|
敵を切り裂き、向かう先。 公園の近くには、すでに人の気配はなかった。ただ、次々と生まれる魔物たちが、辺り構わず力を発揮し、何もかもが跡形もなくなっている。 「あそこに突っ込めってわけか。腕が鳴る」 建物のかげからその様子を見たリトは、ごくりと喉を鳴らした。 「あたしが血路を開く。アレン、リオン、構わず行けよ」 「大丈夫なんですか?」 「あたしの心配をしようなんて10年早い。それに、言っただろう。あたしはな、仲間なんていない方が、強いのさ!!」 獣のような笑みを浮かべ、リトは飛び出す。すぐさま魔物たちが気づき、牙を剥き出しにするが、 「さあ、狩りの時間だぞ!! 【気まぐれな蛇の女王】!!」 一閃させるだけで、魔物たちが蹴散らされていく。かすめただけの魔物も、何かの魔術なのか、痺れたように動きを止める。 それは、いつぞやの試験を思わせる光景だ。ただ、あれが味方だというだけで、こんなにも頼もしい! 「試験の応用だ。駆け抜けるぞ、リオン!」 「はい!!」 リトが遠慮なく振り回す剣をかわしながら、魔物を蹴り飛ばし、駆け抜ける。 公園の入口を通り、その先へ。 紫とも闇色ともつかない光の柱。その根本に、女の姿があった。 尖った尾を揺らし、妖艶な笑みを浮かべながら、オーサ・メイザーが待ち構えている。 「あら、戻ってきたの。死にたいの?」 「死なせないために、武器を取ってきたんだ」 青い剣を掲げる。クレアの全身全霊を込めた剣。 「ふん。そんなもので、術式を破れるって? 幻想にも程がある」 「やってみなくちゃわからないさ」 「そうね。魔術は実践してこそ効果を発揮する。だからこそ、やらせるわけにはいかないけど」 オーサが片手をかざすと、背丈ほどもある槍が生まれる。すらりと構える姿は、一角の戦士だ。 「リオン。お前は術式の破壊に集中しろ。あいつは私が」 剣を構え、アレンが対峙する。その姿に、オーサは鼻で笑った。 「幻装も作れない程度の兵隊が、戦いになると思っているの?」 「当たり前だ。私は軍人だぞ」 「ふん。何が軍人よ。生き死にのないような世界で!! のんびり剣を振るったところで、何の訓練にもなりゃしないわ!!」 槍を前に、オーサが突っ込んで来る。それを、アレンは剣で受ける。 「リベット家をナメるな!!」 火花が散るほどの格闘戦。 アレンは、一線級の格闘技術を持つリトと、同格の格闘技術を持っている。オーサは、そんな彼女に、対抗できていた。 いや。オーサの方が押している! 「甘く見ないで……! 魔物だらけのデミに! 軟弱な亜人など一人もいない!!」 「だからどうしたァ!!」 アレンも幻装さえ使えていれば、互角以上に押せただろう。だが、全力を出せるオーサに対し、薄い魔力の中で戦うアレンの方が不利だ。 このままでは、下手に飛び出しただけで、二人ともやられかねない。 ならばと、リオンは協力しかけて、立ち止まる。そんなことをしている暇はないのだ。 「リオンを、行かせる!!」 頼るのは仲間。ただ彼女しかいない。 アレンは、自分自身のあらゆる技能をもって、オーサを攻め立てる。右に、左に、上に、下に。 逃げるわけにはいかない。その、不退転の心構えが、防御すら忘れさせ、アレンに無茶苦茶な攻めをさせた。 「くっ!!」 それはまさに、捨て身の攻撃。己の命すらベットした連続攻撃は、ほんの一瞬だけ、オーサの意識を集中させることに成功する。 「行け!! リオン!!」 言われる前に、リオンはスタートを切っていた。 叫び声を胸に、断腸の思いで駆け抜ける。 「させるか!!」 振り返るオーサ。その槍が、リオンを狙う。だが、アレンもまた、その様を見ている。 「甘い!!」 リオンを後ろから狙う投槍。それを、アレンは自らを盾にして受け止めた。 槍がアレンの左肩を貫通するが、それではリオンの邪魔にはならない。 リオンはただ全力で、前だけを向いて走る。 皆が切り開いた道。 その先に待っていたのは、毒々しい光を放つ一輪の花だ。 これが、術式の元凶。300年前の魔術師が遺した、人間を殺すためのキー。 リオンは魔術のことなど全然わからないが、それが鍵になっているのだということは、ただ見るだけでも理解できた。 だからこそ、まっすぐ花に向かって走る。 「みんなを、守るんだ……。誰かが悲しむ世界なんて!! 誰が認めるものか!!」 己の中で叫ぶ、あらゆる力を剣に込めて。 リオン・テイラーは、まがまがしい花に向かって、青い剣を突き立てる。 光は一瞬にして花に伝わり、その姿を青く染めた。 それは柱へと伝わり、天にのぼる。 「悪夢は消えろ!!!」 次の瞬間。王都そのものが、青い光に包まれた。 「ッ!?」 自分自身も青い光に呑まれ、リオンは眼をつぶる。 まぶたの裏には、王都の光景が映っていた。 街中を駆け巡る軍人。