■弱まる結界

 ここは教員用会議室。教員用の寮の一階にある馬鹿みたいに広い部屋で、学園中の教師が一堂に会する事が出来る数少ない場所である。
 そこで今、全教師が集まっての会議が行われようとしていた。
「全員揃ったようじゃな。それでは、只今より結界会議を始める。」
 正面に壇があり、その周りに階段状に段々と椅子が囲むように並んでいる。壇の上で、学園長は椅子に座る教師を見回して言った。
「ほとんどの方々は知っておろうが、5月15日は結界日じゃ。結界日に関する詳しい資料はお手元にあるじゃろう。」
 教師の手元にある資料にはこう書かれている。
『結界日:学園を護る結界が弱まる日。学園の結界は外からの魔力を持つ者を拒む上に、中での攻撃魔法の使用を制限する効果がある。だが、3年に1度この結界が弱まってしまう。効果は1日である。』
「もちろん、ドラゴンが来るなどというわけではなかろう。じゃが、一応普段よりは危険である事に相違ない。したがって、例年通り先生方には見回りをしてもらいたい。細かい予定表は後日、配らせてもらう。今日は、見回りについての諸注意じゃ。」
 学園にとって、結界日というのは例年の行事に過ぎない。今まで大きな問題が起きた事もなく、今年も何もないであろう事は想定できていた。
 この後、生徒なら爆睡するに違いない話が続いた。

 5月15日、結界日当日。といっても、授業そのものに違いはない。学園の端では小さな魔法生物が捕獲されたりしているが、生徒には何の影響もなかった。今のところは。
 その日の放課後、神楽は部活棟の美術部を訪ねた。理由は暇だから、というひどくあっさりしたものだが。
「由佳、いる?」
 ひょいと、神楽は美術部の部室を覗き込んだ。
「あ、神楽先輩。」
 そこには確かに、由佳がいた。1人だったが。
「他の子は誰もいないの?」
「今日は部活、休みなんで……。」
「じゃ、何してるの?」
「この絵がもうすぐ仕上がりそうなんで、描こうと思いまして。」
 今、由佳が描いているのは人物画である。
「どれどれ。あ、これ茜と……私!?」
「ええ、そうなんです。」
 そこには、仲良く笑いあう茜と神楽の姿が描かれていた。流石に3年生ながら学園一の名を得ただけの事はあり、かなり上手い。
「そういえば、神楽先輩はどうしてここに?」
「暇なのよ。茜も行人君も聡も部活なんだもの。」
「皆さん、部活なんですか。何部なんですか?」
「茜は剣道部、行人君は陸上部、聡は……何だっけ?」
 古代魔法研究会である。
 ちなみに、古代魔法研究会、通称『古魔研』は今は失われし古代魔法を復活させようという趣旨で作られた研究会である。だが、勉強嫌いな聡が所属している点からしてもすでにマジメな部活ではなくなっているのがお分かり頂けるだろう。今ではただの遊び場である。
「神楽先輩は何部なんですか?」
「私? 私は入ってないよ。なんか丁度良い部活なくってね。」
 ちなみに、一応肩書きとして新聞部特別諜報員なんていう大層なものを持っている。この意味は、記事が埋まらない時は泣きついてくれば何かネタをあげる、という意味である。有料でだが。
「そうなんですか? でしたら美術部でも入りますか?」
「遠慮しとくわ。」
「楽しいですよ? 絵を描くのって。すごく落ち着くんです。」
「私、落ち着くのって性に合わないのよね。かと言って運動も好きじゃないし。」
 由佳はクスクスと笑った。神楽も照れ笑いを浮かべる。
 ふと、神楽は窓の外を見た。ここは5階である。そのため、かなり見晴らしは良い。
 遠くの空に、黒い雲が見える。雨でも降るのだろうか。それにしても、変な雲だ。なんだか生物のようにも見える。
 神楽は、何となく不吉な気がした。そして、その予感は的中する事となる。
 ――おそらくは、最悪の形で。



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