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 リオン・テイラーは、水の入った鍋を組み上げた石の上に載せ、火をつける。
 空を見上げれば、綺麗な青空。
「平和だなぁ……」
「お前、本当にふぬけてんな」
 そう言ったのは狼面の亜人ーールタだった。
 国外追放処分となったリオンとシンは、流れに流れ、防衛線の外側で、ルタと再会した。
 事情を話すと、彼の仮住まいへ案内してくれたのだ。
 国外、川沿いのところに作られた掘っ立て小屋。お世辞にも住みよい場所ではなかったが、寒くない季節ということもあり、不安はなかった。
 今日も今日とて、シンは川で魚を捕っており、リオンは料理の準備をしている。ルタは周囲の魔物に対する警戒だ。狼面種の彼は、索敵能力も高い。
「お前さ、人間の国を追放されたんだろ。うらみとかねえのか」
「……まあ、仕方ないですよね。そうなるってわかっていて、それでも亜人の力を使ったんですから」
 そう言うリオンは、今は人間の姿だった。この方が、彼にとっては馴染んでいる。機竜の姿になれなくもなかったが、落ち着く方が大事だ。
「そうかい。まったく、人間てのは本当に薄情だよな。お前がいなきゃ、人類ってのは滅んでいてもおかしくなかったんだぜ」
「それは大袈裟ですよ。僕がいなくても、クレアやリトさんたちがなんとかしました」
「そりゃそうかもしれねえし、そうでねえかもしれねえ。事実としてあるのは、お前も頑張ったってことだろ」
「それは、まあ、たいしたことじゃないんで……」
「ったく、謙遜もここまで来ると立派なもんだな」
 あきれた様子のルタは、くすりと笑う。
「けど。そんなお前だから、ラストスペルとやらを打破できたのかもしれねえな」
「そうだといいですね」
「まったく。お、シンが帰ってきたぞ」
 巨大な魚を肩に担いだシンが歩いてくる。国外追放になっても、彼女は変わらない。
「シン大尉は、こういうところでも変わらないですね」
「もう大尉ではありませんよ、リオン。それと、私も姫殿下にお仕えするまでは、あちこち放浪していましたから」
「そうなんですか?」
「ええ。亜人というのは、ひとつところに住み着くと目立ちますので」
 定住すれば、自然、近所付き合いというものができていまう。
 そうなれば、どこかで自分が亜人であるとバレてもおかしくない。
 人間の国に住む亜人は、そうして、流浪する者も多い。
「ですので、この生活も、それほど悪くありません」
「ま、慣れればとうってことはねえわな」
「それは、確かに。僕も田舎出身だから、こういう自然は落ち着きます」
 ふわりと流れる風。川のせせらぎに、草木が揺れる音色。
 それは、自然の中でしか得られないものだ。それはそれで、リオンの心を落ち着けてくれる。
「さてと、それじゃあ、これを捌いてメシに……」
 ふと。ルタの表情が変わった。鼻をひくりと動かし、振り返る。
「どうしたんですか?」
「……人間の匂いだ」
「え!?」
 リオンも振り返る。リオンの視力では、草原の向こう側まで見渡せるわけではない。だが、遠くにぽつりと影が見えていた。
 と、影のスピードが変わる。走り出したのだ。
 その姿は徐々に大きくなり、やがて、見知った顔となる。
「クレア!」
 魔術師の少女は全速力で駆け抜けると、そのままリオンに飛びついた。
「うわっ!?」
 二人揃ってごろんごろんと地面を3回転し、シンに踏みつけられて、ようやく止まった。
「何をしているのですか」
「わ、わかりません。えっと、クレア、なんでここに……」
 腕の中に顔をうずめるクレア。よくよく見れば、その肩が少し震えている。
「やっと……。やっと見つけた。もう、もう会えないかと思った」
「やっと、って。僕が王都を出て、まだ一ヶ月だよ?」
「だって! 国外なんて、死ぬかもしれないとこで!! そんな、会えないなんて……」
 泣きじゃくる少女。その背中を優しくなでていると、遅れて、リトとアレンが姿を現す。
「ここにいたか、リオン」
「リト中佐。我々に用ですか?」
「ええ。シン特務大尉。姫殿下より、あなたに復隊の命令が出ています」
 リトが言うと、シンは目を丸くした。
「正気ですか?」
「姫殿下は国王を説得なされました。クーデター起こしてでも亜人を認めさせてみせる、だそうですよ」
 リトが言うと、シンは苦笑した。
「……まったく、相変わらずじゃじゃ馬なんだから」
「同感です。こちらのじゃじゃ馬も、リオンを返せと煩くて」
 続き、リトはリオンを見下ろす。
「リオン・テイラー。本日より教導隊への復隊を命じる」
「あの、拒否権とかは」
「あるわけないだろう馬鹿者。お前は人類を救った英雄だぞ。これからも人類を守るのに尽力しろ」
「無論、私も協力するぞ。弟ーーリベットの当主を説得し、公的に亜人の居住区を作る方向で検討に入らせた。今はまだ人間と共に、というわけにはいかないだろうが、徐々に浸透させてみせる。ルタ、お前も望むなら引っ越せるぞ」
「あぁ? お、俺もか!?」
「当たり前だ。この一ヶ月、リオンが世話になったようだしな」
「……母親かよ」
 そう言うルタも、表情は明るい。
 そんな、みんなの笑顔を見たリオンは、自分の腕の中で泣きじゃくる少女に問い掛ける。
「ねえ、クレア。じゃあ、これからも……一緒にいてくれますか」
 少女は涙に濡れた瞳でリオンを見返し、笑顔を向けた。
「もちろんよ!」