だって気づいてねえのか?」 「……亜人。お前さえよければ、もう少し付き合ってくれないか」 「……」 亜人はしばし黙ると、きょろきょろと見渡し、近くの木を指した。 「ここじゃ暑くてかなわねえ。あっちに行くぞ」 木陰に落ち着いた五人。亜人はリュックを下ろすと、リオンを見やる。 「まずは名乗ってやる。俺はルタ・シムだ」 「リオン・テイラーです」 「リオンか。じゃあお前、これ食ってみろ」 ルタがリュックから取り出したのは、赤い小さな木の実だった。それを取り出した瞬間、クレアは鼻を押さえ距離を置く。 「くさっ!? な、何よそれ」 「こいつはカリブの実だ。人間にゃ異臭だろうが、亜人にとっては良い匂いに感じる。亜人同士じゃ一般的な果物でな、俺も好物だ。リオン、お前、これが臭いか?」 リオンは赤い木の実を受けとる。それを鼻に近づけたところで、臭いとは思わない。 少しだけ、木の実をかじってみた。 「……甘い」 「そいつが甘いのは亜人だけだ。人間にとっては苦い。まさに亜人だけの木の実だ」 嘆息し、ルタはリトを見やる。 「どういうことだ、人間。亜人がどうして軍部にいる」 「……当人にはその自覚がなかった。我々も、亜人が軍部の試験を受けるなどと思っていなかった。それだけのことだ」 「だが実際、亜人が軍隊にいるってのは、相当まずいんだろ」 「確かにその通りだ。王都では、亜人は国外追放となる。軍部からそういう者が出たとなれば、世間の風当たりも強くなるだろう」 国外追放。その、現実的な言葉に、新人たちはハッとした。 「リオンが、国外追放になるんですか?」 「……あたしからは、なんとも言えない。リオン、お前は自分が亜人だと知らなかったんだろう?」 「はい。その、今でも、自覚はないんですけど」 当の本人は、戸惑っている様子だ。無理もない。生まれて16年間、ずっと自分が人間であることに疑いを持ったことはなかったのだから。 「お前の両親は?」 「その、人間……だと思います。聞いたことはありませんけど」 「確かに、亜人の中にゃ人間と見分けがつかねえ奴もいる。お前の両親が亜人なのか、人間が亜人の子を拾ったのか知らねえが……。お前は、人間として育てられた。そりゃ、間違いないだろうな」 ルタは続けて言う。 「少なくても、人間の社会で生きていきたいなら、亜人っていう肩書は邪魔だ。俺は見た目からして逃げ道ねえからどうにもならなかったが、人間に混じって生きている亜人もいる。あるいは、そういう存在として、お前を育てたかったのかもしれねえな」 「その、ルタさんは、王都に住んでいたんですか?」 「この間まではな。さっきお前たちが言っていたテロ、あれがあってから、警邏の連中による亜人狩りが厳しくなった。住みづらくなったんで、ほとぼりが冷めるまで、山の近くに住もうと思ってたんだよ」 「お前はテロに関与していないのか」 「仲間は売らねえって言ってんだろうが」 じろりとにらむリトと、同じような目線を返すルタ。 先に折れたのは、ルタの方。 「……ったく。まあ、テロ起こした連中も、俺は知らないわけじゃねえ。地下組織なんてどっかで繋がってるしな。ただ、連中は強硬派だ」 「強硬派?」 「王都には亜人の地下組織ってのがあってな。俺みたいな、王都では住めない外見を持った連中同士が、なんとかして生きていくための互助組合みたいなもんだ。その中でも、ひっそり生きていこうっていう俺たちみたいな連中と、社会のルールを変えてやろうって連中がいるんだよ。テロを起こしたのは後者のグループだ」 「社会のルールを……」 「確かに、おかしいと思うことはあるさ。俺たちは望んで亜人に生まれたわけじゃねえ。なのに、外見がこんなだからって差別されるんだからな。人間だって好きじゃねえ。けど、だからって戦争吹っかけて勝てるとも思っちゃいねえ。結局、我慢するしかねえってな。そう思ってたんだが」 「じゃあ、あのテロは……」 「我慢できなかった連中がいたんだろうよ。誰の発案か知らねえけどな。それより、大事なことは別だろ」 ルタはリオンを見やり、 「お前が、亜人として生きていくなら、そういう地下組織とも渡りをつけておいた方がいいぜ。亜人は亜人には優しいからな。ただ、軍人として生きていくのは諦めた方がいい。絶対にどっかでバレるし、安全なとこでバレなきゃ、それこそ追放だの死刑だのになりかねない」 「私たちが、リオンを突き出すとは思っていないのか」 アレンの問い掛けに、ルタは返す。 「お前たちは仲間なんだろ。俺は人間なんざ大嫌いだが、仲間を売るほど屑とも思っちゃいねえ」 「む……」 「ま、お前たちがそこまで屑だっていうなら仕方ねえけどな。それとも、俺と来るか? 当面は安全を保障するぜ」 「それは……」 リオンはクレアを、アレンを、リトを見た。 「僕は、どうすべきだと……思いますか」 「それは、自分で決めるしかないだろう」 まっさきに答えたのは、リトだった。 「あたしは立場上、お前を隠すことはできない。だが、心情として、お前を突き出したくないのも本音だ。身勝手だが、お前に判断を委ねざるをえない。お前が自ら王都を去るならばそれでよし、そうでなければ……」 その先を、リトは言わなかった。 「……すまんな。あたしも、どうすれば良いのかわからないんだ」 ぽつりとこぼす。続くアレンは、 「貴族として、社会に混乱をもたらすお前を王都に連れ帰るわけにはいかない」 「アレンさんは、素直に反対するんですね」 「当然だ。だが、リトさんの言うことも、理解できないわけじゃない。亜人というだけで追放というのは、確かに厳しすぎる処分だ。……あるいは、地方に行くという手もあるだろうが」 「地方?」 「私の家が治めている地方は、王都と同じく亜人が住んでいないことになっているが、実態として亜人の居住区はある。公にはしていないがな。そういう場所に移住するという手もある」 「移住……。その時は、軍部をやめる、ってことですよね」 「当然だ」 頷くアレン。 リオンは、最後にクレアを見た。 「クレア。僕は、どうすべきだと思う?」 「わた、しは……。リオンと、こんな形で離れ離れになりたくないよ」 その顔は、今にも泣きそうで。涙をこぼしていないことだけが、かろうじて強さを見せていた。 「……」 「どうすべきかはお前が決めろ、リオン。一週間やる。それまでは、あたしも、アレンも待ってやる」 それでいいな、とアレンを見上げるリト。軽く肩をすくめ、アレンは同意した。 それでも。リオンは、何も言えないでいた。 「……これで」 ノートに書き連ねた数列を眺め、その亜人は言う。 「できた」 自分自身で作り上げた術式。そこに間違いがないか検証するには、なお数日は要するだろう。 だが、間違いないという確信がある。 これで、世界は一変する。理想の世界が誕生するのだ。 亜人という存在が、差別されない世界へ。 「ははっ」 思わず、笑い声が漏れた。その世界を想像するだけで、胸が高鳴った。 亜人は立ち上がると、窓の外を見た。 安いアパートの窓から見えるのは、薄汚い川と、その河川敷に住んでいるホームレスたちだ。その半数は、都市で生きる亜人だ。 亜人の国に行くほどの金も、体力も、誇りすらない。ただ生きているだけの存在。 それら全てを救うのだ。 「英雄に、なる」 それが、自分の天命なのだと信じて。 それだけが、原動力なのだ。 |