■夜明けのキッカケ

 誰も話さない沈黙を破ったのは、神楽である。
「な、何なのよ。」
「はい? 何か?」
「何で死ねばいいとか言ってたのに今更助けるのよ!」
「助けない方が良かったですか?」
 新藤は惚けた表情で問うた。
「そういう事を言ってるんじゃない! 何で突き放しておいて今更!」
 語尾がはっきりしない。おそらく、彼女は自分が何を言っているのかも分かっていないだろう。感情をそのまま言葉にしたような、そんな言葉。
「言った通りです。私は戯言を呟くつもりはありません。ですが、教師として最低限やらねばならない事はします。それだけです。」
「――ッ!」
 もう、何を言っていいのか分からない。礼を述べるべきなのか、怒るべきなのか、泣くべきなのか。感情がぐちゃぐちゃになっていて、言葉が出なかった。
「ただ……何もしないようなら、助けるつもりはありませんでした。今助けても、どうせまた同じ事ですから。しかし、彼女は自分を変える勇気を出しました。僅かなモノですが、それで十分ですよ。」
「そ、そんな事ないです。私、神楽先輩や先生がいなかったら何も出来なかったです……。」
 由佳は、恥ずかしそうに顔を伏せながら言った。その様を見て、新藤は言う。
「私は暴力を止めただけです。あなたが変わるための勇気を出した。それは誰にでも出来る事ではありません。それほど、その一歩は小さく、けれど力強いものです。
 ――少なくとも、私には真似できません。あなたは自分の勇気を誇りなさい。」
 さて、と新藤はイジメっ子連中に向き直った。
「松岡さん、でしたね。一緒に来てもらいますよ。お友達も一緒に、です。」
「……はい。」
 真紀も、流石に大人しくした。新藤は、真紀達イジメっ子連中を連れて屋上を去っていく。出て行く時、由佳達の方を向いて微笑んだ気がした。

「以上で報告を終わります。」
 学園長室にて、新藤は学園長にイジメに関する報告をしていた。
「ふむ、なるほどの。これは先生方にも罰をせねばならんのぅ。」
「では、失礼します。」
 学園長のほぼ独り言に近い呟きを完全に無視し、新藤は退去しようとした。
「新藤君。柊君はどうかの?」
 それを止めるためなのか、学園長は新藤に話しかけた。
「多少は神無月さんの事もあって動いたんでしょうが……。かなり芯の強い子のようです。おそらく、すぐに立ち直るでしょうね。今は村野君と一緒にいるようですし。」
「ふむ。彼と一緒なら大丈夫じゃろう。……新藤君。」
 急に学園長は真面目な表情になった。それだけで、部屋の空気が一変する。
「ワシは、許される立場かのぅ?」
 新藤は答えない。その沈黙は、肯定なのか否定なのか。老人にも、判断つきかねた。
「……失礼します。」
 何も答える事なく、新藤は部屋を出て行った。その部屋には、悔悟の空気が満ちていた。

 由佳がイジメっ子を撃退した(むしろ新藤と神楽だが)次の日、例の屋上昼食会には由佳も加わっていた。かなり自然に加わっているのは、特殊なグループである証拠だろう。
「ねぇ。昨日の新藤先生の言葉ってどういう意味だと思う?」
 お茶の入ったボトルを口にしながら、神楽は由佳に聞いた。
「はい? 何か変な事を言ってましたっけ?」
「私よりは〜とか言ってたじゃない。あれって先生もイジメを受けたって事?」
 由佳と神楽の『新藤』という言葉に、他の3人も反応した。
「どういう事?」
 茜の問いに、神楽が答えた。
「由佳の話は、もうしたわね。で、昨日の夜に会った時にさ、そんな事言ってたのよ。だから先生もイジメを受けてたのかなって。」
 有り得ない話ではない、のだが。
「あの新藤がぁ? イジメェ? してた方じゃねぇのか?」
「その方がありそうね。」
 あの、性格が悪くて、根性が捻じ曲がってて、自分が一番偉いんですと言わんばかりに自信満々、の新藤がイジメを受けていたなどというのは、信じられない話である。
「でも、イジメられていたからあの性格になったのかもしれないけど?」
「うッ!?」
 行人の冷静なツッコミにより、いきなり弱点が露呈している。
「いや、でも、まあそれは……!」
 ははは、と乾いた笑いを浮かべる聡であった。



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