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王都に戻ってすぐ、リオン・テイラーは休養処分が言い渡された。 表向きは、魔物との遭遇戦により負傷したというもの。だが、事実は、亜人として生きるか否かの決断をするための時間だった。 自室にこもり、リオンは天井を見上げつづける。そこに書いてある答えを探すように。 だが。そんなところに、答えなどあるはずもない。 故郷では、亜人と呼ばれる存在はいなかった。 自分も、亜人というものは、聞いていたのかもしれないがーー少なくても、意識したことはない。故郷では魔物の存在の方がよほど身近で、逆にいえば、人類以外の存在など、それくらいしかなかったのだ。 だから、いまさら自分が亜人だの、だから人間とは離れて暮らさなければいけないだの言われても、実感が湧かない。 いっそのこと、ルタのように獣然とした姿であったのなら、納得もいったかもしれない。それなら、少なくても、生まれた時に自分が亜人がそうでないか、などという問題に直面することはなかっただろう。 「父さんと母さんは、知っていたのかな……」 両親の顔を思い返す。 自分の視点からでは、両親は普通の人間だった。 自分が亜人であるということは、生みの親は亜人だったということだ。だが、あの二人も、亜人だったのだろうか? あるいは、自分の故郷は自分だけがそうと知らないだけで、アレンが言うような亜人の集落だったのだろうか? まさか、と思い返す。それなら、自分が軍部に入ろうとするのは止めただろう。やはり、両親も知らなかったのだ。そうでなければ、自分が軍部に入るなどと言い出した時に、あるいは王都に行くとなった時に、止めていたに違いない。 自分の性分に対しては反対していた母だったが、父は普通に送り出してくれた。学校の友達も、魔術の才能がないからと笑ってはいたが、だからといって、リオンが王都に行くことを反対する雰囲気ではなかった。 やはり、誰も知らなかったのだ。となれば、本当の両親は、他にいるということ。 「本当の親……」 それは、どんな人なのだろうか。自分と同じように、人間と大差ない外見なのか。あるいは、ケモノのような外見なのか。 両親はーー育ての親は、本当の両親について知っているのだろうか。それとも、知らずに自分を育てているのか。 捨て子というのは、リオンにとって、物語の中の出来事だ。子供の頃に読んだ物語は、確か、特別な英雄の子供が捨てられていて、育ての親に出会って、なんだかんだあった末に世界を救うといったような英雄の物語であったと記憶している。 子供心には、特別な出自の主人公に憧れたりもしたが、いざ自分がその立場になると、戸惑いのほうが強い。 少なくても、故郷には捨て子などいなかった。まあ決して広くない社会で、黙って子供を産むことも、黙って捨てることもできなかっただけだろうが。 では、両親は、自分をどうして育てることになったのだろうか。あるいは、本当に亜人なのか……。 考えても答えの出ない問題。親に聞けば済むのだが、その勇気も湧かない。その質問は、場合によっては、家族というものを失う質問であるのだ。 自分が捨て子であったなら。それを、自分が気づいたと知ったら。親は、なんと言うだろうか。 子供から見て、良い親であった。不満など何もなかった。 そんな親を傷つけるようなことは、したくなかった。 「……こんな時、あの人なら、どうするのかな」 自分の命を救ってくれた恩人。 自分の目からは、とても強い人に見えた。憧れの中に生きるあの人ならば、こんな問題にも、スパッと答えを出してくれるだろうか。 そんな、やくたいもないことを考えながら過ごしていると、コンコン、と扉がノックされた。 「……どうぞ」 入ってきたのは、クレアだった。どこか所在なさげに入ってきたクレアは、リオンを見やり、 「どう、調子は?」 そんなことを聞いた。リオンは苦笑し、 「体は大丈夫。怪我したわけでもないしね」 「そっか……。ねえ、入ってもいい?」 「どうぞ」 部屋に入ってきたクレアは、軍服ではなく、普通のブラウスにスカート姿だった。よくよく考えれば、今日は休日だったと思い出す。部屋にこもっているせいで、日にちの感覚がなくなっていた。 しかし、部屋に入ってきたクレアは、何を言うこともできず、もじもじとするばかり。 「決めたかって、聞きたいの?」 だから、リオンから口火を切った。びくりと震えたクレアは、 「その、ごめん」 「なんで謝るの?」 「えっと、なんとなく」 「おかしなクレア」 くすくすと笑ったリオンは、 「ごめんね、こっちこそ。変に気を使わせて」 「そ、そうじゃないんだけど」 「でも僕、いまだに自覚が湧かないんだ。まあ、王都に来て、初めて亜人って存在を認識したからってこともあるかもしれないけど。僕の中では、亜人と人間の区別がついていないだけかもしれない」 「じゃあ、人間として生きるの?」 「そうなると、リトさんに迷惑がかかっちゃうね」 「……正直、リトさんもアレンも、あんたを突き出したりはしないと思う」 クレアは、そんなことを言った。 「だって、あんた、ただの良い奴じゃない。勇気もあって、お姫様に気に入られるくらい凄い奴で。そりゃ亜人かもしれないけど、軍人として失格ってわけじゃない」 「そういうわけにはいかないんでしょう? 王都では」 「それは……そうだけど」 「だから、実質的に、選択肢はないんだろうけどね」 「そんなことない!」 声を大きくし、クレアはリオンの肩を握る。 「わたしたちが言わない限り、絶対にバレないわ。リトさんもアレンも、わたしが説得するから! だから、どこにも行かないで欲しいの」 「どうして、そこまでして?」 「それは……」 顔を赤くし、瞳を伏せる。大きく息を吸い、けれどうまく吐くことができず、ごほごほとむせる。 それから、クレアは言った。 「そんなの、あんたにいなくなって欲しくないからよ」 「理由になってないじゃん」 「そこまで言わせたいの?」 「何が?」 じっ、とリオンを見上げ、クレアは言う。 「そんなの、あんたが好きだからに……決まってんでしょ」 「……え?」 きょとんとするリオンに、クレアは真っ赤になりながら、 「あっきれた。本当に本気で理解してなかったの? ただの鬼畜かと思ったじゃない」 「え。好きって、え?」 「な、何度も言わないでよ。恥ずかしいでしょ」 顔を伏せるクレア。その姿に、リオンは戸惑う。 「えっと、その、なんで?」 「なんで? あたしのオタク丸出しの趣味に付き合って? 命懸けで禁書から助けてくれて? バカみたいにおひとよしで、そのくせ魔物に立ち向かう勇気があって、それでいて素直でまっすぐで?」 そんなの、と消え入りそうな声で言う。 「そんなの、好きにならないわけないじゃん……」 ぼそりと呟いた声。なのにそれは、はっきりと聞こえた。 「だから、お願い。どこにも行かないで」 「……クレア」 その願いに。 リオン・テイラーは、答えることができない。 |