☆ ★ ☆


 敵を切り裂き、向かう先。
 公園の近くには、すでに人の気配はなかった。ただ、次々と生まれる魔物たちが、辺り構わず力を発揮し、何もかもが跡形もなくなっている。
「あそこに突っ込めってわけか。腕が鳴る」
 建物のかげからその様子を見たリトは、ごくりと喉を鳴らした。
「あたしが血路を開く。アレン、リオン、構わず行けよ」
「大丈夫なんですか?」
「あたしの心配をしようなんて10年早い。それに、言っただろう。あたしはな、仲間なんていない方が、強いのさ!!」
 獣のような笑みを浮かべ、リトは飛び出す。すぐさま魔物たちが気づき、牙を剥き出しにするが、
「さあ、狩りの時間だぞ!! 【気まぐれな蛇の女王リープスネイク】!!」
 一閃させるだけで、魔物たちが蹴散らされていく。かすめただけの魔物も、何かの魔術なのか、痺れたように動きを止める。
 それは、いつぞやの試験を思わせる光景だ。ただ、あれが味方だというだけで、こんなにも頼もしい!
「試験の応用だ。駆け抜けるぞ、リオン!」
「はい!!」
 リトが遠慮なく振り回す剣をかわしながら、魔物を蹴り飛ばし、駆け抜ける。
 公園の入口を通り、その先へ。
 紫とも闇色ともつかない光の柱。その根本に、女の姿があった。
 尖った尾を揺らし、妖艶な笑みを浮かべながら、オーサ・メイザーが待ち構えている。
「あら、戻ってきたの。死にたいの?」
「死なせないために、武器を取ってきたんだ」
 青い剣を掲げる。クレアの全身全霊を込めた剣。
「ふん。そんなもので、術式を破れるって? 幻想にも程がある」
「やってみなくちゃわからないさ」
「そうね。魔術は実践してこそ効果を発揮する。だからこそ、やらせるわけにはいかないけど」
 オーサが片手をかざすと、背丈ほどもある槍が生まれる。すらりと構える姿は、一角の戦士だ。
「リオン。お前は術式の破壊に集中しろ。あいつは私が」
 剣を構え、アレンが対峙する。その姿に、オーサは鼻で笑った。
「幻装も作れない程度の兵隊が、戦いになると思っているの?」
「当たり前だ。私は軍人だぞ」
「ふん。何が軍人よ。生き死にのないような世界で!! のんびり剣を振るったところで、何の訓練にもなりゃしないわ!!」
 槍を前に、オーサが突っ込んで来る。それを、アレンは剣で受ける。
「リベット家をナメるな!!」
 火花が散るほどの格闘戦。
 アレンは、一線級の格闘技術を持つリトと、同格の格闘技術を持っている。オーサは、そんな彼女に、対抗できていた。
 いや。オーサの方が押している!
「甘く見ないで……! 魔物だらけのデミに! 軟弱な亜人など一人もいない!!」
「だからどうしたァ!!」
 アレンも幻装さえ使えていれば、互角以上に押せただろう。だが、全力を出せるオーサに対し、薄い魔力の中で戦うアレンの方が不利だ。
 このままでは、下手に飛び出しただけで、二人ともやられかねない。
 ならばと、リオンは協力しかけて、立ち止まる。そんなことをしている暇はないのだ。
「リオンを、行かせる!!」
 頼るのは仲間。ただ彼女しかいない。
 アレンは、自分自身のあらゆる技能をもって、オーサを攻め立てる。右に、左に、上に、下に。
 逃げるわけにはいかない。その、不退転の心構えが、防御すら忘れさせ、アレンに無茶苦茶な攻めをさせた。
「くっ!!」
 それはまさに、捨て身の攻撃。己の命すらベットした連続攻撃は、ほんの一瞬だけ、オーサの意識を集中させることに成功する。
「行け!! リオン!!」
 言われる前に、リオンはスタートを切っていた。
 叫び声を胸に、断腸の思いで駆け抜ける。
「させるか!!」
 振り返るオーサ。その槍が、リオンを狙う。だが、アレンもまた、その様を見ている。
「甘い!!」
 リオンを後ろから狙う投槍。それを、アレンは自らを盾にして受け止めた。
 槍がアレンの左肩を貫通するが、それではリオンの邪魔にはならない。
 リオンはただ全力で、前だけを向いて走る。