その前にいる魔物が青い光に包まれ、姿を消す。 あるいは、建物の中。一般市民を襲おうとしていた魔物が、間一髪、光となって消える。 その光は、クレアそのものだ。彼女の持つ優しさだ。 王都というひとつの世界が、クレアによって包み込まれている。 そうか、と理解した。 ブライト・フェルカは、人間を憎んでいた。理由は知らないけれど、あの毒々しい光は、彼の持っていた憎しみそのものなのだ。 一方で。クレアは、人間という存在を、愛しているのだ。あの青い光は、そんな彼女の持つ、愛なのだろう。 術式を塗り変えるなどと、何を言っているのかわからなかったけれど……それは、簡単なことだったのかもしれない。 人間は、それほどひどいものではないのだと。ただ、一人の男をーー説得しただけなのかもしれない。 オーサ・メイザーは、がくりと膝から崩れ落ちた。 光が消える。消えてしまう。 彼女が望んだはずの、あの悪意と殺意に満ちた光が、消えてしまう。 「なんでよ……」 ぽつりと、声がこぼれる。 「なんでよ!! ずっと準備してきたのに!! そのために人間の住む場所まで来たっていうのに!!」 地面を叩き、慟哭する。だが、答えられる者は誰もいない。 アレンもまた、座り込みながら、深く息を吐く。肩口から流れる血は止まらないが、死ぬほどの傷ではないこともまた、理解できていた。それだけにつらい。 「……貴様。なぜ失敗したか、教えてやろうか」 「何!?」 ギロリとにらむ殺意のこもった瞳に、アレンは答える。 「確かに亜人は差別を受けている。それによって、苦しい想いもしているだろう。だが、だからといって、人間を滅ぼせば成功するなんて。そんな幻想を抱いた時点で、失敗だよ」 「ふざけないで!! じゃあどうすればよかったというのよ!! 私たちは、どうすれば救われたのよ!!」 「さあな。ただ、拒絶するようじゃ、きっとダメなんだ。受け入れなきゃ」 「受け入れろ? 冗談ではないわ!! お前たち人間のせいで、私たちがどれほど……!!」 「全て知っている。その責任の一端は、私にある。私は貴族だ。世界を変えられる立場にあった。そして、何もしなかった」 その瞳には、確かな力が宿っている。 「この傷に誓うぞ。私は、お前たちを救ってみせる。そうしなければ、貴族など名乗れるものか」 「できるはずないでしょう。たかが貴族ごときに!」 「それを成すのが、貴族なんだよ」 にやりと笑う。 その不敵な笑みに、オーサは二の句を継げなかった。 「やあっと終わったか」 周囲から魔物の気配が消えたところで、リトは剣を取り落とした。手がぷるぷると震える。もはや、フォークすら持てる気がしない。 ごろんと、地面に転がる。見上げる先に広がるのは、徐々に明るさを増す空だ。いつの間にか、朝を迎えていたらしい。 「……この後のことを考えたくない」 前代未聞の大事件。報道の連中は根掘り葉掘り状況を知りたがるだろうし、上層部はかたっぱしから事情聴取するだろうし、緊急事態とはいえ王城の床とか壁とかぶっ壊した(壊したのはシン大尉だが)し、おまけに謁見の間にあったオブジェ壊したし。 ひとりの社会人として、この大事件の事後処理を考えると、向こう一年は休みとかなくなりそうな気がしないでもない。 「……また事件起きないかな」 不穏なことを思わず言いたくなってしまう、リトであった。 青い光が収束し、消える様は、王城からも見えていた。 「やったのですね。リオン・テイラーは」 その光景を窓から見ていたシン・ディレクは、深々と息を吐く。 「お疲れ様、シン」 「いえ。申し訳ありません、姫様」 「何が?」 「危険に晒し、おまけにお召し物まで汚れてしまいました」 ふと見下ろすと、ソフィアの服は破け、埃で汚れていた。けれど、ソフィアはくすりと笑う。 「いいじゃない、たまには。それに、忙しいのはこれからよ。お父様を探さないと」 「そういえば……酒樽のことを忘れていました」 「近衛がいるんだから、無事だと思うけど。サブリナ、お父様はどこにいるかわかる?」 「あ、はい、探します!」 クレアの看病をしていたサブリナは、慌てて部屋を飛び出していく。よくできた部下に、シンはふむ、と唸る。 「さて、と。姫様、これからたいへん忙しくなりますよ」 「事後処理ね。まずは被害状況の確認。その後、復興に必要な物資と予算の概算を弾きなさい」 「もちろんですが、それを成すのは財務担当の大臣でしょう。軍部ではありません」 「何を言っているの? これだけの大きな事件なのよ。軍部とか財務とか、人間とか亜人とか、そんなことを言っている暇はないわ!」 「それを決めるのは酒樽です」 「お父様を説得するのが私の役目よ!」 ふん、と息を吐く姫。 そんな彼女に、不安を覚える要素は告げないでいようと、シンは心に決めたのであった。 |