■僅かな勇気

「全くもう! どいつもこいつも! 何の役にも立たないんだから! お爺ちゃんに言いつけちゃる!!」
 神楽はプンプン怒っている。特に、新藤の止めの一撃が効いた事は言うまでもない。
「神楽先輩、落ち着いて……。」
 何故イジメを受けている由佳が神楽を抑えなければいかないのか。世の中は不条理なものである。
「もうこうなったら直接対決しかないわね!」
「――――え?」
 神楽の言葉に、由佳はフリーズした。
「直接あいつらに止めろって言うのよ。それしかないわ。」
「ええええ!? むむむ無理ですよ! そんな事を言ってどうにかなるなら苦労しませんよ!」
「そうでもしなきゃ終わらないわ。あーいう嫌な奴には誰かがガツンと言ってやんなきゃ駄目なのよ。」
 由佳は暫く逡巡しているようだった。当たり前ではあるが。神楽も何も言わなかった。
 やがて、5分もしたかと思える頃、由佳は言った。
「分かりました。明日……終わらせましょう。」
 決意が溢れる瞳で。

 その日の夜、女子寮屋上。時刻は夕食後しばらく経った時間である、9時。
 ここに、1人の女子生徒の姿があった。緑っぽい髪色の女生徒。由佳である。
 由佳は誰かを待っているのか、緊張した面持ちで立っていた。やがて、屋上へ至る唯一の扉が静かに開いた。姿を現したのは例のイジメっ子である。
 先頭はやはりリーダー格の生徒・松岡真紀まつおかまき。薄く笑いを浮かべながらも不安げな表情だ。
「由佳ぁ……。どうしたの? わざわざ先輩を屋上に呼び出して?」
「挨拶はいりませんよね。もう、止めて下さい。」
 真剣そのものといった表情の由佳に、イジメっ子連中も僅かに動揺している。
「あんた、自分で何を言ってるか分かってるの?」
「ええ。もう私に構わないでと言ってるんです。」
 真紀は後ろの連中に目配せをし、由佳の周囲を囲ませる。
「私達は友達でしょう? 何で構っちゃいけないワケ?」
「私が、嫌だから、です。」
 由佳は一語一語、はっきりと発音する。それは、明確な意思の表れ。
「……いい度胸してんじゃん。」
 由佳に歩み寄り、真紀は由佳の顎をつかんだ。
「もう2度と、そんな口が叩けないようにしてやるよ!」

 神楽は風呂に入るため、廊下を歩いていた。寮には大浴場が1つあるだけなので、不便と言えば不便である。
「(……あれ?)」
 階段のところで、昼間のイジメっ子連中が上に上がって行くのに出会った。と言っても、一方的に神楽が相手を発見しただけで向こうは気付いていないだろうが。
 その姿が、なんとなく気になった。
 神楽は連中の態度に、どこかおかしい気配を感じた。そういう時は尾行するに限る。神楽は普段からやっているおかげで、尾行が上手い。相手に気取られる心配はなかった。

 真紀が由佳に張り手を叩き込もうとした瞬間、屋上に神楽の声が響いた。
「何やってんのよ!」
 イジメっ子連中はビクッと反応した。その合間に、神楽は真紀へと近づいて行く。
「ちッ! 面倒ね! あんたも2度と見れない顔にしてやろうか!!」
 あっという間に神楽と由佳を連中が囲んだ。同時に、真紀は呪文の詠唱を始めた!
 神楽も慌てて呪文を唱える。彼女が得意としているのは回復の魔法だが、結界術もそこそこ使える。
 神楽が結界を張るのと同時に、真紀は魔法を放った。結界の壁が、魔弾を弾く。真紀が続いて呪文を詠唱しようとした時である。真紀の肩を、誰かが抑えた。
 真紀が反射的に振り向くと、そこには新藤が立っていた。
「せ、先生!?」
 この場にいる、全員が全く気配を感じる事は出来なかった。まるで瞬間移動してきたかのように、突然の出来事だった。
「学校内での呪文は禁止ですよ? 止めなさい。」
「うっさいな! 誰に命令してるのよ! 私は……!」
 新藤は真紀の言葉を途中で遮り、疲れたようにため息をついた。
「言っておきますが、私を脅しても無駄ですよ。私は今の職に恋々としているわけでも将来を憂える立場でもありませんから。」
「なッ――!?」
 真紀は驚いた。台詞を、見透かされている。
「基本的に私は他人のする事に口出しはしたくないんですがね。教師である以上、やらなければいけない事もいくつかあるんですよ。という訳で、止めなさい。それと、今後もこういう事があるのなら。私も黙っているわけにはいきませんよ?」
 もはや真紀もその仲間も、何も言わなかった。



前へ  次へ  戻る