☆ ★ ☆


 皆が切り開いた道。
 その先に待っていたのは、毒々しい光を放つ一輪の花だ。
 これが、術式の元凶。300年前の魔術師が遺した、人間を殺すためのキー。
 リオンは魔術のことなど全然わからないが、それが鍵になっているのだということは、ただ見るだけでも理解できた。
 だからこそ、まっすぐ花に向かって走る。
「みんなを、守るんだ……。誰かが悲しむ世界なんて!! 誰が認めるものか!!」
 己の中で叫ぶ、あらゆる力を剣に込めて。
 リオン・テイラーは、まがまがしい花に向かって、青い剣を突き立てる。
 光は一瞬にして花に伝わり、その姿を青く染めた。
 それは柱へと伝わり、天にのぼる。
「悪夢は消えろ!!!」
 次の瞬間。王都そのものが、青い光に包まれた。
「ッ!?」
 自分自身も青い光に呑まれ、リオンは眼をつぶる。
 まぶたの裏には、王都の光景が映っていた。
 街中を駆け巡る軍人。その前にいる魔物が青い光に包まれ、姿を消す。
 あるいは、建物の中。一般市民を襲おうとしていた魔物が、間一髪、光となって消える。
 その光は、クレアそのものだ。彼女の持つ優しさだ。
 王都というひとつの世界が、クレアによって包み込まれている。
 そうか、と理解した。
 ブライト・フェルカは、人間を憎んでいた。理由は知らないけれど、あの毒々しい光は、彼の持っていた憎しみそのものなのだ。
 一方で。クレアは、人間という存在を、愛しているのだ。あの青い光は、そんな彼女の持つ、愛なのだろう。
 術式を塗り変えるなどと、何を言っているのかわからなかったけれど……それは、簡単なことだったのかもしれない。
 人間は、それほどひどいものではないのだと。ただ、一人の男をーー説得しただけなのかもしれない。

☆ ★ ☆


 オーサ・メイザーは、がくりと膝から崩れ落ちた。
 光が消える。消えてしまう。
 彼女が望んだはずの、あの悪意と殺意に満ちた光が、消えてしまう。
「なんでよ……」
 ぽつりと、声がこぼれる。
「なんでよ!! ずっと準備してきたのに!! そのために人間の住む場所まで来たっていうのに!!」
 地面を叩き、慟哭する。だが、答えられる者は誰もいない。
 アレンもまた、座り込みながら、深く息を吐く。肩口から流れる血は止まらないが、死ぬほどの傷ではないこともまた、理解できていた。それだけにつらい。
「……貴様。なぜ失敗したか、教えてやろうか」
「何!?」
 ギロリとにらむ殺意のこもった瞳に、アレンは答える。
「確かに亜人は差別を受けている。それによって、苦しい想いもしているだろう。だが、だからといって、人間を滅ぼせば成功するなんて。そんな幻想を抱いた時点で、失敗だよ」
「ふざけないで!! じゃあどうすればよかったというのよ!! 私たちは、どうすれば救われたのよ!!」
「さあな。ただ、拒絶するようじゃ、きっとダメなんだ。受け入れなきゃ」
「受け入れろ? 冗談ではないわ!! お前たち人間のせいで、私たちがどれほど……!!」
「全て知っている。その責任の一端は、私にある。私は貴族だ。世界を変えられる立場にあった。そして、何もしなかった」
 その瞳には、確かな力が宿っている。
「この傷に誓うぞ。私は、お前たちを救ってみせる。そうしなければ、貴族など名乗れるものか」
「できるはずないでしょう。たかが貴族ごときに!」
「それを成すのが、貴族なんだよ」
 にやりと笑う。
 その不敵な笑みに、オーサは二の句を継げなかった。

☆ ★ ☆


「やあっと終わったか」
 周囲から魔物の気配が消えたところで、リトは剣を取り落とした。手がぷるぷると震える。もはや、フォークすら持てる気がしない。
 ごろんと、地面に転がる。見上げる先に広がるのは、徐々に明るさを増す空だ。いつの間にか、朝を迎えていたらしい。
「……この後のことを考えたくない」
 前代未聞の大事件。報道の連中は根掘り葉掘り状況を知りたがるだろうし、上層部はかたっぱしから事情聴取するだろうし、緊急事態とはいえ王城の床とか壁とかぶっ壊した(壊したのはシン大尉だが)し、おまけに謁見の間にあったオブジェ壊したし。
 ひとりの社会人として、この大事件の事後処理を考えると、向こう一年は休みとかなくなりそうな気がしないでもない。
「……また事件起きないかな」
 不穏なことを思わず言いたくなってしまう、リトであった。

☆ ★ ☆


 青い光が収束し、消える様は、王城からも見えていた。
「やったのですね。リオン・テイラーは」
 その光景を窓から見ていたシン・ディレクは、深々と息を吐く。
「お疲れ様、シン」
「いえ。申し訳ありません、姫様」
「何が?」
「危険に晒し、おまけにお召し物まで汚れてしまいました」
 ふと見下ろすと、ソフィアの服は破け、埃で汚れていた。けれど、ソフィアはくすりと笑う。
「いいじゃない、たまには。それに、忙しいのはこれからよ。お父様を探さないと」
「そういえば……酒樽のことを忘れていました」
「近衛がいるんだから、無事だと思うけど。サブリナ、お父様はどこにいるかわかる?」
「あ、はい、探します!」
 クレアの看病をしていたサブリナは、慌てて部屋を飛び出していく。よくできた部下に、シンはふむ、と唸る。
「さて、と。姫様、これからたいへん忙しくなりますよ」
「事後処理ね。まずは被害状況の確認。その後、復興に必要な物資と予算の概算を弾きなさい」
「もちろんですが、それを成すのは財務担当の大臣でしょう。軍部ではありません」
「何を言っているの? これだけの大きな事件なのよ。軍部とか財務とか、人間とか亜人とか、そんなことを言っている暇はないわ!」
「それを決めるのは酒樽です」
「お父様を説得するのが私の役目よ!」
 ふん、と息を吐く姫。
 そんな彼女に、不安を覚える要素は告げないでいようと、シンは心に決めたのであった。