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 その頃。
 リト・コーツの執務室に、アレン・リベットの姿があった。
 小さな事務机を挟み、二人は対峙している。
「何の用事だ。アレン」
 書類にサインをしながら、リト・コーツは言う。
「リオン・テイラーをどうされるおつもりですか、リト中佐」
「はん。中佐ときたか」
 ペンを止めたリトは、アレンを見上げる。
「選択の余地があるのか」
「では、彼の正体を、上層部に告げると?」
「それ以外の選択肢があるのかと聞いているんだが? アレン・リベット」
「本当にそうされるおつもりであるならば、自分は何も言いません、中佐」
「……」
「失礼ながら。中佐、これからなさろうとしていることは、立派な背任行為です」
「だったらどうする? お前が、あたしを力でねじ伏せるとでも言うつもりか?」
「自分にそんな力などないことは、中佐が最もよくご存知でしょう」
「当たり前だ。つい数ヶ月前に入隊したばかりの新人に負けてちゃ、中佐なんざ勤まらん」
「では、自分を力でねじ伏せ、リオンをかばうおつもりですか?」
「……」
 その問いに、リトはすぐには答えなかった。
 机に置かれたティーカップを手に取り、軽くすする。
「……本音で言うのなら、あいつは軍部に残してやりたい。ソフィア姫のお気に入りとかいう問題もあるが、何より、あいつは軍部にとって必要な精神を持っている。そういう奴は、いまどき希少だ」
「必要な精神?」
「自己犠牲。我が身を盾に、というやつだ」
「盾に、ですか。あのテロの時の?」
「そうだ。ああいうことが咄嗟にできる奴が、軍部に最もふさわしいとあたしは考えている。その一点において、あいつほどの新人は滅多にいない。もちろん、ああいう動きは、訓練によって習得することができる。いずれ、この仕事を続けていけば、誰でもできるようになるだろう。けど、それは職業的な矜持に過ぎん。生まれ持った才能とは違う」
「才能とまで言いますか」
「そうさ。才能だよ。いざって時には人間の本性が出る。その本性が、あいつの場合、とてつもなく立派だってことだ。そんな奴がこの王都に何人いる?」
 アレンは答えられなかった。
 いくらでもいるわけではない。その事実は、十分にわかっていたから。
「アレン・リベット。地方貴族のお前ならば、理解できているだろう」
「何がでしょう」
「咄嗟に頼りになる人間が、どれほど重要か」
「……自分は、当主ではありません」
「当主でなくても、だ」
「違います。当主になれなかったのです」
 直立不動のまま、アレンは続ける。
「自分は、リベット家の長女です。リベットの家訓では、最も強い者が家を継ぐこと、となっていました。実際、先代である父は、二人の弟がいますが、兄弟で試合し、勝った父が家督を継ぎました。自分も……、私も、そうなるはずでした」
「だが、そうはならなかった?」
「はい。それは、自分が女だからです」
「ほう」
 うなるリトに、アレンは続ける。
「過去、リベット家では、幸か不幸か、試合の勝者が女であったことはありませんでした。けれど、私は女で、そして……弟よりも強かった」
「それだけ鍛練を積んだんだろう。お前の幻装を見ればわかるよ。あれは、一朝一夕で身につくものじゃない」
「ありがとうございます。私は弟と試合を行い、勝ちました。けれど、年寄り連中は、私が……女が家督を継ぐことに難色を示した。意見がまっぷたつに割れ、結果的に、家督は弟が継ぐことが決定しました」
「いまどき、女だからどうこうなんて言うやつがいるのか」
「いたんですよ。だから、私は軍部に入ることを決めたのです。誰にも文句を言わせぬ存在になるために」
「……だから近衛にこだわるのか。王族特権ならば、地方貴族の当主など、いくらでもすげ替えられる」
「それもありますが、何より、近衛を任せられるほどの力が自分にあると、そう誇示したかっただけなのだと思います」
「見栄だな」
「わかっています。その幻想は、晴らしたつもりです。いえ、晴らしてもらった、と言うべきか」
「誰にだ」
「リオンにです」
 アレンはまっすぐリトを見つめ、
「あいつが立派な人間であること、私も保障します。けれど、それと、亜人であるかどうかという問題は違う。男だ女だなどという、自分ではどうにもならない理由を盾にして、反論する者がいるのです。彼が亜人であることが知られれば、今までどれほどの功績をあげていようとも、どれほどの立場になっていようとも、全てが無駄になる」
「お前のように、か」
「自分で言うのもなんですが、その通りです。私が当主の座を奪われたのと同様、彼も、人として生きることはできなくなる。たとえ姫の専属近衛になっていようとも、状況は変わらないでしょう。いえ、もっと悪いかもしれません」
「姫の護衛という重要な立場を、亜人なんぞに任せた、か。軍部の存在すら危うくなりかねないな」
「組織にとっても大きな痛手になるでしょうが、それ以上に、傷つくのはリオン本人です」
「だからこそ、今のうちに追放すべきだ……と?」
「私が言いたいのは、それだけです」
 机の上で手を組み、リトはため息をつく。
「お前の言うようなことは、言われるまでもなく、わかっているつもりだ」
「なら!」
「だが、あいつを立派な軍人にしてやりたいとも思うんだ」
「そんなことはできません!」
「わかっている! だが、あれほどの逸材が他にいるか!? あいつの姿は、きっと他の軍人にも影響する! あれほどの奴がいれば、軍部が変わる風だって吹きかねない!」
「それはさすがに、大袈裟です! 得られるメリットとデメリットが等分じゃない!」
「わかっている! こんなのは、あたしが見ている幻想だとも!」
 バン、と机を叩き、それでもリトは言う。
「わかってはいるつもりなんだ。だが、諦めきれないんだよ。それくらい、あいつが良い奴なんだ。言うなれば……あいつという存在に、恋しているようなもんだよ」
「リトさん……」
「お前も、気持ちは同じだと思っていたが?」
 リトのいたずらな視線に、アレンは苦笑を漏らす。
「そんなの、決まっているではないですか」
 そう答え、二人揃って、嘆息した。