☆ ★ ☆


 王城公園。
 魔物に囲まれた中において、オーサ・メイザーは冷静だった。
「うふふ。見てごらんなさい、この変わり果てた世界を」
 闇色の光は柱となり、天高くそびえている。光からは次々と魔物が生まれ、飛びだし、いずこかへと消え去っていく。
 遠くから聞こえるのは阿鼻叫喚。かおるのは血臭。
 リオンの手は、意図せず震える。
「あ、あなた、なんてことを……」
「何を言っているの? 私は、ただ術式を起動させただけ。これが、ラストスペルの正体」
「これが、こんなものが?」
「そうよ。あははは! そうよ、ブライト・フェルカは300年も前に、すでに仕込んでいたのよ! 人類を破滅させるキーを!!」
 天を仰ぎ、オーサは叫ぶ。
「この魔術は誰にも崩せないわ! この公園を中心にした魔法陣は、300年間、魔力を蓄えつづけてきた! そして、今も周囲の魔力を吸収しつづけている! もはや王都内で魔術なんて使えないわ! だから亜人を追放すべきじゃなかったのよ! 亜人さえいれば、対抗できたかもしれないのにね!!」
 ギリ、とリオンは歯がみする。
「あ、あなた、自分が何をしたか、理解しているんですか!?」
「当たり前でしょう! 私は亜人オーサ・メイザー! 亜人の未来を紡ぐ女よ!!」
 ぎゅっ、と目をつぶったリオンは、オーサの頬をはたく。
 ぱん、と軽い音が響く。
「人間を皆殺しにしたって……。そんな血塗られた土地に、亜人の幸せなんかない!!」
「……綺麗事を。いいわ、どうせ人間は滅びるんだもの。いまさら手遅れよ! それとも、あなたが止めてみせる!?」
「もちろんっ!!」
「あなたは亜人だわ。亜人ならば、自分自身の中に宿る魔力を使って、対抗できるでしょう。けど、それで人類が救われたとしても、誰もあなたには感謝しない! なぜならあなたが亜人だから! 魔物が魔物から守ってくれたといったところで、感謝する人間なんていやしないわ!!」
「ッ……!!」
 そうだ、と気づく。
 自分が、亜人としての力を発揮すれば、あるいは何かができるかもしれない。少なくても、多少の人間は逃がせるはずだ。
 だが、それは、自分の正体がバレることを意味する。
 そうなれば、たとえ人類が救われたとしても、自分は王都にはいられない。それどころか、人類の居住域にすらいられなくなる。
 両親とも、故郷の友人たちとも……、自分を好きだと言ってくれた少女さえも、もう会えなくなる。
「そうよ、亜人に立場なんてないの!! それを私が変えてあげようと言うのよ!! あなたは私に従うしかないのよ!!」
 一転。オーサは妖艶な笑みを浮かべる。
「あなたは、人間も亜人もひきつける魅力があるわ。私と共に来なさい。亜人の国を作る、その旗頭になるのよ」
「誰がそんなこと……!」
「よく考えなさい。このままでは、人間はあなたを受け入れない。けれど、亜人は亜人に優しくするわ。人間に迫害されて生きるよりも、亜人のハーレムでも作った方が幸せよ? 亜人なら、人間にはできないプレイもできるわ」
 くすくすと笑う。
「そう、あなたは私と共に来るしかないの。それ以外に選択肢はない。人間などという、屑のような生き物とは共に生きられないのよ!」
「……違う」
 その言葉は、考える前に口から飛び出していた。
「違う! そんなのが正しいはずがない!」
「何が違うと言うの? そうしなければ、あなたは追放されるのよ!!」
「それがどうした!!」
 家族にも、友人にも、仲間にも会えなくなるかもしれない。
 それでも!!
「目の前の救える命を救わないで!! 何が軍人だッ!!」
 ぐっ、と力を込める。力の出し方など教わったこともないが、すぐに、そんなものは教わる必要がないのだと気づいた。
 子供だって、教えられずとも歩き方は学ぶ。それは、生物としての本能なのだ。
 亜人としての本能が告げている。そのまま感情に身を任せろと。
 そうすれば、後は応えてくれると!!
「させない……。滅亡なんて! 僕が、させるもんか!!」
 胸の奥が熱い。
 体の底から力が沸いて来る。
 それは、銀色に輝いていた。リオンの全身が、美しい光に包まれている。
「これが、僕のーー幻装だ!!」
 次の瞬間、リオンはその姿を変えていた。
 銀色に輝く手足。長く伸びる尾に、兜を思わせる鱗。
 機竜種。金属の鱗を持つ、亜人の中でも特に珍しい”隠蔽型”。
「くそっ!」
 リオンは思い切りジャンプした。体がいつもより遥かに軽い。
 建物を飛び越す勢いで飛び上がったリオンは、手近にいた猛禽のような魔物を殴り飛ばす。一撃で霧となった魔物には目もくれず、次の獲物へ。
 地上を駆ける狼を踏み潰し、人を襲おうとしていた熊を蹴り抜き、火を吹く蜥蜴は殴りつける。
 だが、それでも魔物の数はまったく減らない。それどころか、増える一方だ。
「なんとかしなきゃ……。でも、なんとかって、どうしたら!」
 無我夢中で魔物を蹴散らしながら駆け抜ける。視界に入ったのは、見慣れた仲間たち。
「リトさん!」
「なっ……いや、リオンか!!」
 幻装を振り上げ、目の前にいた魔物を切り倒したリトは、息を整える。その後ろでは、アレンがショートソードを構えていた。
 と、リトの後ろから、クレアが飛び出してくる。
「リオン、よかった無事で!」
「わっ、と……。クレアこそ。リトさんも、アレンも、よくぞ無事で」
「無事とは言いがたいがな。というか、ここから出ることもできん」
 汗を拭い、リトは言う。
「お前、今までどこにいたんだ」
「王城公園に! リトさん、オーサが、フェルカのラストスペルを発動させたんです! それ以上は、僕にはわからないんですけど……」
「クレアが解析した。こっちはわかってるぞ」
 リトが視線で促すと、クレアは頷く。
「この魔術は、大気中の魔力を強制的に集め、魔物を形成しているわ。その術式に重ねがけして、魔物を形成するのではなく、別の……たとえば光とかを形成させるの。そのうえで術式を強化すれば、足りない魔力は、より効率的に魔力を集められる存在ーー魔物から集めるしかなくなる!」
 ばっ、とクレアはノートを見せる。
 そこに並ぶ数式の羅列は、リオンには意味もわからなかったが……。
「そ、そんなことが……」
「もちろん簡単じゃないわ! でも、やるしかない! フェルカの術式が起動したというなら、わたしがフェルカを超えるだけよ!!」
 ごくりと喉が鳴る。それは、可能性の芽だ。
「……現状、魔力濃度が薄すぎて、よほど上位の術者でないと幻装さえ作れないようだ。あたしはなんとか作ったが、アレンは生成に失敗した」
「クレアの考えた術式も、もちろん起動に大量の魔力が必要だ。現状、それほどの魔力を集めるのは不可能だ。となれば、大量の媒介を使うしかない。それが、王城になら、ある」
「王城……。わかりました! じゃあ、僕が王城までの道を切り開きます!」
 その言葉に、リトはにやりと笑った。
「言うようになったじゃないか。よし、じゃあそうしよう。リオン、アレン、クレアを守れ。こいつは今、魔術が一切使えない一般人だと思え」
「了解です!」
「じゃあ、教導隊! 出撃するぞ!」
「はい!!」
 力強い返事とともに、四人は駆け出した。